愛しのシャーリー・2 (魔王視点)
「しかし、あのー、魔王様」
室内を見回しながら、控えめにカークが口を開く。
「もしも彼女が来たときに、この部屋を見たら、どう思うでしょう。正直、あんまり喜ばれないんじゃないのかなーと」
「そうか? なぜだ」
ギロリと睨むと、カークは焦ったように後退った。
「い、いや、だってまだ親しくないわけですし。魔王様だって、よく知らない人間が自分の肖像画や銅像を部屋に置きまくってたら、ちょっと引くでしょう?」
「相手によるが。俺の似姿を褒めたたえ、崇め、ひれ伏すのであれば、なんら不愉快なことはないぞ。……しかし、そうだ」
俺は思いついて、部屋を出た。
「シャーリーが訪れることを想定するならば、彼女用の部屋を用意しなくてはな!」
「えっ? うーん。どうですかねえ……」
カークは気乗りしなさそうだったが、こいつの反応を気にする俺ではない。
俺は隣の部屋に、可愛らしい家具を設えた、淡いピンク色の壁紙の部屋を用意した。
「どうだ。こんな感じだろう、人間の女が好きな色柄というのは。公爵邸に集まった貴族の女どもの着ていた服は、なんとなくこんなものが多かった」
「色柄はともかく、家具まで用意しておくんですか」
呆れたように、ぷすー、とカークは鼻を鳴らす。
「家具がないと、シャーリーが一緒に住むことになったときに、困るではないか」
「いや……うん、まあ、好きにされるといいですよ」
言われなくとも、もちろん好きにする。
満足した俺は、一階の居間に戻り、改めて調度を整えた。
俺がソファのひとつに腰を下ろすと、黒ウサギになったカークも、ぴょん、と他の椅子のクッションに乗る。
そうして俺たちは、ソファセットに座り作戦を立て始めた。
内容はもちろん、シャーリーに私が好意を持ってもらうための作戦会議だ。
カークはひくひくと、小さな鼻をひくつかせて言う。
「好感を持たれるには、やっぱり、贈り物が基本じゃないですか? 魔女だって、獲物を譲れば嬉しそうですし」
「贈り物か。人間の女は、なにを贈れば喜んでくれるだろうな」
うわあ、となぜかカークは、両前脚で頭を抱える。
「魔王様がそんなこと言うの、聞いてて恥ずかしくなりますよ。幻滅です」
「死にたくなければ、四の五の言わずに答えろ」
ジロリと睨むと、カークはぶるっと身を震わせて姿勢を正した。
「待ってくださいよ。俺は人間なんか、ろくに接触してこなかったんだから、よくわからないって言ってるでしょ。しかしそもそも、なんだって今それを聞くんです。あらかじめ調べなかったんですか」
「多少は調べていたぞ、もちろん。だが市井のものはともかく、貴族とはそう簡単に、接触が持てなかったからな」
生意気に、やれやれというように、カークは溜め息をつく。
「うーん。贈り物ねえ。食い物なら、間違いなさそうですけど」
「そうか。シャーリーは、パンを食べるようだった。あれは美味いぞ。ふかふかして」
「パンを食ったんですか。魔王様が」
ぎょっとした顔で、カークが言う。
「ますますイメージ、崩れるんですけど。まあともかく、パンとやらは彼女が自分で作れるなら、他の物がいいでしょう。肉とか、果実とか。ともかく、明日、市場に行ってみましょうよ」
「市場か……。あのトレザの寒村には、一軒の店すらなかったな。シャーリーは暮らしに難儀しているかもしれない。喜んでくれるといいんだが」
俺は溜め息をつき、古くボロボロだった、シャーリーの暮らす屋敷を思い出す。
「侯爵家の令嬢が、なぜあんな古びたボロ屋敷にいるのか、なにか事情があるようだったな」
「そうですね。パーティでも、ひとりだけ、ごてごてもビラビラもない、素っ気ないドレスでしたし」
「あれはあれで、シャーリーの愛らしさを引き立てていたがな」
「まあ俺も、すっきりしてるほうがいいと思いました」
俺はあのときの、シャーリーの姿を思い出す。
胸元の一粒の真珠が、シャーリーの気高さと気品の、象徴のように感じた。
「だがあれが、シャーリーが軽視されている、ということなのだとしたら、けしからん。彼女が同意してくれたら、すぐにでも屋敷の状況を改善したい。俺の花嫁が住むには相応しくない家だったからな」
「なんでもいいですけど、花嫁花嫁って、魔王様のまったくの片思いなんですから、ちょっとキモ……ヒッ!」
いちいち突っ込んでくるカークの耳先に、ピシッと熱線を飛ばした。
「俺と共に居るのを許可したからといって、調子に乗るなよ、カーク。また耳を吹っ飛ばされたいのか」
「しっ、失礼しました!」
カークは叫んで、ぴょんとソファから飛び降り、床に伏せる。
「しかし魔王様。俺が思うに、人間の令嬢には残酷で強い男より、優しく寛大であるほうが、好意を持たれやすいと思います!」
顔だけこちらに向けて言うカークの言葉に、それもそうかと俺は納得する。
妖霊島では、魔力が強く、冷酷で極悪で残虐非道であればあるほど地位も、人望も上とみなされた。
俺はその頂点を極めた存在、魔王アルフレッドだ。
だからこそ、非力な人間社会のことはこれまで興味もなかったし、よくわからない。
「ふむ。では、椅子に戻れ。作戦会議を続けよう」
俺たちはその日、深夜遅くまで、改めて人間の女性の心を射止めるための方策を、思案したのだった。




