愛しのシャーリー (魔王視点)
「よし。ともかく、シャーリーに接触できたぞ。会話をして、名前も覚えてもらった!」
「よかったですね、魔王アルフレッド様!」
シャーリーの屋敷があるという、寒村の入り口で彼女を下ろした俺は、手ごろな原っぱを探すため、御者のカークに馬車を走らせた。
そして首尾よく、トレザまで歩いて半日もかからない場所に、広々とした草地を見つける。
「ではここに、我が屋敷を構えるとしよう」
バサッ、とマントをひるがえすと、そこにズズン! と大きな邸宅が現れる。
先刻、パーティをやっていた公爵邸よりは随分ましだが、俺は肩をすくめた。
「ふむ。やはり、人間の領域だと魔力が弱いな。島だったら、大きな要塞くらい、簡単に造れるんだが」
「いや、要塞必要ないですし」
「なぜだ。格好いいではないか」
「人界ではこれで充分ですよ。これ以上だと目立つんじゃないですか」
御者兼、従者役のカークが、屋敷を眺めて言う。
彼は妖霊島の、妖魔だった。
妖霊島には、貴族も身分の上下もない。
決まりはないが、強いものがより偉い。
俺は極端に最強なため誰もが従うし、私に次いで力があるとはいえ、カークも私の命には逆らえない。
そのため今回は、従者兼、召し使い兼、御者として連れてきていた。
「それにしても、しっかりした可愛いお嬢さんでしたね」
「うん。だが俺は人間の女のことは、よくわからん。貴様が教えろ」
「俺だって、知らないですよ。妖魔のメスとは、どこが違うんでしょ?」
カークは腕組みをして、できたばかりの豪邸を眺めつつ、難しい顔をした。
「うむ。ではこれから人界で学べ。どうせ暇だろうが」
「書物くらいは読んでみますが。でも人間って百年もしないで、死ぬんですよね」
ずけずけ言うカークは、見た目は黒髪に黒い目の、青年に見える。
かつては私と魔王の座を巡り、死闘を繰り広げたことがあった。
だが、こちらが完勝してからは、臣下として従うようになっている。
「いや、俺が花嫁にしたあかつきには、永遠の命を与えるぞ、もちろん」
「花嫁ねえ。親が決めた婚約者とか、いなきゃいいですけどね」
「そんなもの、いても消せば済む」
話しながら邸宅内に入り、一通りの家具を出現させると、私はまたもサッとマントをひと振りする。
今度の魔力は、カークに向けて放ったものだ。
「従者役、ご苦労。人界では、このほうが楽だろう」
「まあ、そうですね。島にいるときとは、空気が違うんで」
カークは額に小さな角のある、黒いウサギに姿を変えていた。
妖魔たちは、俺ほどの魔力がないので、島から出ることは滅多にない。
だが今回のように、人間の領域に入った場合には、獣に姿が変わるのが通例だ。
先刻まで、カークが人の姿を保っていたのは、俺の魔力を使っていたからだった。
俺ですら、先日のように弱ったり、怪我をすると、人の形を保つのは困難になった。
もちろん俺ほどの魔力の持ち主となると、今のように身体に問題がないときには、人界でも人間の姿をしているのはたやすい。
カークは黒い鼻先を、上に向けて言う。
「うーん。やっぱりこれは、屋敷が広すぎやしませんか。俺と魔王様しかいないのに」
「シャーリーが、訪問してくるかもしれないではないか」
言って俺は、そうだと気が付いた。
「せっかく部屋数があるのだから、有効活用しなくてはな。よし、二階の部屋がいい」
「なんの部屋にするんですか」
「来れば分かる」
階段を上り、奥の一部屋に入ると、俺は人差し指を親指で、ピッと弾くようにした。
広い壁に、まずはドーンと、シャーリーの大きな肖像画が現れる。
もちろん、絵の周囲は金と宝石で飾られた、豪華な額装もちゃんとほどこしてある。
俺は腰を両手にあて、じっくりとその姿を鑑賞した。
「うん。我ながら、なかなかの出来栄えだ」
「はー。可愛らしいですね。魔王様の脳内絵画の、具現化ですか」
ウサギのカークは額縁の下まで行き、ひくひくと鼻を鳴らす。
「よくまあ、こんなに細かいところまで、シャーリーさんを記憶してましたね」
「当然だ。さらに驚け」
俺は部屋中の、ありとあらゆる空間に向け、人差し指をピンと弾く。
ずん、どどん、と広い室内のそこかしこに、彫像が現れた。
銅製もあるし、木製もある。
もちろんいずれも、シャーリーの似姿だ。
「うわ。ドレスの裾が、ひらってしてるとこまで再現できるんですか!」
「そうだ。こちらのコーナーは、公爵邸での、ドレスアップしたシャーリー。そして反対側は、俺と初めて出会ったときの、初々しく幼いシャーリーの姿だ」
カークはぴょんびょんと跳ね、彫像や木造を見て回る。
「こっちのほうは、まだ子供っぽい感じですねえ」
「そうだな。自分で作っておいてなんだが、あまりの愛らしさに眩暈がしてきた」
なんともいえない目つきで、カークは俺をちらりと見る。
「それはヤバイですよ、魔王様。いろいろな意味で」
「いや、こんなにまで魅力的なのだ。俺が動揺するのも、当たり前といえば、当たり前の結果だ」
「でもなんだか、不思議な人ですよね」
カークは二本足で立ち、しげしげと彫像のひとつを眺めて腕組みをする。
「竜だったときの魔王様と、話ができたんでしょ?」
「ああ。それは俺も、不思議に思っていた」
基本的に魔物は人と話ができない。
人の形をしていれば別だが、そんなことができるのは俺と、俺の魔力を使ったカークくらいだ。
ウサギの状態のカークの言葉は、人間には理解できない。
そして俺ですらも、竜の姿になってしまうと、人間との会話は不可能だと思っていた。
「それに、魔王様がどうこう以前に、人間の男に興味がなさそうなのも、変わっているというか」
「うん。つまりそれくらい、特別な女性なのだ、シャーリーは!」
俺は両手を広げ、力説する。
「世俗の常識などに捕らわれない、自由で純粋な、稀有な魂の持ち主だということだ!」
「はあ。なるほど」
言いながら俺の心の中で、シャーリーへの好意がどんどん大きく膨らんでいく。
改めて彫像を見つめ、木製のものには、魔力で着色をしてみた。
ふっくらと、ほのかに桃色の唇。かすかに血の色がさす、白い頬。
なったばかりの木の実のような、つややかな栗色の瞳。
すると再現率があがり、自らの記憶力に満足感を覚えた俺だったが、とても本物の可愛らしさにはかなわない、ということも実感していた。