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意趣返し

「そ、それは、どういうことですか、シャーリー! いったいなぜ」

「なぜって」


 私は片方の手で口元をおおい、ふふっ、と小さく笑った。


「わたくし、身分のために人形のような女と婚約する男性は、タイプではありませんの」

「シャーリー、それは誤解です!」


 きょろきょろと、周囲の反応を気にしながら、ルイスが叫ぶ。


「ぼっ、ぼくは、爵位目当てで婚約をしたわけでは……」

「ではやはり婚約破棄をして、自らの才覚で地位と栄誉を得られてから、出直していただけないかしら。それからなら、考えてもよろしくてよ」


 冷たく言い放つと、カツカツと足音が聞こえてきた。


「なにを調子に乗っているのです、シャーリー!」


 甲高い声でわめきながら、こちらに突撃してきたのはブリジットだ。


「もうすでに、婚約は整っているのです。勝手なことは許しません! 両親を失ったあなたを、どれだけ苦労して育ててきたのか、恩をあだで返すなんて、なんという冷血な娘なの!」


 私は無表情で、そちらを見る。


(何人も、毒で人を殺したあなたにだけは、冷血なんて言われたくないわ)


「そうですわね。でしたらそんな冷血な娘と婚約させるなんて、ますますルイス様がお気の毒ではありませんか。むしろ、優しくて純粋なオリバーが、ルイスにお似合いなのではなくて?」


 私の言葉に、今度はオリバーが血相を変えて戻って来る。


「じょ、冗談じゃないわよ! こんな、商人上がりの下賤の平民なんて! わたくしはもう、パーカー公爵様との婚約が進められているのよ!」

「オリバー様! なっ、なんてひどいことを言うんだ、あなたは!」


 ルイスが激昂して、食ってかかる。

 しかしオリバーは、フンと鼻を鳴らして平然と言い返した。


「なによ、平民に平民と言ってなにが悪いの? わたくしに文句が言える立場だと思っているの、ルイス・ハリソン!」

「先に誘ったのはあなたじゃないか! ぼくをその気にして、恋を語ったくせに!」


 え? と聞いていた人々は顔を見合わせる。


「フン、あんな安物の指輪で、わたくしが本気で恋をするとでも思っていたの?」

「おっ、お黙りなさい、ふたりとも! 場をわきまえなさい!」


 ヒステリックにブリジットが喚いたが、もう遅かった。

 この場にいた貴族はみんな聞いてしまったし、いないものにも、すぐにこの醜聞は伝わるだろう。

 むろん、パーカー公爵の耳にも入るに違いない。


 私は肩をすくめて、この陳腐な成り行きを眺めていた。


 その脳裏にふっと、無邪気でふわふわした、くりっと丸い瞳をした顔が浮かぶ。


(ハティ。なんだか、ひどく疲れたわ。人間って、なんて醜くて浅ましいのかしら。自分のことまで、嫌いになってしまいそう。私はやっぱり、人間より動物たちが好き。早く可愛い、あの子に会いたい)


 どうせ今日のパーティが終わって、どんなに叱責されようと、ボロをまとい、貧しい暮らしをしていた私はなにも失わない。


 トレザの屋敷を出ていけと言われたら、岩場の洞窟でも探して、そこで動物たちと暮らせればそれでいい。


 叔父一家は社交界での面目が丸つぶれになり、恥じ入りながら、ひっそりと生きていくことになるだろう。

 ほんのわずかな意趣返しだが、胸がすっとした。


 私は素晴らしい壁画の描かれた、天井を仰ぎ見る。


(お父様、お母様。殺したりはしなかったけれど、彼らを懲らしめてやれたわ。変な男と結婚させられなくて、本当によかった。……あとは私、自分の人生を生きます。ハティと一緒に、静かに暮らすわね)


 私がそんなことを考えていた、そのとき。

 高々と、ラッパが吹き鳴らされた。


「フレイセイ王国、フィクトス公爵様、御到着!」


 大広間の出入口を警備している衛兵が、よくとおる声で言う。


 一瞬、叔父一家の揉め事に、釘付けになって夢中であれこれ取り沙汰していた貴族たちは口を閉じ、そちらを見た。


 ドアから颯爽と入って来たのは、背の高い、美貌の青年貴族だった。


 髪は白と銀色を混ぜたような、眩しい色をしており、瞳の色はエメラルドそのものだ。


 肩は広く、異国風の、純白の丈の長いマントと上着に、ぴったりと細身のブーツを履き、宝剣を下げたその姿は、軍神のようにも見えた。


 その背後にこちらも容姿端麗な、黒髪の従者がやってくる。


 貴婦人たちは目の色を変え、品定めを始めた。


「フレイセイ王国……? 知らないわ、遠方の御国かしら」

「知らない王国の公爵閣下。エキゾチックで、ロマンティックねえ。まだお若いわ、二十歳くらい?」

「凛々しくて素敵ですわね、それにご覧になって、あの豪華なお衣装」

「あんな美しい目で見つめられたら、わたくし、失神してしまいそう」


 私は叔父一家から注目がそれてしまったことを、残念に思う。

 だが、ちょうど楽士たちが演奏を始め、舞踏会が始まったところだったから、いずれにしても人々はもう、叔父一家のことを構ってはいなかった。


(みんなもう、次の新しい話題に夢中。しょせんは他人事よね。本当はこれで済ませたくない。叔父夫婦に、お父様とお母様が殺されたと大声で言いたいけれど、証拠はなにもないのだし)


 貴族たちはすでに、オリバーやルイスのことなど忘れたように、ダンスに目を輝かせていた。

 それぞれが相手を見つけ、大広間の中心に、何組もの男女がくるくると踊り出す。


 けれど年若い、まだ恋人のいないレディたちは、いずれもが到着したばかりの異国の公爵、フィクトスに夢中のようだ。


 彼女たちは、礼儀作法は身に着けているから、黄色い声をあげて殺到したりはしないが、さりげなく公爵を取り囲み、ちらちらと秋波を送っている。


 私はこの、きらびやかな社交の場を眺めながら、ルイスだけでなく、貴族社会のすべてに虚しさを感じている、自分に気が付いていた。


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