嘲笑
貴族たちは顔を見合わせ、さらにささやき合った。
「そう言えば、気が変になったと聞いていたが、賢いご令嬢ではないか」
「むしろ賢すぎるほどだ」
「厄介者として、田舎の片隅に追いやっていたのかしら。ひどい話だわ」
「亡くなったご夫妻も泣いているだろう」
隣のダーシー夫人が、微笑みを作ったまま、オリバーに言う。
「レイランド侯爵家のもうひとりのご令嬢ね。あなたは、詩はお好き?」
「え。ええと、詩……は、あまり」
オリバーは、口ごもる。
小さなころからオリバーが、まったく勉強しなくて困っているというのは、私の両親が健在なころから知っていた。
「そ、そのようなもの、目にしている暇はありませんの。つまり、お勉強が、忙しくて」
好きな詩のことを「そのようなもの」と言われてカチンときたのか、ダーシー夫人はプライドの高そうな美貌を、わずかに歪めた。
「あら、ではどのようなお勉強?」
「……レディとしての、マナーなどですわ、もちろん」
「それはお勉強に入るのかしら?」
私はこれまでの憎しみを抑えきれず、周囲の人々に聞こえる声で言う。
「マナーはお勉強ではなく、常識なのではなくて? これからこうして、社交界にお顔を出すのですもの。もちろん、古典文学や哲学書くらいは、ひととおり目を通していらっしゃるわよね。どんな作品がお好きなのか、わたくしも知りたいわ」
「そ、それは……それは……そ、そうね。ウォルター旅行記……とか」
オリバーがもそもそと言った途端。
ドッ、と周囲に笑いが起こった。
それは素敵な可愛らしい物語だったが、小さな子供向けの読み物だったからだ。
真っ赤になり、怒りと恥ずかしさで震えているオリバーに、私は追い打ちをかける。
「あら、ごめんなさい。オリバーは、むしろ芸術や音楽方面に詳しかったのよね。なにか披露されたらいかがかしら」
屋敷の広間にあった立派な楽器類は、いずれも埃をかぶっていた。
それを知っていて、私はオリバーを追い詰める。
「も、もちろんできますわ、それくらい」
オリバーはドレスの裾をつまみ、ずんずんと楽士たちのいる方に向かって歩いて行った。
そして、演奏の準備をしている楽士から、弦楽器をひったくるようにして手に取る。
ごくり、とオリバーの喉が動いて、つばを飲み込むのがわかった。
人々は徐々に、なにが始まるのかと期待して、離れた場所にいたものも集まってきた。
室内は、シンと静まりかえる。
そして、その静寂の中。
ツンとすました顔で、オリバーが弓を持った手を、楽器に滑らせる。
ギギィー……という、のこぎりを引くような音が響いた、次の瞬間。
ワッ、と大広間は再び爆笑に包まれた。
いくらなんでも、普段のオリバーは、もう少しはまともに演奏できるだろう。
いきなり人前に出て、実は緊張していたに違いない、と私は思った。
「きょ……今日は、指の調子が悪かったんですの! それに、弦が緩んでいたわ。調整を失敗した、あなたのせいよ!」
オリバーはまだ虚栄を張ったまま、困惑している顔の楽士に、弦楽器を突き返した。
「それにあんまり簡単だから飽きてしまって、最近はほとんど弾いていませんでしたの。そのせいだと思いますわ」
「まああ、そうでしたの。では、音楽のお話はやめましょう」
ダーシー夫人が、張り付いたような笑みのままで言う。
「絵画のお話はどうかしら? それとも演劇は?」
「むしろ、なんの話ならできるのか聞いた方が、早いのではないか?」
背後にいた紳士の言葉に、ドッと三回目の大きな笑いが起きる。
「お母様! なんなのよ、この人たち!」
オリバーは涙目で叫ぶと、同じく涙目で立っていた母親、ブリジットの元に逃げていく。
「なんなの、とはまたいちいち失礼な方ね。社交界でいずれも有力な方々だと、わからないのかしら」
「わたくしの義妹が失礼を働いて、申し訳ございません」
私は立ち上がり、優雅に頭を下げてみせる。
「いや、あなたはなにも悪くない」
「庇ってあげるなんて、お優しいこと」
謝罪の言葉に口々に、私を庇う言葉が飛んできた。
と、オリバーと入れ替わるようにして、ひとりの青年がこちらにやって来る。
「シャーリー! あなたの演奏は素晴らしかった! 驚いてしまいましたよ」
それは妙に得意そうな顔をした、ルイスだった。
「それに、きみの教養の高さにも、感銘を受けました。ぼくとしても鼻が高いです。こんな素晴らしい女性と、婚約ができたのですから」
婚約? と周囲が目を丸くしたそのとき、ルイスは彼らをぐるりと見回し、頬を火照らせ、誇らしげに言った。
「ぼくとシャーリーは、先日婚約したのです! これからは、私、ルイス・ハリソン子爵ともどもお見知りおきを……」
「そのことですけれど」
私は口元に笑みを浮かべ、冷たい視線をルイスに向けた。
「婚約は、破棄させていただきますわ」
おおっ、と貴族たちに、どよめきがおこる。
ルイスは仰天した顔をした。




