表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

13/34

嘲笑

貴族たちは顔を見合わせ、さらにささやき合った。


「そう言えば、気が変になったと聞いていたが、賢いご令嬢ではないか」

「むしろ賢すぎるほどだ」

「厄介者として、田舎の片隅に追いやっていたのかしら。ひどい話だわ」

「亡くなったご夫妻も泣いているだろう」


 隣のダーシー夫人が、微笑みを作ったまま、オリバーに言う。


「レイランド侯爵家のもうひとりのご令嬢ね。あなたは、詩はお好き?」

「え。ええと、詩……は、あまり」


 オリバーは、口ごもる。

 小さなころからオリバーが、まったく勉強しなくて困っているというのは、私の両親が健在なころから知っていた。


「そ、そのようなもの、目にしている暇はありませんの。つまり、お勉強が、忙しくて」


 好きな詩のことを「そのようなもの」と言われてカチンときたのか、ダーシー夫人はプライドの高そうな美貌を、わずかに歪めた。


「あら、ではどのようなお勉強?」

「……レディとしての、マナーなどですわ、もちろん」


「それはお勉強に入るのかしら?」


 私はこれまでの憎しみを抑えきれず、周囲の人々に聞こえる声で言う。


「マナーはお勉強ではなく、常識なのではなくて? これからこうして、社交界にお顔を出すのですもの。もちろん、古典文学や哲学書くらいは、ひととおり目を通していらっしゃるわよね。どんな作品がお好きなのか、わたくしも知りたいわ」

「そ、それは……それは……そ、そうね。ウォルター旅行記……とか」


 オリバーがもそもそと言った途端。

 ドッ、と周囲に笑いが起こった。


 それは素敵な可愛らしい物語だったが、小さな子供向けの読み物だったからだ。


 真っ赤になり、怒りと恥ずかしさで震えているオリバーに、私は追い打ちをかける。


「あら、ごめんなさい。オリバーは、むしろ芸術や音楽方面に詳しかったのよね。なにか披露されたらいかがかしら」


 屋敷の広間にあった立派な楽器類は、いずれも埃をかぶっていた。

 それを知っていて、私はオリバーを追い詰める。


「も、もちろんできますわ、それくらい」


 オリバーはドレスの裾をつまみ、ずんずんと楽士たちのいる方に向かって歩いて行った。


 そして、演奏の準備をしている楽士から、弦楽器をひったくるようにして手に取る。


 ごくり、とオリバーの喉が動いて、つばを飲み込むのがわかった。


 人々は徐々に、なにが始まるのかと期待して、離れた場所にいたものも集まってきた。

 室内は、シンと静まりかえる。


 そして、その静寂の中。

 ツンとすました顔で、オリバーが弓を持った手を、楽器に滑らせる。


 ギギィー……という、のこぎりを引くような音が響いた、次の瞬間。


 ワッ、と大広間は再び爆笑に包まれた。


 いくらなんでも、普段のオリバーは、もう少しはまともに演奏できるだろう。

 いきなり人前に出て、実は緊張していたに違いない、と私は思った。


「きょ……今日は、指の調子が悪かったんですの! それに、弦が緩んでいたわ。調整を失敗した、あなたのせいよ!」


 オリバーはまだ虚栄を張ったまま、困惑している顔の楽士に、弦楽器を突き返した。


「それにあんまり簡単だから飽きてしまって、最近はほとんど弾いていませんでしたの。そのせいだと思いますわ」

「まああ、そうでしたの。では、音楽のお話はやめましょう」


 ダーシー夫人が、張り付いたような笑みのままで言う。


「絵画のお話はどうかしら? それとも演劇は?」

「むしろ、なんの話ならできるのか聞いた方が、早いのではないか?」


 背後にいた紳士の言葉に、ドッと三回目の大きな笑いが起きる。


「お母様! なんなのよ、この人たち!」


 オリバーは涙目で叫ぶと、同じく涙目で立っていた母親、ブリジットの元に逃げていく。


「なんなの、とはまたいちいち失礼な方ね。社交界でいずれも有力な方々だと、わからないのかしら」

「わたくしの義妹が失礼を働いて、申し訳ございません」


 私は立ち上がり、優雅に頭を下げてみせる。


「いや、あなたはなにも悪くない」

「庇ってあげるなんて、お優しいこと」


 謝罪の言葉に口々に、私を庇う言葉が飛んできた。


 と、オリバーと入れ替わるようにして、ひとりの青年がこちらにやって来る。


「シャーリー! あなたの演奏は素晴らしかった! 驚いてしまいましたよ」


 それは妙に得意そうな顔をした、ルイスだった。


「それに、きみの教養の高さにも、感銘を受けました。ぼくとしても鼻が高いです。こんな素晴らしい女性と、婚約ができたのですから」


 婚約? と周囲が目を丸くしたそのとき、ルイスは彼らをぐるりと見回し、頬を火照らせ、誇らしげに言った。


「ぼくとシャーリーは、先日婚約したのです! これからは、私、ルイス・ハリソン子爵ともどもお見知りおきを……」

「そのことですけれど」


 私は口元に笑みを浮かべ、冷たい視線をルイスに向けた。


「婚約は、破棄させていただきますわ」


 おおっ、と貴族たちに、どよめきがおこる。

 ルイスは仰天した顔をした。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ