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騒動

 スキンヘッドに無精ひげの図体だけでかそうな男へリックが迷わず詰め寄る中、俺も懐から小さな短剣を複数掴んでいた。ここでは弓は場所を取るのでいつでも投げられる様に忍ばせておく。


 しかし一番に連中にたどり着いたのはリックでも俺もなく、ライラだった。リックが詰め寄るのを見てはっとしたライラが慌てて前に躍り出る。


「やめてリック。ここは私とお母さんのお店よ。

 ――いらっしゃいませ、申し訳ありません。只今満席ですのでエールをお持ち帰る事ならできますが」


「あぁ? 席ならちゃんと座ってるじゃねぇか、えぇ嬢ちゃん。

 エールだよエール、金はちゃんと払うんだから俺たちゃお客様だぞ」

「ですが――」


 戸惑ったリックが何か言いかけていたし、なおも前に出ようとしていたが、ライラが必死の様子で止めるので握った拳を下して見守るしかなかった。俺も串刺しはさすがにマズいと思い、拳に切り替えた。



 ライラも必死にお客様――じゃない――奴らにお願いしているが、半ば無駄だとわかっているようで押し切ることが出来ていない。

 そんな中席をどかされた二人組が先に折れた。


「いいよ、ライラちゃん。オレたちちょうど飲み終わったとこだったんだよ、なあ」


「はは、そうだったそうだった」


 明らかにテーブルのジョッキには飲みかけのエールが半分以上残っていたし、食いかけのつまみも残っていたが、空気を読んで彼らは退散する様だった。そんな二人の背中にライラが口惜しそうに見やる事しか出来ない。


 奴らはほらな、とばかりにふんぞり返りエールを三度要求した。

 仕方なくライラがエールを注ぎに奥へ引っ込んで行ったが、場は明らかに冷め切っている。中には正義感がおしてリックの様に睨む連中もいたが、スキンヘッドの男や口に切り傷のある男などがドスを利かした睨みを返すとすぐに反っ歯をむいてしまった。


 だが俺は違うぞ。


「何をしている。リック」


「え?」


 お前は何をしているんだ、と。

 お前、この村で果たしてきた勤めは何だったのかと。

 強い眼差しで見つめてやった。


「・・そうか! ライラを守るのは俺の役目なんだな!」


 そうだ、あの豊かなおっぱいとさらにすらりとした生脚を守るのは俺の役目だ。


 ◆


「こちらお飲み物ですよ、お客さん」


「そうだ、ついでにこれは頼んだ摘み、だ」


『アァ!?』


 鍛え上げられた肉体をむりやり衣装に押し込んだむさい男たちがテーブルに品を並べていく。動く度に全く丈の合ってないスカートがひらりと舞う。もちろん俺とリックだ。


「なんだてめえら気持ちわりぃ!! さっきのねえちゃん出せよ」


「何をおっしゃいますかお客さん、この時間のウェイトレスは私と彼しかいませんよ」


 サイズ違いの民族衣装(女性用)に身を包んだ俺達はライラの代わりに接客することで彼女を守ることにした。まわりからは笑いの混じった罵倒の嵐だったが、いくらか場が和んだようで幸いだ。


 なんならこのまま膝にも座ってやろうか。


「ふざけてんのかてめぇ! 俺たちをだれだと思ってがやがる!」

「へぇ、どちら様ですかお客さん。 お客さんじゃないならぜひとも違った歓迎をしますよ、お客さん」


「くっ」


 形勢逆転だ。ドスを利かせたリックの脅しに今度はスキンヘッド達がたじろぐ。リックの女装の気持ち悪さに俺もたじろぐ。

 ちなみに俺は小柄だからリックよりもマシだ、そうに違いない。


 いよいよ我慢ならなくなったスキンヘッドと二人は俺達に掴みかかった。胸倉が無かったので顔を突き上げ得物に手を掛ける。


「てめぇら俺達を舐めてるとどうなるかわかってるのか、ああ!?」

「どうなるんですかお客さん。じっくり聞きたいですねえ」


「チッ」


 全く動揺しない俺達を見て逆にはっとしたスキンヘッドは周りを見回す。多勢に無勢というわけではないが、衆人環視の中で流石に得物を抜く事は控えたようだ。そればかりかエールを呷って逃げるように席を立つ。


「お客さん、お代をお忘れですよ」


「ケッ、こんな店二度と来るか、それに――――こんな店次の満月が来る頃には潰れてんだろうぜ。あのねえちゃんもどうなってるかなぁ。へへへ」


 奴らは口だけは威勢よく逃げるようにお代を置いて酒場を出ていった。

 しかし、最後に残した言葉が俺とリックには妙に気にかかった。


 ◆


「おかえりリック、ホクト」


 着替え終えてすっかり元の冒険者と門番に戻った俺達をライラが歓待の声を上げた。


 結局のところライラに強く出られると助ける事が出来なかった俺達はその場限りの定員になることでその役目を果たす事が出来た。


 カウンター越しに大きく乗り出し俺達に向かってライラが笑顔で感謝を述べた。たわわに実った二つの果実が大きく揺れたのを俺は見逃さなかった。


「改めて助けてくれてありがとう。二人がいなかったらどうなったかわからなかったわ」


 俺とリックは顔を見合わせお安い御用だといわんばかりに口々に返答を述べる。定員の真似事ひとつで助けられたのなら本当にお安い御用であった。


 けれどもテーブルのジョッキを見つめながら真剣な表情になったリックが呟いた。


「しかし、気になるな」


「ん? なにがだ」


「ホクトもさっきの捨て台詞を聞いただろ? 次の満月にはってやつ」


「あぁ、あれか」


 俺自身もよく考えてみた。

 次の満月とは、嫌に具体的すぎる。

 まるでその頃には何が起こるかわかっているような口ぶりだったな。

 調べてみる価値はありそうだなと一人思案していると、エールを飲み干したリックがテーブルをガンと叩きつけて立ちあがった。


「やっぱりそうか、そうなんだな。こうしちゃいられない」


「あ、ちょっとリック」


 一人で勝手に納得したリックはお代を置いて酒場から走り去っていった。残されたライラは心配そうにその後を眺めてから俺にもその眼差しを向けてくれた。


「あぶないことはしないでね。リックも……あなたも心配よ」


「あぁ」


 遅れて一つの予感めいた物が腑に落ちた俺も平然を装ってライラに応えた。


 次の満月が来るまでには、まだ一波乱ありそうだ。


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