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夫はクワを、婦人はカマをそれぞれ握りしめ、声が聞こえた方へそろりそろりと近付いてみた。
遠目に人影を視界に捉え、わずかに震えながら人影を観察する。人影は叫んでから動きを見せていないようだ。
盗賊のような荒くれ者やならず者だったらどうしよう…と嫌な方へ悪い方へにしか想像出来なくて、震えが増してしまう。
ここから街までは遠くはないが近くもない。夫婦には息子が1人いるが、今は一緒に住んでいない。自分たちで解決するしかないようだとクワやカマを持つ手に力を込める。
夫婦は息を潜めつつも、ダンゴムシより遅い速度で人影へと近付いていく。
人影はまだ動きを見せない。輪郭が確認できるほど近付いた夫婦は、こちら側からは後ろ姿しか確認できないがその人影が大柄ではないことに少しだけ安心した。が、まだ警戒を解くわけにはいかない。
さらに近付いてみようと試みる。
腹の底から心の叫びを放った圭司は、叫ぶ前と同じように畑を無心で眺めていた。人間、理解できない場面に遭遇すると思考を放棄してしまうものなのか。頭の中がごちゃごちゃしていて、何一つとして考えがまとまらなかった。
しばらく呆けていると、圭司にとったら久々とも取れる感覚が湧き起こった。
「…はらへった…。」
風下にいた夫婦に警戒対象の人影の呟きが届く。その呟きはとても切なく聞こえ、なんとなく警戒を解いてしまい、逆に人影に対し同情心や庇護欲のようなものを抱いてしまった。
なんともお人好しな夫婦である。これまで平和に平穏に暮らしていた夫婦は警戒心も薄かったのだろう。
婦人のほうが人影に向けて一気に距離を詰める。夫は慌てて婦人の後を追った。
「そこのアナタ?お腹、空いてるの?」
婦人は優しく声をかけた。その声に反応した人影が夫婦のほうへと振り返る。
今度は人影の顔を確認した夫婦が叫ぶ番だった。
「「えぇぇえー!どういうこと!?」」