第三章 ラブコメ妖精と選択肢タイム 2
「それにしても変な会社だった」
俺は自宅に帰ってくるや否や早々、本日は土曜日ということもあって、自分の時間を満喫することにした。
ラノベにソシャゲにネットサーフィン。そりゃあやることといったらいっぱいある。今まで積んでいた本も消化しなきゃだし、ゲームのレベルだって上げなきゃいけない。
俺が最近気になっているまとめサイトの更新だってチェックしなきゃなんないし、高校生にはやることだらけだ。
――とは言っても。
「ふーう……っ。……やっぱ気になるよな」
俺は結局、木村さんが提示した同意書にサインした。『妖精』の使用感をチェックする一か月間のモニター制度。
それを完遂すれば、報酬として結構な額の臨時収入がもらえるという。出勤しなくても済むと考えればまあまあな報酬ではある。問題は業務内容だ。
「えーと、電源はどこにあるんだ?」
俺は現在、サインした同意書と引き換えに『妖精』の一体を手に入れていた。小さなアタッシュケースの中に仕舞われた妖精とご対面すると、俺は寝息も立てずに目を瞑る小さな少女に見惚れてしまうのだった。
名前は「すぅ」というらしい。まあツクリモノに名前があったって無くたってどうでもいいけど、会話できるAIとなれば、もしかしたら愛着が沸くかもな。
そう思って、俺はすぅの首後ろに単調な押しボタン式電源スイッチを見つけたので、ポチッ、と軽い気持ちでそれを押してみた。
今日の午前中、あれからも引き続き木村さんから一応の説明は受けたものの、彼が言っていたとおり試してみなければわからない点は多い。
俺は、ぴこーんっ、というこれまたシンプルな音に耳を澄ませながら、ケースの中でまぶたを開けた妖精を確認した。
「おお……っ!」
なんだか初めてペットとご対面したような気分だ。はたまた新作ゲームのオープニング画面を見た時のような気持ちだろうか。ともかくちょっとした感動が俺を包んで、しばらくして横になった状態から自力で起き上がった妖精をじっと観察していた。
「すぅ、なのか……?」
俺はあたかも家事手伝いロボットに話しかけるがごとく妖精に声をかけてみた。すると、すぅはご主人様の言葉に見事な反応を示し、俺の顔のほうを向いた。
体長は十センチほど。せりなのよりも濃いブリリアントグリーンのツインテールと人肌を思わせる赤みを帯びた肌。チアガールを彷彿とさせる衣装に身を包んだサポートAIに呼びかけてみると、彼女はとてもなめらかな発声とともに主人の名前を呼ぶのだった。
「ご主人……サマ? はじめまして、すぅの名前はすぅ。ご主人サマの恋愛をお手伝いするサポート妖精です」
――か、かわいぃ……っ。
それが、俺がすぅに抱いた最初の感想だった。
「す、すぅ……って、いうんだよな。よ……よろしく」
「はい! よろしくです!」
すぅは十センチ程度の体長をしたがえて背中の羽根をパタパタさせると、驚くべきことにその場で、ふわっ、と飛び上がった。
「おお……ッ!」
俺が一つひとつ、些細なことに感動していると、すぅは自分本来の存在目的を果たすために、俺へと軽い自己紹介を始める。
「すぅはご主人サマの恋愛をサポートするコミュニケーションAIです! なので恋愛について困った時は、いつでもすぅにご相談くださいね! すぅが電脳世界にありとある知識を結集させて、ご主人サマにアドバイスをいたします!」
「で……電脳世界って、要はインターネットのことだよね?」
「はい! まあ、そういう言い方もありますね!」
「それってつまり、インターネットでAIが調べた知識を俺に教えてくれるってことじゃねえか。妖精使わなくてもいいじゃん……」
俺が妖精に対して否定的な意見を投じると、すぅは目に見えて不機嫌になった様子で、「ぷんぷんっ」と言いながら頬を膨らませる。すげえ……こんな機能もあるのか!
「たしかにそのとおりですが、すぅだってがんばって生きているのですっ! 情報を調べるのだって、人間サマの手でポチポチ検索するよりも、ずっとずっと早いんですからね! ふんだっ!」
「わ……悪かったよ、すぅ。ともかくこれから、よろしくな」
「はい! よろしくです、ご主人サマ!」
そう言ってすぅはチアガール姿のまま付属キットのポンポンを手に取り、俺のことを応援し始めてきた。
「ふれっふれっ、ご主人サマ! ごぉーごぉー、ご主人サマ!」
「ははは……。で、すぅは俺の恋愛をサポートしてくれるんだっけ?」
俺は頭の中にヴィヴィカのことを思い浮かべると、すぅに向けて問いかける。
「はい! すぅはご主人サマのサポートAI。いつでもご主人サマの味方です! それでは早速、質問タイムといきましょうか。まずは、Q1.あなたが恋をしている相手の名前を教えていただけますでしょうか!」
「ヴィ……ヴィヴィカ・ホットクールだ……」
……なんか恥ずかしいな。こうして表立って口にすると、こっ恥ずかしいというか何というか……。
「Q2.どうして彼女のことを好きになったのですか?」
「ひ……一目惚れだ。アイツの母親が事故で亡くなって身寄りのいないヴィヴィカを、再婚相手である俺の父親の家が引き取ったかたちだ。そのときに、俺はヴィヴィカと出会って、恋をした」
「Q3.あなたはヴィヴィカさんとどのような関係になりたいですか?」
「え……えーと、と、とりあえず仲良くなりたいかな。今はお互い相手といるとケンカばかりだし、俺もアイツも素直じゃないから、うまくいかないんだ。だからまずは、仲良くなりたい。それであわよくば、付き合って恋人同士になりたい」
「ふむふむなるほどー。それでは、Q4.ポニーテールとツインテール、どちらが好きですか?」
「……へぇ? えーとどっちも好きだけど、どちらかといえばツイ……いや、ポニーテール? かな……」
「続いて、Q5.エロ本の隠し場所を教えてください」
「えっと、ベッドの下……じゃなくて綾さんとかに見つかるのがイヤだから、最近は全部データ化しているかな。……って、絶対いまの質問俺の恋愛関係なかったよな!?」
――いきなり何を言い出すんだ、このAIは!?
「やぁだなー。これも立派な性格調査の一環ですよー! それはそれとして、まあだいたいわかりました! それでは次に、実践調査に入りましょう! アタッシュケースの中に入れられている、イヤホンマイクとコンタクトケースを取ってください」
「イヤホンとコンタクト……?」
俺はすぅが入っていたアタッシュケースの中に彼女が言う二つを見つけ、すぅに問いかける。
「これをどうするんだ?」
「それを付けるんです。イヤホンマイクはヴィヴィカちゃんの前ですぅと会話する時用、コンタクトは……まあ、付けてみればわかります」
「曖昧な説明だなあ」
なんだかこの先が心配になってきた。機械の塊であるはずのすぅがまるで人間のようにしゃべって動いている事実にこそ感動するものの、これから何をやらされるんだろう。別に大して今はお金が欲しいわけじゃないし、木村さんの依頼、すぐにでも断るのもアリかもしれないな。
「よっと……」
とはいえ、すぅが言う「恋愛サポート」という単語も気になるので、何はともあれイヤホンマイクとコンタクトを装着してみる。コンタクトレンズはちゃんと保水液の入ったケースの中に浸されていて、わざわざ手鏡までアタッシュケース内に用意されていた。……至れり尽くせりだな。
「付け終わりましたか……?」
すぅがポンポンを持った状態で空中にてジャブの練習をしながら訊いてくる。俺は「ああ」と受け答え、次の段階へと進む。
「そうしましたら、少し早いですが実践編といきましょう! 何事もチャレンジあるのみです! さあ、ヴィヴィカさんと会って話しましょう!」
――え、今からアイツと話すの?
いくら妖精ご本人に自信があるからって、恋愛している自分自身の心の準備が全然できてないんだけど。それに……今までやったことって、妖精と会って話して、イヤホンとコンタクトを付けただけだよね? こんなんで険悪だったヴィヴィカとの関係が改善されるとは思えない。俺は当然の疑問を口にした。
「すぅ、いくらなんでも早すぎないか? 恋愛サポートAIって要は、昨今ラノベでも流行りのコミュニケーションハウツーを教えてその通りに実践すれば、妹からキモオタ兄貴と呼ばれている俺でもモテモテに! ……みたいな感じのものじゃなかったの? 俺まだ、すぅから何にも教わってないんだけど!」
俺は大声を張り上げてすぅに抗議したが、AI妖精にはまったく意に介した様子はなく、
「とりあえず当たって砕けろです! 話してみればなんとかなりますって!」
と、快活な笑顔で元気にそう言うばかりだ。
「えー、絶対うまくいくわけねー」
――あのヴィヴィカだぞ!?
あのヴィヴィカじゃなく普通の女子相手ならまだしも、腹黒ぶりっ娘ツンデレ美少女ヴィヴィカ様だぞ!? あのロシア人ハーフ系お嬢様が俺にデレてくるヴィジョンを想像することはできない……!
「はーやく行きましょうよー! たのしい楽しいラブコメがご主人サマを待ってますよ?」
いや、楽しいラブコメどころかアイツに罵倒される未来しか見えないんだけど、俺は!
とは言うものの、すぅが俺の部屋から外へ出て行って想い人の元へ行こうとせがんで仕方がないので、俺も試しに一度だけ、AI妖精の発言に従ってみることにした。