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腹黒いもうとはラブコメ選択肢に恋い希う  作者: 紅月白夜
第三章 ラブコメ妖精と選択肢タイム
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第三章 ラブコメ妖精と選択肢タイム 1

『第三章 ラブコメ妖精と選択肢タイム』


放課後、読書部の活動を終えた俺と琴子は軽く寄り道なんかをして、彼女の家の前で別れた。


とは言ってもお互い家が隣同士なので彼女と別れたということはほぼ必然的に俺も家に着いているというわけで、俺は何気なく日々の習慣の一つである郵便受けチェックを済ますと、その中に自分宛ての手紙がないか目を通した。


「フェアリーテイル研究所……?」


――知らない名前だ。


もちろん御伽噺を研究するサークルなどには入っていない。俺は早速その封筒の中身が気になって、家のリビングにてゲームの真っ最中であったせりなにとりあえず「ただいま」を言って、自分の部屋へと向かった。


――というのが、昨日の出来事だった。


「コミュニケーションサポートサービスへのご当選、おめでとうございます!」


「は、はあ……」


現在、俺は都心に位置する、とあるビルの四階に来ていた。昨日、怪しいとは感じながらも興味を持ってしまった俺は、手紙に記された案内に従って、ここ、フェアリーテイル研究所へやって来たというわけだった。


「中学一年生から高校三年生のみなさんの中から選ばれし一〇〇名のうちの一人があなた、御前ヶ崎悠真さんなんです! どうか喜んでください!」


「は、はあ……」


俺は先ほどこの場所の社員に手紙の内容を説明されたが、まるで頭に入ってきていなかった。会社の名前の割にはファンシーさはゼロ。フェアリーテイル感ゼロのオフィスにて、俺は「面談室」と書かれたフロアの一つへと案内された。


――「青少年の恋愛をサポートする」。


それがこの、フェアリーテイル研究所の仕事内容なのだと言う。


「それでは早速、コミュニケーションサポートAI、『妖精』をご紹介いたします!」


「は、はあ……」


目の前のオフィスチェアに座る三十代前半と思しき男性は、一つのスーツケースをデスクの上に置き、その中に丁寧に仕舞われたものを俺に見せてきた。


あまりの胡散臭さにこの場所に来てから「は、はあ……」しか言うことができていなかった。俺はそこでようやく初めてスーツ姿の男性、木村さんの台詞に関心を抱いた。


「これが我が社が開発した『妖精』です。今回、御前ヶ崎さんにはこのサポートAIのモニターになっていただきたく、こちらへご招待したというわけです」


「モニター、ですか?」


スーツケースの内側は緩衝材代わりの黒いスポンジが敷き詰められていて、開けられた三つの穴のそれぞれに、手のひらサイズの人形が寝かされている。


赤、青、緑……三体の人形はまさしく妖精のように可愛らしい女の子の容姿をしており、背中には畳まれたほぼ透明色の羽根まで付いている。


「そうです。このコミュニケーションAIは我が社の技術の粋を集めて作られた傑作で、制作費だけでも、なんと一体一〇〇〇万円!」


「い……いっせんまん……」


それだけの予算をこの小さな人形につぎ込むたぁ、いったいどういうわけだ。えっと……つまり、いま俺の目の前には三体の人形……三〇〇〇万円相当の価値を持つ人形があるってわけ? ひえぇ……っ。


「その一〇〇〇万円の価値があると、私たちは思っています。言うなればこの妖精たちは人間を幸せに導くドローンなんです。人と人とのつながりがどんどん希薄になっている現代において、人びとは常に孤独に苛まれている。孤独がゆえに重大な精神疾患を抱えてしまったり、中には自ら生命いのちを絶ってしまう若者さえいる。そんなの悲しいじゃないか。ネットや現実でのコミュニティー活動、学校や職場。人の孤独へのアプローチは一見多そうに見えるが、それは一部のアクティブな人間たちにとってだけだ。それで私たちは、コミュニケーションが苦手な若者たちが幸せを掴むためのアプローチ方法の一つとして、この『妖精』を提案する」


――ああ? 言ってる意味が全然わかんねえ。つまり妖精ってナニ?


「あの……話の筋が見えてこないんですが……?」


俺が木村さんに素直にそう告げると、彼はなんとも和やかに、優しそうな目をして謝罪してくる。


「いやあ、すみません。なにせ、あなたは私にとって一人目の担当者なんです。説明を長くするつもりはなかったんですが、どうも伝えたい、という気持ちが先行してしまって……」


ははは……っ、と木村さんは後頭部に手をやりながら苦笑する。初めはいかがわしい会社だと疑っていたものの、思いのほか木村さんは良い人そうだ。


「では、説明はここまでにしましょう。私たちの目的は、コミュニケーションサポートAI『妖精』の最終テスト。つまり御前ヶ崎さんにモニターになってもらうことで、製品化の際の最終チェックを完了させるということ。もちろんそれなりの報酬もお支払いしますし、御前ヶ崎さんはモニターとして、『妖精』を使ってみた感想や不具合、改善点等をメールでお知らせしてくれるだけでいい。『妖精』は一か月間お貸しいたしますので、どうか使用感を報告していただけると、こちらとしても助かります」


「あ、あの……」


大体だが、なんとなく木村さんの言いたいことがわかってきた。要はこの妖精というものを一か月間試せばいいんだな。


でもいったい、その肝心の妖精には、何ができるというんだろう。俺はもっとも大事なことを尋いた。


「この妖精には、どんな機能があるんですか?」


そう言うと、木村さんはにっこりと俺に笑いかけ、簡単な紹介をしてくれた。


「まず、妖精のステルス機能。これによって、君以外の人間は妖精の姿を視認できなくなる。次に、脳内スキャン機能。これは対象相手に用いることで、間脳の脳下垂体から分泌され、脳内で性的興奮および快感に直接関与する神経伝達物質フェニルエチルアミンの量を測定する。一目惚れや異性へのドキドキ感や高揚感の正体でもあるこの脳内物質の別名は、恋愛ホルモン。ドーパミンを誘発し、人の気持ちに興奮作用をもたらす働きをしている」


「………………」


「そしてこの『妖精』の大目玉、時間停止機能と時間ループ機能だ!」


――ああん? いまこの人、時間停止って言った? それにループって……。


「それって、SFの世界の話ですよね?」


俺は率直なツッコミどころを指摘した。さすがにこの現代においてまだタイムマシンやら夏への扉やらが開発されてはいないため、時間を操ることはありえないと思われたが……。


「ところがどっこい! 我が社は時間操作技術の開発に成功したんだよ!」


――フェアリーテイル!


この発言こそがファンタジーだった! 俺は話の途中から興奮し始めてフランクな口調になっている木村さんの言に耳を傾けた。


「いいかね? 私たち人間は時間という名の列車に乗り合わせている住人だ。線的時間リニアル・タイムの中で私たちは止まることのない人生に身を置き、誰しもが不可逆的な世の中にて後悔という名の余韻に浸った経験があるはずだろう。……しかし! しかし後悔の先取り、先に後悔する才能を人間が持ち合わせたらいったいどうなると思う? 誰もが願ったタイムトラベル――嫌なことが起こった際に時間を巻き戻せるとしたら? 人生を少しでもやり直せるとしたら? ――人生における後悔、その回答の一つが『妖精』なのだ! 『妖精』は青春をやり直すためのシステムだ! これこそ我が社が長年開発してきた代物であり、青少年を幸福へ導くファクターなのである!」


「は、はあ…………」


――おー、すごいすごい。


……って、俺はいったいなんて返せばいいんだよ! 木村さん一人で盛り上がっちゃってるけど、いくら高校生である俺にそんな話されても、わっかんねーって!


俺が混乱した頭で困った顔を続けていると、木村さんも自分の話に熱が入り過ぎてしまったことを自覚した様子で、俺にもわかりやすく話してくれた。


「……おほんっ! とまあ、色々言ったが実際に体験してみないことには理解するにしても難しいだろう。おそらくだが君にデメリットは一切ないはずだ。たった一か月間。一か月間だけ、君はチート級のコミュニケーションスキルを得られるんだ。もしも私の話に少しでも興味を持ってくれたのなら、この同意書にサインしてほしい。この書類には『妖精』の貸与権利が書かれている。君がもっとも心配しているであろう、『妖精』が壊れた際の損害賠償、修理費も、この書類にサインしてくれれば全てチャラだ。元より私たちが君に頼んでいる案件であって、基本的に君が不利になるような状況にはなりはしない。先ほども言ったとおり君はモニターの一員として、『妖精』の使用感を私に報告してくれるだけでいい。もし『妖精』に不具合が生じても、それは全部こちらの責任だ。どうだろう? 悪くない話だと思うんだが、君にはモニター制度に参加してみる気はあるかね?」


木村さんの話に耳を傾けつつも、俺は不測の事態をあらかじめ回避するという意味でも、自分がこれからサインするかもしれない同意書に目を通していた。


一通り目を通したところ本当に俺が不利になるようなことは書かれていなかったが、やはり一つだけ大きく引っかかる点があるのだった。


「それで俺は、この妖精を使って何をすればいいんですか?」


俺はデスクの上、スーツケースの中で眠る三体の妖精を見ながら、核心的な質問を口にした。


すると、木村さんは一言。


「御前ヶ崎くん……君に、好きな人はいるかね?」

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