第二章 ヴィヴィカ・ホットクールは腹黒ぶりっ娘 4
ヴィヴィカのぶりっ娘ポイントその三、さりげなく「ボディータッチ」。
男子たちが教室中でハーフ美少女を中心に盛り上がっていると、一人の女子がまた新しい案を出した。
「わたしはお化け屋敷が良いと思う! メイド喫茶なんてありきたりだし!」
その言葉を聞いた瞬間のヴィヴィカの表情を、俺は見逃さなかった。
ヴィヴィカは露骨に嫌そうな顔をしたかと思うと、自分の案に対抗するように告げてきた皆瀬さんを、キッ、とにらみ、いつものぶりっ娘笑顔で男子たちに詰め寄ったのだ。
その表情の変わりようといったら、変身ヒーローもビックリなスピードである。
「ヴィヴィカヴィヴィカぁー、おばけさんこわぁーい!」
――なにが「おばけさん」だよ! 家じゃ絶対そんなこと言わねえだろ!
前にホラー番組を観ている時だって、「はあ? 幽霊なんて非科学的なもの、いるわけないでしょ?」とか言ってたじゃん!
「ヴィヴィカちゃんがこわがっちゃうから、お化け屋敷はやめておこう! なっ、みんな?」
男子たちは一致団結して「うんうん」と頷いているが、女子たちは正反対の態度を取っている。
「なにあの女。ないわー」
「自分のことが可愛いと思ってないと絶対できないよね、あれは」
「また始まったよ、あいつのぶりっ娘。いちいちイタい行動してんのに男子もすぐに騙されんなよ」
……などなど、男子とは打って変わって女子からはメチャクチャ嫌われているヴィヴィカなのであった。
うんうん、わかるわー。ヴィヴィカは普段あんなんじゃないもん。プライベートでは猫をかぶるどころか完全にハリネズミだもん。話しかけただけで舌打ちされるからね、俺?
でもまーヴィヴィカの自業自得とはいえ、さすがに妹が嫌われているのを知ると良い気はしないかな。おー、女子って怖いこわい。
「ヴィヴィカねー、おばけさん見るとえーんえーんって涙が出てきちゃうの。今もね、女子のみんながおばけさんみたいな顔でこっちを見てくるから、ヴィヴィカこわーい」
そう言うとヴィヴィカは隣の席の田中の腕に抱き着くと、上目づかいで男子を見上げる。
ぶりっ娘の台詞を聞いたクラスの女子たちは「はあ? それってわたしたちがホラーな顔してるって言いたいわけ?」「あいつマジ性格悪い。ハーフだからって調子に乗ってんじゃないの?」「私はお前のあざとい発言のほうが怖いわ」
みんな一様にヴィヴィカに注目しているが、彼女本人はクラスの中心にいることを、まんざら嫌とも思っていなさそうだった。
ヴィヴィカからボディータッチされた田中を見て、周囲の男子たちが悔しそうな目を向けている。
くっそー、田中の野郎、俺の妹とイチャイチャしやがってー!
ヴィヴィカもヴィヴィカで嬉しそうにくっついてんじゃねーよ!
あー、腹立つ!
「それでは多数決で決めましょう! 今のところメイド喫茶とお化け屋敷で票が真っ二つに分かれているので、再度手を挙げて投票、ということで」
「はーい」
ヴィヴィカのぶりっ娘ポイントその四、「秘密の共有」。
こうして、ヴィヴィカと皆瀬さんが提案した「メイド喫茶」か「お化け屋敷」のうち、どちらかが我が一年一組の出し物になることが決まった。
クラスメイト三十一人がそれぞれ挙手し、多かったほうが今年の文化祭の出し物となり、明日から俺たちはそれの成功に向けて切磋琢磨していくことになる。
「もしヴィヴィカがメイドさんになったらぁー、みんなにいっぱい可愛い姿見せられるねっ!」
ヴィヴィカがとびっきりの笑顔でそう言うので、男子たちはもう、一人の女子に熱を上げてしまっている。
かくいう俺も妹のメイド服姿を想像すると、自然と顔がニヤけてきてしまうのだった。
「おれ、絶対メイド喫茶に投票するよ!」
「ほんとにっ!? それじゃあもしヴィヴィカがメイドさんになることができたらぁー、清水くんにヴィヴィカの秘密教えてあげるねっ!」
「秘密ひみつ!? 何それなにそれ!?」
――秘密ひみつ!? 何それなにそれ!? 俺もめっちゃ気になるわっ!
「ばかっ! 清水くんのえっち! それはメイドになってからの、ひ・み・つ・だ・よ・?」
「まじかぁー!」
――まじかぁー! 俺もヴィヴィカのえっちな秘密知りたかったー!
……って、いかんいかん。
どうせアイツのことだから、他ならぬ兄に対しては、絶対自分の秘密なんて言うわけない。
ましてや自分が少しでも不利になるようなことを、この計算高いぶりっ娘が口にするわけもない。
「それではメイド喫茶が良いと思うひとー」
委員長の一言でクラスの十数人が手を挙げる。
俺もヴィヴィカのメイド服姿には興味があるので手を挙げては、ヴィヴィカの周りでデレデレしている男子たちにひっそりと抗議の目を向ける。
ヴィヴィカのぶりっ娘ポイントその五、「チラ見せ」。
ヴィヴィカは手を挙げようか挙げまいか悩んでいる男子を見つけては、気弱そうな彼に向けて強いまなざしを向けていた。
田中とは反対側の席に座る古屋がヴィヴィカの熱い視線に気づいては、集計中の委員長がいる教室の隅で、女の子の下半身に目を遣った。
「な…………ッ」
なんとヴィヴィカは自分のスカートの裾をわずかにめくり上げ、下着が見えそうで見えないギリギリのラインで白くつややかなふともも、三十デニールの薄さを持つ黒タイツに纏われたふとももをチラ見せし、男子の興味を誘ったのだ。
しっかり右手の人差し指を自身の唇に当て、「しーっ」と内緒のポーズも欠かさない。
たちまちヴィヴィカの魅力に取り憑かれた古屋は、少し遅れて挙手をし、メイド服姿の女生徒を目にしたい男子たちの仲間入りを果たした。
「次に、お化け屋敷が良いと思うひとー」
ところが、ヴィヴィカに敵が多いのもまた事実だった。
驚くべきことに女子たちが見事な団結力を見せ、これといって意思疎通した素振りすらなかったのに綺麗に全員とも「お化け屋敷」に票を投じたのだ。
中には「メイド喫茶」の時と違って異性――少ないながらも手を挙げる男子生徒の姿もあって、瞬く間に一年一組の出し物が決定された。
「はい。では、十八対十三でお化け屋敷に決まりました。明日からはどんなふうにするか、具体的な案を決めていきましょう」
あらら。
残念なことに、ヴィヴィカが提案した「メイド喫茶」は三人の裏切り者がいたせいで却下されたようだ。
ヴィヴィカは一瞬冷酷な現実を突きつけた委員長にキツい目線を送っていたが、すぐにまた猫をかぶり、自分を応援してくれた男子たちに媚びを売り始めた。
「みんなごめんねっ! ヴィヴィカぁー、がんばったんだけどだめだったみたぁい。ふ……ふぇええええええんっ!」
わざとらしすぎる嘘泣きを見ても、誰もそれを疑おうとしないのは、ヴィヴィカの演技力のためか、それとも男子たちの欲望のためか。
恋は盲目と言うが、いまや男子たちは自分の机に顔を伏せてわんわんと泣き叫ぶヴィヴィカを心配し、さも俺または僕が君のことを一番心配しているんだよとでもいうふうに、しきりに彼女を気遣って見せた。
「ヴィヴィカのばかばかばかっ! せっかくみんながメイドさんになったヴィヴィカのことを見たいって言ってくれたのに、ヴィヴィカがダメな子だからお化け屋敷になっちゃった……。ごめんね? ……みんな」
「いいよいいよー、ヴィヴィカちゃんは何も悪くないって!」
「そうそう、悪いのはメイド喫茶にしてあげられなかった俺たちだからさ。だから泣かないで?」
「おれたちが後で女子たちにきつく言っとくから」
「ほんと?」
ヴィヴィカは机から起き上がり自分の頭をポカポカと叩きながら自分自身をおしおきしたのち、男子たちから励ましの声を受けてあっという間に立ち直った。
さっきの泣き真似は何だったのかと問いたくなるくらい、すさまじいレベルの変わり身の早さである。
「ああ。俺たちはヴィヴィカちゃんの味方だからなっ! また困った時はいつでも頼ってくれて構わない!」
「うれしいっ! ヴィヴィカなにをやってもダメダメな女の子だから、頼りになるみんなにまた迷惑かけちゃうかもしれないけど、許してくれる?」
男子たちはみな「うんうん」と頷き、ヴィヴィカを中心としたグループは今日も絶好調だった。
女子グループからは、チッ、と舌打ちが聞こえてきたものの、男子に囲まれて涙目ながらに笑顔を振りまくヴィヴィカには、到底聞こえていない様子だった。




