第二章 ヴィヴィカ・ホットクールは腹黒ぶりっ娘 3
キーンコーンカーンコーン。
今日も高校生活が始まった。
高校生になっておよそ二週間が経過しても、俺は琴子以外に友達という存在ができてはいなかったので、学校へ到着するや否や毎日の習慣であるラノベやソシャゲに時間を使うこともないまま、本日はあのビッチからの贈り物へしばらく目を落としていた。
「ほらっ、みんな席に着けー! 朝のホームルームを始めるぞー!」
教室にいた俺は、物思いに耽っていたところに担任の先生が入って来たこともあって琴子への思考を取りやめにせざるを得なかった。
いかがわしい「マッサージ券」を財布の中に仕舞い、女性教師の声に耳を傾ける。
「少し早いが、本日から五月初頭にある文化祭の内容について決めていこうと思ってる。今日の四時間目はクラスの出し物を決めるつもりだから、みんなそれまでに各自何がしたいか考えといてくれ!」
「はーい」
――もうそんな時期か。
うちの高校の文化祭は珍しいことに五月にある。
涼しい時期に体育祭をおこなう学校は数あれど、文化祭が五月というのはけっこう珍しいだろう。
反対に体育祭が十月にあるわけで、この文化祭は俺たち一年生にとってはクラス交流レクリエーションの意味も含んでいる。
――んで、なんやかんやで時間が過ぎ、四時限目がやってきた。
あん? なんやかんやで済ますなって? ……悪かったよ。でもこれといって授業中や休み時間に特筆すべきイベントも無かったんだよ。
だって俺、学校ではぼっちだろ? 休み時間に読んでるラノベやソシャゲの解説なんかしたって、おそらく喜ぶのは俺だけだ。つまり、そういうこと。
「んじゃ、どんどん候補を上げちゃってくれー。もし今決まらなかったら、放課後のホームルームの時間が長くなるからなー」
「えー」
さりげなく生徒に軽い脅迫まがいの忠告をすると、やる気のなさそうな生徒たちからも続々と手が上がっていった。
出店に射的に演劇……文化祭の出し物なんてどこもそう大差ないわけだから、候補は次々と出ていった。
書記を務める女子の委員長が黒板に候補を書いていき、俺はテキトーに決まるのを死んだ魚の目をして待っていた。
――その時だ。
そのとき俺と同じクラスに在籍するヴィヴィカが、声を上げたのだ。
「私ぃー、メイド喫茶がやりたいなぁーっ」
甘えた猫撫で声。グーにした両手を小さなあごの下に持っていく行為。常時上目づかいのキラキラお目め。
――解説しよう!
俺の妹ヴィヴィカ・ホットクールは、腹黒ぶりっ娘なのだ!
ぶりっ娘ポイントその一、「特別扱い」。
「お、オレもメイド喫茶良いと思う!」
そう言った隣の席の田中に例の上目づかいを向けたかと思うと、ヴィヴィカは自分の意見を支持してくれた男子にあざとく言い寄る。
「ありがとっ! 田中くんだーいすきっ! そう言ってくれるのはぁー、田中くんだけだよっ! えへっ!」
――くそがぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああっ!
決して俺の前では浮かべない顔を、ヴィヴィカは田中に向けている。
隣の席の男子は女の子からの発言に気を良くしてデレデレした表情で後頭部を掻いているし、なんだか非常にモヤモヤする。
ヴィヴィカのぶりっ娘ポイントその二、「オーバーリアクション」。
委員長が「メイド喫茶」と黒板に記すと、銀髪の超絶美少女から褒められたい男子が殺到した。
続々と男子たちが「メイド喫茶」に票を投じていくと、それに合わせてヴィヴィカがいつもより高いトーンでリアクションをしていく。
「俺、今日の朝からメイド喫茶にしようと決めてたんだよね」
「さっすがー! 佐藤くん、わかってるー!」
「知ってる? 去年の一年一組もメイド喫茶やってたんだよ?」
「しらなかったー! 加藤くんものしりー!」
「よしっ、じゃーおれもメイド喫茶にしよっかなー? もしメイド喫茶に決まったら、本場のメイド喫茶に通ってるおれがみんなにレクチャーしてやるよ!」
「すごーい! 清水くんやるぅー!」
「俺も俺も! 俺もメイド喫茶に一っ票ー! ねえねえ、いいよねヴィヴィカちゃん?」
「センスいいー! うんっ! いっしょにがんばろっ!」
「んじゃ、オレたちでヴィヴィカちゃんに喜んでもらえるよう、早速メニュー決めちゃおうぜ! ちなみに俺、アレルギーだから牛乳はナシな」
「そうなんだー! 鈴木くんだいじょうぶー?」
――くそがぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああッ!
俺だってあのあざとすぎる表情で「恋のさしすせそ」言われたいわ!
なんでヴィヴィカはクラスメイトには優しいくせに、俺にだけは超キツいんだよー!
もしヴィヴィカが俺に「恋のさしすせそ」を実践するとしたら、きっとこんな感じだ。
「俺、ヴィヴィカのことが好きなんだ! 付き合ってくれ!」
「さっさとしねば? 私はアンタのこと嫌いだけど」
「知ってる? 去年から俺、ヴィヴィカに恋してたんだよ?」
「しねば? アンタに恋されるくらいなら死んだほうがマシよ」
「よしっ、じゃー俺と結婚してくれ! 味噌汁を毎日作ってやるぞ!」
「すぐにしねば? キモオタ兄貴と結婚とか、死んでもいや」
「俺も俺も! ヴィヴィカは俺の嫁! 立候補しまーす!」
「せつなでしねば? どうして可愛い私が、アンタみたいな底辺オタクのお嫁さんにならなきゃいけないわけ? 相手の気持ち、一度でも考えたことある?」
「んじゃ、俺たちで可愛いかわいー赤ちゃんを作ろう! きっと世界でいちばんラブリーでキュートな子どもが産まれるぞっ!」
「そっこーでしねば? アンタの劣性遺伝子でこの世に産まれてくるとか、それなんて罰ゲーム? 私の赤ちゃんは幸せになる権利があるの。アンタなんかと夫婦になったら、私の子どもが可哀想でしょ? もう二度と近寄んないでくんない?」
――うぎゃぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああッ!
自分で想像していて何だけど、ものすごい破壊力だ!
絶対ヴィヴィカが俺にデレてくることはないッ!
「恋のさしすせそ」を言うどころか、俺を罵倒する「死のさしすせそ」を連呼されるに決まってる!