第七章 ヴィヴィカの秘密 3
ツンデレってなんだろう。
悠真に髪を三つ編みにしてもらった私は遊園地へ向かうまでの道中、しきりにそのことについて考えていた。
デレないツンデレ、それが私だ。
ツンデレはデレがあってこそ価値を纏うものだと思うけれど、その観点で言えば、デレないツンデレである私は悠真にとって、価値が無い女の子にも等しいのではないか?
そのようにして結論づけると、私は電車の中でせりなと会話しながらも、今日という貴重な機会を無駄にしないべく「デレる」ことを念頭に置いて動いてみることに決めた。
デレるっていうのは、つまり悠真に甘えるってこと。
今後、恋人としてイチャイチャラブラブするためにも、悠真に対して素直になって、「好き」とか「愛している」とか背筋が寒くなるような言葉を――いやいや、胸が温かくなるような台詞を、兄に向けてゆく努力をするのだ。
いや、やっぱり無理だよ。
だって私たち兄妹は険悪な仲。
まだ犬と猿、ハブとマングースのほうが仲良しって感じ。
私が悠真に「好き! 愛してるよ悠真!」だなんて気色悪い台詞を吐けるわけがない。
事実私はアイツに好意こそ抱いているものの、やっぱりキモいもんはキモい。……うん。
「わ……私はどうなのよ……?」
私は遊園地に着いて魔法使いのコスプレを完了させると、せりなを「かわいい」と褒める悠真にそう問うた。
せりなに嫉妬していないと言えば嘘になるが、普段から悠真はせりなに対して極甘だから、正直今さらって気もする。
「可愛いの? 可愛くないの? どっちなの?」
そうさらに追及すると、いつも私を褒めてくれない兄も今回ばかりは魔女のローブ姿の妹を褒めてくれる。
「か……可愛いと思いますです、はい!」
「ふ、ふんっ」
その言葉を聞いてすっかり気を良くした私は、自分でも本当に単純だとは思うが、悠真との遊園地デートを楽しむことができた。
ジェットコースターが苦手なアイツをからかったりすることは、若干の申し訳なさを感じたものの、兄と交流する手助けになったと思う。
「ジャンケン――」
私はゴーカートでの席決めの際、これまたちぃの助けを借りた。
赤、黄、青の選択肢が出現したため、私は悠真に勝つまでジャンケンをし続けたのだ。
せりなや、兄が「ビッチ女」と呼称する琴子さんには悪いものの、今の私は無敵だった。
「ヴィヴィカちゃんジャンケン、チート級に強いね」
「わたしのおねえちゃんは……むてき」
チョキを出して勝利した私はゴーカートにて、わずかながらに兄との仲を深められたように思う。
私のことを抱きしめてくれた今朝の悠真は、「選ばれなかった未来」として私の心の中にだけ仕舞ってあるが、やっぱりまたああした行為を再現するには、私が悠真に「デレる」必要があるのだ。
けれどどうしても自分の性格を変えるっていうのは難しいことで、私はそれからも素直になれないでいた。
変化が訪れたのは昼食時、エルフのコスプレをしたウェイトレスさんに注文を頼む際に現れた「ラブコメ選択肢タイム」が、私のいつもの行動を変えた。
『1、アイスティー』
『2、オレンジジュース』
『3、コーヒー』
普段の私であれば、1番か2番を選んでいるところだ。
実際、1番および2番を選んだ際の未来は、私にとって何気ない日常と言うより他はなく、実に平凡、まことに尋常、いやはやごく普通の現実様相のみしか私の瞳には映ることがなかったのだ。
そこで私は再度過去へと立ち返り、本来の私であれば絶対に頼まないであろうコーヒーを注文することにした。
「私、ショートケーキとコーヒーのセットで」
食後のデザートと飲み物を注文する他の三人に混じってそう告げた私だったものの、やはり自分の心と同じく、苦手な事象は避けるべきだと痛感した。
口に入れた黒くて苦い飲み物が私の舌を蹂躙し、あまりの苦さに私はすぐに身震いして飲むのをやめた。
それくらい私はコーヒーというものが苦手なのだ。
好きな人に向けて素直な言葉を発することと同じくらい、私には苦手と思える事象だった。
「よかったら、俺のオレンジジュースと交換してみるか?」
「は……はあ!?」
この兄はなんてことを妹に提案するんだろう!?
私はこのとき、自分の耳を疑わずにはいられなかった。
悠真にとっては妹に対する優しさ、私がコーヒーを苦手なことを知っての発言だったに違いないが、自分のオレンジジュース入りのコップを差し出して交換を持ちかけてくるその仕草は、まさしく私にとっては狂気の沙汰にも思える行動だった。
だって、間接キスを俺としようぜ? って言ってるようなもんでしょ、これって。
でもだめだめだめ……今日は悠真にデレるって決めたんだから、言葉では無理でも、態度で私の気持ちを表現しなきゃ。
「えっと、その、ヴィヴィカ……?」
すっかり私のコーヒーを飲み干してしまってから今し方おこなわれた何気ない行為の実態に気づいたように振る舞う悠真。
でも今さらもう遅い。
コイツはいま、私が一度口をつけた飲み物を全部飲み干してしまったのだ。
後からそのことに気がついたってもう遅いんだからっ!
「んくっ……んくっ……んくっ……。……ふうっ」
私は覚悟を決めて、同じく一度だけ口がつけられた兄の飲み物に唇を触れさせていった。
これじゃあまるでキスと変わりないじゃないか。
だって悠真はもう真実に気づいてしまっているようだし、私だって同意の上で兄との間接キスに興じているのだ。
正直あのキモオタ兄貴が口にしたオレンジジュースだと知っていると、私はどうしたって鳥肌が立ってしまうのだった。
私は目をつむってこのキモい飲み物を飲み干すと、すぐさま悠真と目が合ってしまう。
その瞬間、私はたったいま自分がしでかしてしまった己の気持ち悪さに吐きそうになった。
自分の兄との間接キス。
ああ、気持ち悪いっ!
……でも好き。
私はやっぱりおかしい子だ。
兄のことはキモくてキモくて仕方ないはずなのに、どうしたって心の中では拒絶し切れない。
今も悠真と擬似的なキスの練習行為に及んでしまったと考えると頭がぐるぐるとして吐きそうになっているのに、胸のみならずお腹の下らへんまでもが熱くなってきてしまう。
気持ち悪いのは他ならぬ私のほうだ。
へんたいはしんだほうがいい。
ああ……自分が本当に嫌になっていく……。
私は兄のことが嫌いだ。
でもそれ以上に、私は、好きな人の前でどうしたって素直になれない、私自身のことが嫌いだった。
「あー、キモかった」