第七章 ヴィヴィカの秘密 2
『1、……ないけど。でもせりなだけ髪を結んであげて、同じ妹である私にはしてくれないなんて、不公平だとは思わない?』
『2、も……もちろんでしょ!? す……好きな人に髪を結んでほしいって思うのは、妹として当然なんだから! は……早くしなさいよねっ!』
『3、そ……そうよ! それが何か悪い!? 私にもせりなと同じように髪結びなさいよねっ!』
「ほ……本当にこの台詞の中から選ばなきゃなんないわけ……?」
「イエス! それがご主人サマの脳内をスキャンして導き出された答えでーす!」
「う……嘘でしょ……っ」
仮にこの中から一つ選ぶとして、1番と3番はまだあり得る。
私が普段交わす兄との会話にて、この二つならまだ言うであろう可能性があり得る。
でも、2番の台詞はどうだ?
これではまるで……
「これじゃあまるで、告白みたいじゃない!」
そう、そうなのだ。
「好きな人に」と明言している時点で、この台詞は愛の告白以外の何ものでもない。
こ……これだけは絶対言わないわよ。
死んでも言わないんだからっ!
「……ないけど。でもせりなだけ髪を結んであげて、同じ妹である私にはしてくれないなんて、不公平だとは思わない?」
それからややあって、私は自分の仮初めの兄へ向け、言葉を発った。
するとすぐに止まっていた時間が動き出す。
まるで私の心臓の鼓動と同じリズムを刻むみたいに。
「そ、それはそうかもな。せりなの髪を編んであげた手前、同じ妹に頼まれたなら、断るわけにはいかないな」
……よしっ、よし!
この選択は間違ってなかった!
悠真が私の髪を結んでくれることになったぞ!
やった!
やったあー!
それから私は、兄と妹で愛のあるやり取りをおこなうことになった。
「も……もちろんでしょ!? す……好きな人に髪を結んでほしいって思うのは、妹として当然なんだから! は……早くしなさいよねっ!」
けれども私は、どうしても悠真の気持ちが気になってしまい、最初に上手くいった現実を巻き戻すことにした。
悠真の手つきはなんだかとってもいやらしく、私はとうとうその途中で――よだれを兄に見せてしまったあたりで妖精に頼んで時間を巻き戻してもらったのだけれど、あの手つきは本当にやばかった。
せりなは平気な顔してツインテールにした髪のままゲームに没頭していたが、私は三つ編みを結ぶという行為のえっちさに気づいて、たちまちギブアップしてしまったのだった。
やがて実際にタイムリープが可能であることを知った私は、告白まがいの発言もやり直すことができるとあって、選択肢のうち2番を選んで声に出して言ってみることにした。
「ヴィヴィカ……?」
兄は困惑気味に言葉を返すと、私に懐疑的な目を向けてきた。
そうしてすぐに私の真意に気づいた様子で、顔を赤く染め、これまたいやらしい手つきで私の髪を弄び始める。
「あの、ヴィヴィカ……す、好きな人って……」
前方の鏡を見てみると、悠真が私に三つ編みを施しながらそう問いかけてくる。
私はやり直せるとあって、大胆にも発言した。
「あ……アンタのことが好きって言ったわけ! わ……悪い!?」
その時の私の心臓はもう、ドッキドキだった。
なまじ告白にも等しい台詞であったから、普段ニブいところもある悠真にもしっかり私の本心が伝わったようで、私の王子様はもう一度妹との情事を一から再開せんとするかのように、私の髪に触れていた手を、ぱっ、と手放すのだった。
「…………?」
するとその次の瞬間、ぎゅっ、と私の背中を優しく包む悠真を知って、私は今まで空いていた心の隙間が急速に埋まっていくような気持ちになった。
「な、なに妹に抱き着いてんのよ! キモ! キモ! キモすぎ! は……早く離れろキモオタ兄貴! アンタのくっさいキモオタ菌が取れなくなったらどうするのっ!?」
「それでもいい。俺はずっとお前のことが好きだった。だから……もう少しだけこのままでいさせてくれ」
キュン……、と、ときめく台詞を私の耳元でささやく王子様。
けれども、私はイヤな女であるから、兄に罵倒の言葉を投げかけないわけにもいかず、何度も「キモい」と表明して見せた。
実際、兄はとっても気持ち悪いのだ。
先述したように女子顔負けの家事スキルはキモいし、毎日妹が風邪を引いてないかさりげなく体調を心配してくれる発言もキモいし、私が学校から帰って来るとどれだけそれまで険悪でも必ず「おかえり」と言って私を一人の家族として扱ってくれるし……ほんっとキモい。
でも大好き。
「な……なんで離れようとしないのよ! なんか変な勘違いしてんじゃないでしょうね!? 私が好きって言ったのは妹としてであって、こんなふうに抱きしめてくる兄とかおかしいんじゃないの!?」
……おかしくなりそうだった。
私の寂しい気持ちを悠真が全部受け止めてくれたような気がして、私は大声で兄に抗議しながらも、やはり内心ではキュンキュンしていた。
「ヴィヴィカの髪……いい匂いする……」
おまけに悠真が事あるごとに変なことを言い出すから、私としても変な気持ちになってきてしまい、後ろからの熱い抱擁を快くさえ想っていた。
けれども、悠真は不意に我に返ったのかまたしても、ぱっ、と私から手を放してしまった。
「あ……っ」
私はたまらず寂しくなってきてしまい、兄の気持ちに耳を傾けた。
「ごめん、ヴィヴィカ……。俺、どうかしてたよ。妹にこんなことするなんて、やっぱ変だよな」
「………………」
言葉と態度が裏腹な私でも、ここではあまりの寂しさから無言になってしまった。
本当はもっと抱きしめてほしかった。
いつも感じている空虚な心を、兄の大きくて力強い腕で優しく包み込んでほしかった。
それほどまでに、私は愛に飢えていた。
パパもいなくなり、ママもいなくなって、私はずっとひとりぼっちでいたんだ。
こうして悠真に抱きしめられるためにたったひとりぼっちでいたのに、その腕がすぐに私から離れてしまうと、私はまるで満たされなくなった。
もっと私に触れてほしい。
もっと私を抱きしめてほしい。
そう思うのに、私の口調は相変わらず兄にキツい。
もう習慣になっているのだ。
兄を罵倒することが、兄に対する私のアイデンティティーにすらなっていたのである。
「そうよ! あー、キモキモ! せっかく昨日お風呂に入ったのに、アンタのせいでまーた身体を洗わなきゃいけないじゃない。もう二度とそんなことしないでよねっ? やっぱ髪は自分で結ぶわ!」
――ぐわぁあぁあああぁぁあああああああああああああああああああああああああッ!
私は自分自身が発った台詞に内心、恐竜のように絶叫していた。
私は莫迦だ! 私は馬鹿だ! 私はバカだ! 大ばか者だ!
どうしていっつもこんなことを言っちゃうんだろう。
私は「兄の前での私」のことが嫌いだ。
どうしてもっと可愛く振る舞えない?
クラスの男子たちに媚びを売るように悠真に対してぶりっ娘でいるべきなのかもしれないが、やっぱりできない!
無理!
うぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!
「ちぃ、時間を戻してくれる?」
「ハーイ! 了解しましたです!」
私はそれから、無難に兄の前で3番の選択肢を選んだ。
「そ……そうよ! それが何か悪い!? 私にもせりなと同じように髪結びなさいよねっ!」
いつもの私らしい、ある意味一番素直な答えだ。
けれども今しがた痛感した後悔の念は消えない。
そのため、1番を選んだ時にギブアップしてしまった教訓を活かし、どうにか兄との一連の行為を耐え切った。
――ああ、デレたい!
早く悠真にデレて、一人前の女の子になりたい。
または悠真が好むライトノベルのヒロインみたいに男の子に対して明け透けに恋心を伝えたい。
そしていつかは悠真のお嫁さんに…………。
うわぁぁああぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああッ!