第二章 ヴィヴィカ・ホットクールは腹黒ぶりっ娘 2
「おっはよー、ゆうくん! 今日も超絶美少女、緑野琴子ちゃんがお迎えに来てあげたよー!」
家の玄関扉の鍵を外側から閉めると、開口一番俺の幼馴染みが元気良く朝のあいさつを告げた。
「おはよう、琴子。今日もブサイクだな」
「ひどいっ!」
琴子は俺の毒舌も何のその、自慢のましゅまろおっぱいを上下にふにんっふにんっとさせながら、素直じゃない俺の腕に抱き着いてくる。
「まったまたー! そんなこと言って、本当はあたしの可愛さにメロメロなんだろー? 琴子、知ってるもんっ!」
「なわけねーだろ。付き合ってもいないのに腕に抱き着いてくるビッチ女なんかに、俺が惚れるわけないからな?」
――とは言いつつ。
とは言いつつだが、たしかに琴子のボリュームのある胸を押しつけられると男の子としては嬉しくもあるわけで。
口ではけっこうヒドいことを言う俺だが、幼稚園の頃から一緒にいる琴子のことが嫌いなのかと問われると、そんなことはない。
マシュマロみたいな感触のおっぱいが無くたって、俺は琴子の元気溌剌とした性格が好きだし、高校での唯一の友達とあっては、無下にもできまい。
「え! あたしたち付き合ってなかったの!?」
「付き合ってねーよ! いつから付き合ってたと錯覚してたの?」
「幼稚園の頃から?」
「けっこう前だな! 出会ってすぐじゃねえか」
「あたしたち、付き合って十二年になります」
「もうそんなに経つかあ。……って、付き合ってないからな?」
「あたしたち、結婚しました」
「琴子それ年賀状とかに書きそう。……って、結婚もしてないから!」
「あたしたちの子どもの名前、なににしよっか? あたしは断然……――」
「はい、ストーップ! ストッープ、ストーップ。子どもなんていないでしょう!? 俺たちまだ高校一年生だよ? 赤ちゃん育てるお金だって持ってないし、第一育てられるわけないじゃないか」
「やだ……ゆうくん、もうそんなことまで考えてくれてるの。琴子、うれしいっ!」
「お前のせいだろうが! お前の妄想力がたくましいから俺もそれにつられただけだわっ! それにお前、最近彼氏ができたってクラスでウワサになってるぞ? 本当……なのか?」
「やだ……ゆうくん、もしかしてその彼氏に嫉妬してるの?」
「はあッ!? し……してるわけねえだろ! ビッチがどこの誰と付き合おうとも、今さら何とも思わねえわ。で……本当は?」
「やだ……ゆうくん、やっぱり嫉妬してるんじゃない。実はその彼氏とあんなことやこんなこともしちゃってて、琴子毎日が幸せなのっ!」
「そ、……うなのか……」
――なんかショックだ。
琴子に恋愛感情なんて芥の中の微塵の一つたりとも抱いちゃいないが、幼い頃からの女友達に彼氏ができ、なおかつアダルトチックな行為をしていると聞かされては、なんだか至極ナイーブな気持ちになる。
「それじゃ、俺とこうして通学しないほうがいいんじゃないか?」
「どうして?」
「どうしてってそりゃ、その彼氏とやらに誤解されちゃあ俺が困るんだよ。ビッチが誰とイチャイチャしようが俺は構わねえがなあ、面倒事が起きるのは嫌なんだよ」
俺と琴子は幼稚園も一緒ならば小学校、中学校まで一緒だ。その中で何度同じクラスになったかも数え切れないほど経験してる。
それから高校生になって今でも同じ学校に通っている俺たちは、言うならば腐れ縁というやつなんだろうが、琴子に恋人ができたって言うんなら、そろそろ距離を取ったほうが良いのかもしれんなあ。
そんなことを考えていると、琴子は腕を離すどころかなおさら強く抱き着いてきた。
「ゆうくん、あたしが彼氏とどんなことをしている想像をしたの? も……もしかしてえっちなこと? ……きゃーっ!」
琴子はなにやら一人で盛り上がっている。こいつは例えるならば蒸気機関車みたいなやつだ。一人で思い込んで自分に燃料を加えては、一人で暴走して、一人で顔を真っ赤にして湯気を出す。
今も彼女の脳内では「琴子劇場」が展開していることだろう。観客はこいつ一人。こいつただ一人が彼女の妄想劇場の観客だ。
「お前のえっちな姿なんて想像するわけねーから。気持ち悪すぎて吐き気がするわ。そういうのはお前の彼氏とだけやってくれ。俺を巻き込むな」
そうは言っても。
そうは言ってもだよ?
オレンジ色のポニーテールはとっても女の子らしいし、血色の良い肌はそのまま元気な琴子の性格をあらわしているかのように何の陰りも見当たらない。
いつもしているガーベラの髪留めも彼女の前髪をおしゃれにまとめているし、なによりやっぱり笑顔が良い!
その笑顔で見つめられたまま豊満なおっぱいとともに抱き着かれたら、並の男では太刀打ちできないだろう。
とはいえ、俺はこいつがビッチだと知っているから、絶対に騙されたりしないがな。
「そうは言っても、ゆうくんはツンデレだからあたしにおっぱい押しつけられても決して離れようとしないんだよねー。琴子、知ってるもんっ!」
「は……はあッ!? な、なに言っちゃってるわけ、ビッチ琴子。俺は毎日離れようとしてもしきりにお前が腕に抱き着いてくるから離れようとしないだけで、本当は嫌々ながら我慢してるだけなんだからなっ! 毎日抵抗してたら面倒くさいし疲れるから、何も言わないだけなんだよ!」
「ほらっ、やっぱりツンデレだぁー!」
「ツンデレじゃねえよ!」
くそっ、面倒くせえな、こいつ。
彼氏ができたんならその彼氏とイチャコラすりゃあいいだろ。どうしてこうも俺にいつもいつもすり寄ってくるんだ。
「あっ、ゆうくん。今日は琴子からゆうくんにプレゼントがあるんだった」
「プレゼント?」
琴子は一度俺から手を離すと、学生カバンの中からがさごそと何かを取り出し、徒歩で学校へ向かっている俺にそれを渡してきた。
「なんだこれ?」
琴子が満面の笑みで手渡してきたもの――それは一枚の紙だった。
横長でチケットにも見えるそれには、こんなふうな文言が書かれている。
『ましゅまろおっぱい特別マッサージ券(ゆうくん専用だよ!)』
――オーッ、ビッチ!
「なんだこれ?」
俺は再度同じ台詞で琴子に問いかけると、巨乳美少女は快活な笑顔で言ってくる。
「あたしの胸はいつでも揉んでいいからね?」
「これがビッチか!」
琴子は恥ずかしそうに頬を染めつつも、恋人のいる身分で幼馴染みに強烈な一撃を放ってきた。
こんなマッサージ券(身体の一部位限定)いつ使ったらいいんだよ!(しかも俺がマッサージしてあげる側)
「あっ、もう学校に着いちゃったね! ゆうくんといるといつも時間があっという間に過ぎちゃう!」
なんとも男をダメにする台詞を吐くとともに琴子は少しの距離、俺を置いて小走りで前へ駆けて行っては、すぐにくるっ、と振り向いて口を開く。
「それにゆうくん、一つ勘違いしているよ?」
「はあっ?」
校門前には登校してくる生徒がいっぱいいて、俺たちはその数多くいる学生の一部でしかなかった。けれども俺はいま、琴子以外が視界に入っていなかった。
他の生徒はモブキャラ。
燦々と輝く太陽の下できらめく花橙のやわらかそうな唇から発たれたひとことが、俺の心を奪っていったのだ。
「あたしはゆうくん以外の前ではビッチじゃないよ?」
――それはどういう意味だったのだろう。
恥ずかしそうに頬を朱にした琴子が急いで俺の前からはなれて昇降口のほうへ駆けて行ってしまったので、彼女の真意を問うことはできなかった。
思わず、きゅんっ、ときてしまった俺はなんだかひどく悔しくなって、ひととき風景と化していたモブキャラに混じって、ひとりつぶやくのだった。
「このビッチめ」