第六章 御前ヶ崎悠真は妹に恋してる 3
食事処はランド内の各地にあって、ポップコーンやサンドイッチの出店も含めればその数三〇種類以上。
亜人喫茶や獣耳ロリ巨乳の種族「ティーリエ」が営む食堂などに入店したものの満席だったため、俺たち四人はそれから、金髪エルフメイドがお客の注文を承る「異世界レストラン」へとやって来ていた。
「エルフ……エルフ……エルフ……。どこもかしこもエルフばっかりだな。ここにもエルフのお姫様がいることだし」
「……むっふっふー」
「ふふふっ、ゆうくん好みの良いお店でしょ!」
「そーだよ悪いか。エルフ姿のせりなも可愛いし、コスプレした店員さんたちも美人揃いだ」
「琴子ちゃんが選りすぐった至高の女の子たちです」
「嘘吐け! なんでお前がこの店のオーナーみたいになってんだよ。お前はいま、獣人だろ」
「がおーっ! ゆうくんを襲っちゃうぞー! 主に貞操的な意味で」
「ひぃっ!? ビッチに俺の貞操狙われてる!? 早く逃げなきゃ!」
「……うふふ、二人とも、おもしろいね……」
俺たち三人がレストランの席に着いて談笑していると、どうしてか途端に怒り出したのはヴィヴィカだ。
ソファー側の席に座るせりなの隣で一連のやり取りにあからさまに嫌な顔をして見せ、拗ねたように唇を尖らせている。
ちなみに俺と琴子はシスターズと向かい合わせの椅子側に腰を下ろし、並んだ格好で座っている。
「注文お願いしまーす!」
「はーい!」
琴子が四人全員の注文を終えると、金髪エルフメイドさんは元気良くカウンターへと料理を告げに行った。
「それにしても、すごいよなあ。木製のレストランってだけなのに細部が妙にこだわってあるからファンタジー感がやばい。ドアやテーブルもそれっぽいし、本当に異世界のお店に来たみたいだ」
俺はヴィヴィカの体調を気遣いながらも「大丈夫」とのことだったので、それからも談笑を交えつつ、注文したメニューが来るのを待った。
「それじゃあ、いただきます!」
「い……いただきます……」
「いただきます」
三人が三人、礼儀作法正しく食前のあいさつをおこなうと、俺もそれに倣って食べ始める。
「いただきます! ……んぐっ、うまい!」
俺はエルフ娘が作ったという設定のパスタを口に入れると、あまりの美味しさに舌鼓を打った。
せりなは大好物のラーメンとチャーハン、琴子とヴィヴィカはハンバーグセットをもぐもぐと食べており、どれも見るからに美味そうだった。
「ゆうくん、あーんっ」
「……? あ、あーん」
するとパスタに夢中になっていた俺に向けて、琴子がフォークで刺したハンバーグステーキを差し出してくる。
正直一口だけでもハンバーグのほうも食べてみたかった俺は、琴子の軽いノリに調子を合わせ、それに口を付けてみる。
「うまい! どれも美味しいな、ここの料理!」
「それは良かった!」
琴子はどうしてかとても満足げだ。
それに対してまたしても怒りを表出させているのは我が妹のヴィヴィカ。
俺はどうしてヴィヴィカがキレているように見えるのか、その理由がわからずに頭を悩ませた。
「イライライライライラ……」
「またそれ!? ヴィヴィカ、何にイライラしてるのかはわからないけど、思いっきり声に出てるから!」
「くふふっ、もしかしてヴィヴィカちゅわーん、将来ゆうくんのお嫁さんとなるこの琴子ちゃんに嫉妬してるの?」
「は? し……してるわけないでしょ! どうしてアンタたちが仲良さそうにしているからって、私が不機嫌になんなきゃいけないわけ!?」
「いや……思いっきり口に出してイラついてたけどな?」
「うるさいっ! アンタは黙ってて! 今はこのメス猫と話してるの!」
「メス猫って……」
琴子はメス猫扱いされているにもかかわらず、相変わらず笑顔だった。
マジでブレねえな、こいつ。
確固とした自分を持っているためか、そうそう自分を曲げないのが琴子のすごいところであり、おそろしいところでもある。
俺がこいつを振った翌日から始まった第二、第三の告白を俺は軽く受け流したり、時には真剣に断っているのだが、ガチであきらめようとしない。
なんなの新手のいやがらせなの? って思うレベルで俺に好意を向けてくるさまは、正直俺以外ならば危うかったかもしれない。
でも俺は騙されない。
何度も言うようだが、人にあんな「マッサージ券」やら「彼女希望券」を渡すようなビッチ女なんかに陥落なんかしてやらないんだからなっ!
……なんかツンデレみたいになってしまったな。需要ないってわかってるのに。
「あれ? もしかしてヴィヴィカちゃん……?」
するとそんな時、レストランのソファーに腰を掛けるヴィヴィカに声をかける人物がいた。
そいつらは三人ずつの男女六人グループで、いかにもリアルを充実していそうな組み合わせだった。
思わぬ出会いに驚愕したのも束の間、そしてまたぶりっ娘ヴィヴィカの変わり身の早さに付いていける者など、一人も存在しやしなかった。
「あっれぇー、すごぉーいぐうぜーん! 清水くんたちもこの遊園地に来てたんだね!」
――お気づきいただけただろうか。
俺と琴子が二人並んでヴィヴィカの変貌ぶりにドン引いているその目の前で、いち早くクラスメイトの男女がこの場所に来ていることを知った彼女が、女児アニメの変身シーンにも負けず劣らずといったスピードで甘い声を出し始めたのだ。
隣に座るせりななんか、お姉ちゃんがいつもらしからぬ高いトーンの発声に相当驚いたのか、手にしたレンゲをスープの中に落としてしまっている。
――それでは、もう一度ご覧いただこう。
「え、え! マジ!? マジヴィヴィカちゃんいんの? あーホントだ! やっほー、ヴィヴィカちゃん! すごい偶然だね! ……って、そこにいるのは同クラの御前ヶ崎? も……もしかしてヴィヴィカちゃんたちって……」
「なに言ってるのぉー? ちがうちがう、この人はただの友達の兄でぇー、その兄の友達とたまたま遊びに来たってだけ。加藤くんたちが思ってるのとは全然違うよぉー。こんな人まるで眼中に無いしっ! それより三人とも、ヴィヴィカよりもその娘たちのほうが好きなんだね……? ヴィヴィカかなしい」
「い……いやこれは違くてだな。オレたちはいつでもヴィヴィカちゃん一筋っていうか……」
「ふぅーん。鈴木くん汗だいじょうぶー?」
クラスの男子たちは、一緒に来た女子三人の手前、一方的にヴィヴィカを褒めるわけにもいかず、しどろもどろになっている。
ふははっ、この不埒な輩どもめっ!
ヴィヴィカを裏切り他の女どもと浮気をするからダメなのだ!
「そ……それじゃあおれたちは、あっちの席予約してあるからもう行くね? じゃあねー、ヴィヴィカちゃん」
「うんっ、また学校でね!」
自分を好いていた男が他の女と遊園地に来ている、という事実を気にも留めてないふうに装う我が妹のメンタル、本当どうなっているんだ。
いつも思うが、普段とは大違いだな。
食事中のヴィヴィカに対して去り際、これまたいつものごとく三人の女子たちが陰口を叩くのが聞こえた。
「はいはい、可愛いかわいー。ぶりっ娘ヴィヴィカはいつでもどこでも相変わらずね」
「あの女マジ痛すぎ。恥ずかしいことしてる自覚あんのー?」
「自分がみんなから嫌われてることに気づいてないんじゃないのー? どうせ男子に媚びを売ることしか能がないぼっちだし」
キャハハハハハ……、と、笑いながら女子生徒たちは去って行く。
「私……ちょっとお手洗い行ってくるわ……」
そう言ってヴィヴィカが自身のポーチから取り出したのは、ミニチュアサイズのテディベア。
携帯用の、ヴィヴィカのお友達だった!
その割にはお腹のあたりだけ綿がぺったんこなところにヴィヴィカの愛(闇)を感じる。
「おー、行ってらー。そのクマによろしくなー」
ギロッ、と席を立ったヴィヴィカににらまれてしまう俺。
「ははは……その調子なら大丈夫そうだな」
なにはともあれ、クラスメイトとの対立が大きな火種にならずに済んだようでなによりだ。
独自のストレス解消法を持っているヴィヴィカに対しても、変に気を遣って心配すると余計に怒るから、ここはあえて放置するのが得策だと経験上思い知っている。
「デザート何にするー?」
それから時は過ぎ、メインディッシュを食べ終えた各員は食後のデザートを注文することにした。
「私、ショートケーキとコーヒーのセットで」
「あれ? ヴィヴィカはコーヒー、苦手じゃなかったか?」
「うるさいわね。たまには、の……飲みたい気分の時くらいあるの!」
「そ、それなら良いが……」
そう、ヴィヴィカはコーヒーが苦手なのだ。
コーヒー以外にもお豆腐が苦手だったりと色々ある彼女だが、今日は珍しくそんな気分だと言う。
「じゃあ俺はモンブランとオレンジジュースで!」
「せりなも……それ……」
「じゃああたしはチョコケーキとアイスティーで! すいませーん!」
元気の良い琴子が俺たち兄妹をリードしてくれるから、正直助かる。
俺だと最悪、美人のウェイトレスさんの前でどもる可能性があるからな。こういう時は、天真爛漫な幼馴染みに感謝だ。
「お……美味しい」
「そりゃあ良かった! なんせあたし選りすぐりのエルフちゃんたちが作った至高のケーキだからね! 美味しいに決まってるよ!」
「だからなんでお前がいちいちこの店のオーナー気取ってんの?」
ケーキの感想を口にしたヴィヴィカの言に変な受け答えをした琴子に、俺がツッコミを入れる。
俺はパクパクとモンブランを食していき、いち早く食事を終えると、三人が食べ終わるのを待っていた。
「ヴィヴィカ、最初に口つけてから一口もコーヒー飲んでないけど、やっぱり苦くてダメだったのか?」
ヴィヴィカは普段では決して注文しないであろうコーヒーを注文したものの、一口飲んでから嫌な顔をしたのち、それから一度も口をつけてはいなかった。
「よかったら、俺のオレンジジュースと交換してみるか?」
「は……はあ!?」
ヴィヴィカの驚きぷりったらなかった。
なにも飲み物を取り替えるくらいでそんなに大げさに驚かなくたっていいのに。
そう思いつつ、やがてわずかに首肯して見せたヴィヴィカに許可をもらって、俺は自分が少しだけ口をつけたオレンジジュースとコーヒーの位置を交換した。
「それじゃあ、いただきまーす。……って、なんでみんなこっちを見てるわけ?」
「い、いや……」
ヴィヴィカ、琴子、せりな全員が意味ありげに俺の様子を見つめると、俺は不思議な気持ちで妹からもらったコーヒーに口をつけていった。
「………………」
「………………」
「………………」
どうしてか無言の沈黙の中に女子三人の強い視線を感じ、俺は一口でコーヒーカップを空にするや否や、全員に大声を発った。
「な、なんだよ!」
「いやあ、そのぉ……ゆうくん、良い飲みっぷりだなと」
「おねえちゃん……ずるい……」
だから何をそんなにみんなは気にしてるんだ?
……と、思考を巡らせた矢先、俺はとんでもないことに気づいた。
あれ……?
これってもしかして、間接キスってやつなのでは……?
「やりましたね、ご主人サマ!」
そうしたすぅの声援が片耳に付けたイヤホンから聞こえてくる。
俺の斜め向かいに座る当のヴィヴィカはなんだか恥ずかしそうにもじもじとしているし、琴子とせりなの二人も呆気に取られた様子で俺のことを見つめている。
するとたちまち、決して俺と目を合わせようとしなくなってしまったヴィヴィカが、一つの行動を起こした。
妹の手が伸びる先、そこには――俺が先ほど彼女と交換し合った、俺のオレンジジュース入りのコップが握られていた。
「えっと、その、ヴィヴィカ……?」
俺があわてて手を伸ばし、ヴィヴィカの行為に「待った」を掛けようとするも、素知らぬ調子で彼女はオレンジ色の飲み物にキスしてゆく。
そうそれは――俺が一度口をつけた飲み物なのだ。
「その……、ヴィヴィカ……、俺のキモオタ菌がくっついちまうぞ?」
そう表面的には冗談めかして口にしたものの、内心では心臓がばくばくだった。
ヴィヴィカから向けられていた意味深な視線からして、妹は俺との間接キスに気づいている。
そうと知って俺と交換したその飲み物に口をつけるということは、少なからず俺への意思表明をしている証ではないのか……?
「んくっ……んくっ……んくっ……。……ふうっ」
ヴィヴィカもまた俺と同じようにしてオレンジジュースを一気に飲み干しては、その勢いで俺と目を合わせる。
ヴィヴィカの紫色の瞳は何を語るのだろう。
そう思ってアイコンタクトをおこなった俺だったものの、いくら女の子と目と目を合わせ続けても、真意は見えてこなかった。
そうして俺は、俺の発言に応える、ヴィヴィカの一声に心を撃ち抜かれる。
「あー、キモかった」