第六章 御前ヶ崎悠真は妹に恋してる 2
『1、グー』
『2、チョキ』
『3、パー』
「なるほど。ジャンケンでどれを出すかによって、今後のヴィヴィカとの関係が決まるわけね」
「そういうことです! 言い忘れてましたが、すぅはヴィヴィカさんとの会話中にしか選択肢を出しません! なぜなら一番当初に指定したお相手とご主人サマが結ばれるようプログラムされているからなんです!」
「つまり、琴子やせりなとの会話中には出てこないってことか?」
あれ……? 今までどうだったっけ?
「いえ、というよりは、ヴィヴィカさんとの仲が発展できそうなシチュエーション毎に、すぅがその場その場で判断して、時間を止めてるって感じですかね」
「ふぅーん。なら、このジャンケンにもすぅは俺とヴィヴィカが仲良くなれる可能性を感じているってわけか?」
「はい、そのとおりです! すぅはご主人サマを陰ながらでしか応援することはできませんが、一番身近で、一番ご主人サマの味方でありたいと常々考えているわけでありますっ!」
「それは……なんというか、ありがとな」
「いえいえ、恋愛サポートAIなら当然のことですよ!」
「それと少し気になったんだが……本当にヴィヴィカたちにお前の姿、バレてないよな? あとこのイヤホンとマイクも……」
「ええ、もちろんです! ご主人サマがすぅ専用のコンタクトレンズを装着しているかぎり、たとえこの遊園地内に他の妖精持ちがいたって、ご主人サマ以外にはすぅやイヤホンマイクの存在は視えません! なぜなら妖精それぞれに個別の認識番号がありますから!」
「ふぅーん。それなら安心だ。俺はなんか、これだけ人がいりゃあ、一人くらいすぅの姿が視えてもおかしくないかもなんて考えていたんだが」
「そんな霊視じゃないんですから。すぅは立派なテクロノジーの産物。時を止めるAI妖精なのですから!」
「よしっ、それならラスト、今日もよろしく頼むぞ、すぅ!」
「はいです! かしこまりました!」
俺はとうとう返却期限が明日と迫ったすぅとの会話を終えると、時が止まった現実を動かし、本来の時間軸に戻ることにした。
「グー」
すると毎度お馴染み時間の流れがスムーズになり、琴子、せりな、ヴィヴィカが一斉に一つのジェスチャーを出した。
「あっちゃー! 負けちったぁーっ!」
結果は以下のとおり。
俺のグーに対してせりなはパー、琴子がチョキ、ヴィヴィカがグーだった。
よって琴子が事前に言っていたルールに従うと……
「それじゃあ、せりなちゃんがゆうくんと隣の席だね! ちょっち残念だけど……」
俺とあいこになって、二人掛けのゴーカートをライバル視している琴子と乗ることになったヴィヴィカ。
なぜか妹は見るからに、むっすー、と不満そうな顔をしており、俺はAI妖精にやり直しを要求した。
「待ったをかけた」というやつである。
「御意であります!」
「なぜそんな古風な丁寧語!?」
たちまち視界がわずかにブラックアウトし、ジャンケンがおこなわれる前に逆戻りしていく俺たち。
しばらくして、目の前では時間の流れと共に固まった三人がそれぞれ手を構える様子が覗えるようになる。
「俺は何度だってやり直すぞ。ヴィヴィカと結ばれるためならなあ!」
「さあご主人サマ、やっちゃってくださいな!」
「ああ!」
俺は今日ヴィヴィカに告白すると決めて来たんだ。
ヴィヴィカと同じカート、隣の座席に座るまで、何度だって挑戦してやらあ!
「チョキ」
そうしてすぐさま明るくなってゆく視界にて、またしても勝者が決定した。
内訳はせりながパー、琴子がグー、ヴィヴィカがチョキだった。
「くっそー! 琴子と隣の席かよっ!」
「ゆうくんなんで嫌そうなの!? この超絶美少女、緑野琴子ちゃんと相席になれるんだよ!?」
「うるせーブス!」
「言ったなぁー! 琴子怒っちゃうもんね! ぷんすかぷんっ!」
「言ってろー!」
俺は半ばやけくそ気味にすぅへと指示を出し、時間を巻き戻してもらった。
「よしっ、こうなればあとは残り一つだな。さすがすぅのチート能力! 俺はもしかして無敵か?」
「無敵! 不敵! 素敵です、ご主人サマ! 略して、さすごしゅです! この遊園地的にも!」
「たしかに! ぴったりの台詞だ。それならいっちょ、ハッピーエンドにまっしぐらだ!」
「おー!」
「パー」
俺は三たび同じ動作を繰り返し、とうとうヴィヴィカを引き当てた。
どういう仕組みで三人の女の子の出すサインが変わるのかは知らないが、おそらく直感に拠るところであろう。
せりなが相変わらずパー、琴子がグー、ヴィヴィカがチョキをそれぞれ出した。
「よっしゃー! 琴子に勝ったぞー!」
「どうしてあたしを目の敵にしているの、ゆうくん!? くーっ、負けちゃったかー。勝者はヴィヴィカちゃん、おめでとう!」
こうして負けヒロインがまた一人この世界に誕生した。
琴子、言っちゃあ悪いが、お前はいつだってヴィヴィカには勝てないんだよ!
ふははっ、ざまあみろこのビッチめ!
ふはははははッ!
「おにいちゃん……すごくわるいかおしてる……」
「ヴィヴィカちゃんジャンケン、チート級に強いね」
「わたしのおねえちゃんは……むてき」
そんなこんなで席決めが終わり、俺たちはジェットコースターよりも比較的空いているゴーカートへと乗り込むことに。
「べ、べつに! アンタなんかとくっついたって、ぜんぜん嬉しくなんてないから! 勘違いしないでくれるっ!?」
「はいはい、テンプレ乙」
「はあっ!? 何かいま私のことバカにしたでしょ! バカ兄貴! アホ兄貴! クソ兄貴!」
「お前はいつも変わらないなあって言っただけだよ。それよりもうちょっと向こうに行けないか? せ……狭いんだが……」
「狭いのはお互い様でしょ!? そんなに言うなら、アンタだけ降りて歩いたらどう?」
「ゴーカートの意味……」
俺は相変わらずムチャな要求をしてくる妹に苦笑しながらも、内心ヴィヴィカの体温を直接感じられて嬉しかった。
ゴーカートの同じ車に乗り込んだ俺たちは狭い車内、人が二人乗るのが精一杯の車内にて、押しつ引きつつせめぎ合っていた。
「ヴィヴィカ、安全運転頼むぞ?」
「オッケー。任せなさい」
俺は一応兄ということもあって、ハンドルの付いた右側運転席をヴィヴィカへと譲った。
妹ははじめ、そろそろとした調子でアクセルを踏んでいたが、すぐに感覚を掴んだのかアクセル全開で走り出した。
とはいえ、安全性を考慮した乗り物なので、そこまでのスピードは出ない。
というより、妹とこれほどまでに密着するシチュエーションも普段一緒に生活していてもそうそうないことなので、なんだか照れくさくってしょうがなかった。
「ヴィヴィカって、けっこう体温高いんだな」
肌が白いから体温が低いイメージがあったのだが、実際に二の腕やふとももから彼女の体温を感じると、その柔らかなあたたかみに驚く。
「いぃ……いきなり何言い出すのよっ!?」
ヴィヴィカは両手でハンドルを握りながら思いっきり叫び声を上げ、ふらふらとカートをあらぬ方向へと走らせていった。
「ヴィヴィカ、前、前!」
「――――え」
ドッカーンッ!
安全用ゴムが巻かれたコースレーンに激突した車体は、俺たちに衝撃を与えるとともに前方につんのめらせた。
それと時を同じくして、俺たちの一つ後ろの車に乗り込んでいた二人がくすくすと笑い声を立てながら過ぎ去っていく。
運転席にて助手席に座るせりなをゴールまで護送している琴子のにやけ面が、なんとも憎たらしくて仕方なかった。
「ヴィヴィカ、安全運転……」
「うるっさいわね! アンタが突然変なこと言い出すからでしょ!」
「いやだって思ったことをそのまま言っただけなのにさ、ヴィヴィカがそんな反応するとは思わなかったから」
「思ったことをそのままって……」
するとなぜかヴィヴィカは、右手で俺に触れている左の二の腕を抱えて遠ざける仕草をしたのち、ネコのごとき鋭い目つきでにらんでくるのだった。
ネコはいま、琴子のポジションだろ? 魔法使いのパートナーさまがそのポジションまで取ってやるなよ。
「アンタ、私とくっつけて嬉しいんだ?」
「はあッ!? んなわけねえだろ! なんでヴィヴィカと二人きりだからって喜ばなきゃなんないわけ?」
「し……仕方ないじゃない、私がアンタにジャンケンで勝っちゃったんだから! パーを出す兄貴が悪い!」
それは……ごもっとも。返す言葉もございません。
「それに……アンタだって身体熱いのよっ! 少しは離れなさい!」
「は……離れられねえよ、こんな狭いんだから!」
「じゃあ歩いて! 歩いて付いて来て!」
「んなムチャな」
どんだけヴィヴィカは俺に車道歩かせようとするわけ!?
大きさこそ普通のゴーカートだけど、もしトラックを模したそのカートにひかれたら、俺本当に異世界転生しちゃうかもよ!?
……待ってろ、おそらく今あっちの世界でハーレム生活を楽しんでる親父。息子ももうすぐそっちに行くからな?
「ヴィ……ヴィヴィカ、今度こそ運転頼むぞ?」
「え……ええ」
俺たちは途端にして「アトラクション」という名目の下、お互いの体温を身近に感じる距離に身を置き、相手のぬくもりが否応なく俺の同じ箇所に触れると、意識せずとも女の子ならではのふにふにとした柔らかさに悶えそうになるのであった。
一度事故が起こってからは終始二人とも無言のままお互いの体温だけで会話を交わし、あっという間に目的地へと辿り着く。
「あっ、おかえりー、二人とも」
「けっこう……おそかったね……」
「ま、まあな。こいつが俺を危うく異世界転生させようとしてくるから」
「はあッ!? アンタがキモいこと言ってくるのが悪いんでしょ!」
「まあまあ二人とも、そんなに見せつけてくれんなよ。さっ、そろそろお昼ごはんにしないかい?」
琴子が見事に俺たちの指揮を取り、時間もちょうど良い頃合いだったため、四人はランド各地に設置されたレストランへと赴くことに。
道中、ほんのひとときのみ身体をくっつけていたヴィヴィカだったものの、俺が冗談を交えて問いかけると、顔を真っ赤にして反論するのだった。
「くっついてたのに、すぐ離れちゃったな?」
「なにそれキモッ! 私はアンタとすぐにでも離れたくて、カートに乗っているとき全身が鳥肌立ちっぱなしだったわ。あー、よかった! やっとキモオタ兄貴と離れられてせいせいする!」
「そーかよ。まっ、俺も同じ気持ちだけどよ」
そんなふうに言ってるくせに、白い顔を真っ赤にしているのはなぜだろう。
とてもわかりやすい変化に俺は心の中で少し微笑み、午後にはどうにかしてヴィヴィカに告白しようと決意するのだった。