第五章 三つ編みはえっちな行為です 3
それからあっという間に日は過ぎ、とうとう琴子が企画した遊園地デート当日がやってきた。
琴子とは朝の八時に家の前で集合し、四人揃って電車を乗り継ぎ、目的地へと行く予定であった。
「よしっ……できた!」
俺はいつもより早めに起き、土曜とあって休日を迎えた綾さん含む四人分の朝食を作り終えると、ぱぱっと軽くリビングを掃除し、二人が起きてくるのを待った。
朝の八時出発ということで俺はせりながちゃんと起きられるか心配だったものの、なんとか昼夜逆転した生活リズムを調整し、逆に早く起きてきた妹に感心した。
「おはよ、せりな」
「……うん。おにいちゃん……おはよ」
ふわーあ……っ、と、いつものパジャマ姿でまだ眠そうにしているせりな。
トイレへ行き、顔を洗って朝食を済ませた彼女を見遣ると、俺はぼさぼさとしたせりなの髪を編んでやることにする。
「せりな、髪結ってやるよ」
「さんくー。……おにいちゃん」
せりなが朝の食事を終えてまず真っ先におこなったこと――それはやっぱりゲームであった。
今日は四対四のチーム戦でエリア内に色を塗っていくシューティングゲームに興じており、「置きエイム」がどうとか「クリアリング」がどうとか、お兄ちゃんにはわからない単語を実況しながら敵をやっつけていた。
そんなせりなの髪を後ろから掬い上げ、俺はリビングのソファーに座っている妹の髪に櫛を通す。
それから、ちらちらせりなのプレイ画面を眺めつつ、三本の毛束から一つの髪型を作っていく。
「できたぞ、せりな? 今日はおでかけ用の三つ編みツインテールだ」
「おーぅ……おにいちゃん、いもうとの髪をむすぶのもお手のものだねー……」
「まあな。お兄ちゃんに任せとけ」
俺はドヤァ……と妹にドヤ顔をしたものの、せりなはゲームに夢中でツッコミを入れてくれない。
「それにしても、ヴィヴィカはまだ起きてこないのか……」
「なに? なんか言った?」
「うおっ! いたのか、ヴィヴィカ……」
せりなの髪型を決めてから何気なくそうつぶやいていると、当の本人が二階から下りて来て、俺にいつものきっつーい目を向けているところだった。
「起きちゃ悪いの?」
「ちっ、なんだよその言い方。もっと他に言い方あんだろうが。俺は別にそういうつもりで言ったんじゃ……」
「じゃあどういうつもりで言ったわけ? 私が起きてくるのが遅いことを愚痴ってたくせに」
「だからそういうつもりじゃ……ああッ、めんどくせえ妹だな!」
「うるっさい! めんどくさい妹で悪かったわねっ! ……ふんだっ」
くそう……いつも思うが、怒るヴィヴィカも可愛いんだよなー、これが。
さすが将来の俺の嫁。
もはや朝っぱらから何の脈略もなくキレられるのも日常茶飯事だから、けっこう慣れてきている自分もいるんだ。
口ではああ言いつつも、実際はそこまで怒ってない……みたいな。
もちろんキレる時はキレるし、嫌な時は嫌なんだけど、それでも許せるだけの心の余裕ができたみたいな。
なにせ……かれこれ一年もヴィヴィカと生活してるんだもんなあ。
そりゃあ慣れるってもんよ。
ていうか思ったけど、ヴィヴィカは将来の俺の嫁って言い回し、どことなく琴子の発言に似てるよな。
知らんけど。
「ねえ……バカ兄貴」
「なんだよその口を開けば兄への罵倒がセットで付いてくることがさも当たり前みたいな台詞。バカと兄貴のバッドセットはやめてくれ」
「ねえ……バカ兄貴、せりなの髪、結んであげたの?」
「はあ? ああ、それがどうした?」
「ふぅーん。そぉ……」
そう言って食べ終えた朝食をダイニングテーブルに置いたまま、ヴィヴィカはくるくると指で自分の髪を弄んだ。
「なんだ? お前も髪結んでほしいのか?」
「そ……そういうわけじゃ……!」
さて、このとき妹の中にはさまざまな葛藤があったことだろう。
大嫌いな兄に頼み事をするなんて、妹が一番嫌がることだと思っていたから、俺は次に発たれたヴィヴィカの台詞に驚いてしまった。
「そ……そうよ! それが何か悪い!? 私にもせりなと同じように髪結びなさいよねっ!」
「お、おう……」
俺はあまりの珍しさに生返事を返してしまい、照れつつもしきりに自身の髪の毛をくるくるやるヴィヴィカにこう思った。
「へえ……。ヴィヴィカにも案外可愛いとこあるんだな」
「…………っ!? は、はあッ!? 私はいつも可愛いでしょ!」
「へいへい。姫の言うとおりでござんすよ」
「ばかあっ!」
こうして俺たちは一度洗面台のある脱衣所へと移動し、兄妹二人でおこなう営みを開始することにした。