第二章 ヴィヴィカ・ホットクールは腹黒ぶりっ娘 1
『第二章 ヴィヴィカ・ホットクールは腹黒ぶりっ娘』
「行ってきまーす!」
ヴィヴィカが家に引きこもる要介護ゲーマー御前ヶ崎せりなにそう言って元気良く玄関を飛び出して行くと、彼女の高校生活が今日もまた始まった。
「せりな、今日も学校行かないのか?」
俺は相変わらず黄緑色のパジャマのままリビングとテレビを占領しているせりなにそう言ったが、案の定いつものように不登校中学生はサブマシンガンで射撃をおこなっている。
「……チクワとカクマガとエナドリ取ってー、Nに敵がいるから周囲を策敵しつつ裏ポジ取ってー、……いや、このまま強ポジで待機しながら確グレ狙ったほうがお得かなぁー」
せりなは素人ゲーマーにはわからない単語をぶつぶつと呟いているが、おそらくヘッドホンをしているせいで兄の言葉がまるで耳に入っていないのだろう。
「わっ!」
そこで俺はソファーの背もたれに腰掛けているせりなの肩に勢い良く手を触れ驚かせてみる。
「……うわぁあっ!?」
ナイスリアクションだ。
妹はコントローラーを床に落とし、ソファーから転がるように滑り落ちては、斜めに傾いたヘッドホンの位置を調整しながら兄に抗議してくる。
「おにいちゃん……せりながゲームしてる時はびっくりさせないでってなんどゆったらわかるのっ。……あーあ、せっかく良いトコだったのに死んじゃった……。あと一人倒したら……わたしが勝ってたのに……」
「ごめんごめん」
ばかばかばかっ……と、せりなは俺の腹に向かって、さして痛くもないパンチをぽかぽかと繰り出してくる。
そのさまは、まさに小動物のようだ。
こんな可愛い「暴力ヒロイン」だったら、いくらでも殴られたい。せりなは「はーあ……っ」と、重い溜め息を吐いて俺への手を止めると、プレイしていたキャラの死体が映し出されたテレビ画面の電源を消し、普通の女子中学生ではまず発しないであろう台詞を口にした。
「……さぁーて寝るかー」
――お兄ちゃんびっくりだよ。
「せりな、いま朝の八時なんだけど」
「もう、そんな……時間。……さすがにがんばりすぎた。……ふへへっ」
「まだ八時だよ! 普通の中学生なら、今から一日が始まる時間だよ!」
「わたしはえらばれしもの……普通、じゃない」
「ニートで学校に行っていないことを俺のたくましい妹はポジティブに捉えているだと!?」
「ぎむきょういく、をしないわたし……かっこ、いい?」
「夜中じゅうずぅーっとFPSで人を銃殺しまくっている妹には恐れ入るよ! 決して格好良くはないけどなっ!」
「……おにいちゃん、妹を傷つけて、たのしい……? わたしいま、とーっても傷ついた。……わたしはただ、敵プレイヤーを神様の国に案内してあげてるだけ……」
「それを銃殺と言うんだよ! お相手さんもプロゲーマー並の腕前を持つ中の人がこんなだらしない女子中学生だと知ったらどう思うだろうな!」
「ころしてくれてありがとうございました?」
「ドSだな! 見かけによらず!」
「それより……おにいちゃん、パジャマ」
俺は朝(夜)ごはんであるトンカツを食べてから深夜にもかかわらず、ひたすらゲームをしていたであろう妹に「パジャマ」と言われて、仕方なく二人でせりなの部屋へ赴くことにした。
妹は何のこだわりがあるのかは知らないが、家で生活する用のパジャマと夜(朝)寝る時に着るパジャマを着替える習慣がある。
まあ滅多に家から出ないからどっちにしてもパジャマなのがせりならしいが、こっちの妹にも服に関する特別なこだわりがあることは兄としてちゃんと理解してあげなくては。
「ほら、下脱がすぞ?」
「うん……」
不登校でニートで引きこもり。
おまけに昼夜逆転した生活リズムで日々を過ごす要介護の妹は、今日も今日とて俺に着替えをせがむのだった。
俺は目が疲れたのかしきりに目元をこするせりなに確認を取ると、おもむろに妹のパジャマズボンを脱がせにかかった。
「おいっ!」
――お兄ちゃんびっくりだよ。
なんと妹のせりなは下着を身につけていなかった!
「ツンデレ」から”デレ“を抜いたような性格をしているヴィヴィカとは対照的に、そもそもせりなは下着を洗う洗わない以前に穿いてすらいないという衝撃の事実。
あれれー、たしか昨日着替えを手伝ってあげた時点ではちゃんと穿いていたはずだったんだけどなー。
「せりな、パンツはどうした?」
「……あー、じゃまだったから脱いだんだった。……すっかり忘れてたよぉー」
「すっかり忘れてたよーじゃねえよ! 思いっきり見ちまったじゃねーか!」
「ほえ?」
俺は下半身に何も身に着けていないせりなを彼女の部屋に残したまま、一目散に階段を駆け下り、リビングにて無造作に放っぽり捨ててあった水色の下着を持って再び二階に上がっていった。
「ほらっ、リビングに落ちてたからこれ穿いて!」
これじゃあまるで幼稚園児のお世話をしているみたいだ。せりなは俺が一階に行っている間に疲れてしまったのか、下がすっぽんぽんなのも気にせず、もうすでにベッドの上で横になってしまっている。
「おいっ、そんなかっこで寝たら風邪引くぞ!」
「……じゃあ、早くお着替えさせてー」
「ったく、このニート中学生めっ!」
「ふへへー……っ」
「褒めてないからな?」
俺はベッドの上の眠り姫の華奢な脚を持ち上げ、まったく抵抗しようともしないせりなにパンツを穿かせた。
そうしてちゃっちゃと上下のパジャマも下着と同色のものに着替えさせてやると、俺はそろそろ学校に行かなきゃいけないこともあって、妹の世話を中断することにした。
「じゃあ俺は学校行かなきゃならないから、ちゃんと寝る前に歯ぁー磨くんだぞ?」
「……うん」
「本当か?」
「……うん、みがく。それとおにいちゃん……帰ってきたら、せりなの髪……洗ってね?」
「おう。そんじゃーあとでな。歯ぁー磨くんだぞー?」
「なんどもゆわなくてもわかったよ……いってらっしゃい、おにいちゃん」
「行ってきまーす!」
俺はそう言って妹の部屋を後にしたが、おそらくせりなのやつ、このまま歯も磨かずに寝ちゃうんだろうな。
明日はもっと早起きして、あいつの歯も磨いてやらねぇと。
俺はそうして明日の予定を立てつつ自分の部屋へ行き、学生カバンを手にしたところで、インターホンの音を聞いた。