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腹黒いもうとはラブコメ選択肢に恋い希う  作者: 紅月白夜
第四章 緑野琴子はあきらめない
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第四章 緑野琴子はあきらめない 5

「すぅ、今度は俺に何を選べって言うんだ?」


時が止まった世界にて、俺はたったいま視界に飛び込んできたある物に目を留めた。


――それは、コンニャク。


紐にぶら下げておいた濡れていない冷たいコンニャクをゆるいスピードでお客のほっぺた目がけて投下し、その感触で相手を驚かせようという、まさしく子ども騙しの仕掛けだ。


それが俺たち三人目がけて向かってきているワンシーン。


静止した時の中で、俺はコンニャク投下係の男子生徒とばっちり目が合ってしまう。


……なんとも悪巧みをして嬉しそうな顔だ。


「それではこちらをご覧くださーい!」


俺はすぅが脳内スキャンによって導き出した、三択の選択肢に目を向ける。


上から赤、黄、青のプレートには、こう書かれている。


『1、あっ、あぶなーい! せりなはお兄ちゃんが護る!』


『2、……ぐえっ! な……なにかが俺の頬に触れたぞ! 二人とも気をつけろ!』


『3、ヴィヴィカ、前、前!』


「わざとらしすぎるだろッ! どれも!」


俺は率直にすぅが用意した選択肢への感想を叫んだ。


1、2、3、どれを選んでも今こうして時間が止まった世界で紐付きコンニャクとご対面してしまっている以上、もはや驚くわけもない。


この仕掛けはコンニャクが肌に触れることによって人を怖がらせる仕組みだが、すでにこちらが何をされるか頭で理解できてしまっているため、どうしたって恐怖は生まれ得ない。


なぜなら恐怖は人の無知から産生されるものだからである。


「よぉーし、これもヴィヴィカと仲良くなるためだ! どんどん選んでいくか!」


「それでこそご主人サマです! ようやくすぅの言いたいことがわかってきましたね! 恋愛は待っているだけじゃ始まりません! 実際に行動しなければ、いつまで経ってもラブコメは始まらないのです!」


「すぅ、いいこと言ーう」


「えへへ。それほどでも、あるかもですね」


さて。


すぅの言うとおりだ。


何もしないで後悔するよりも、前に進んで傷つこうじゃないか。


「ヴィヴィカ、前、前!」


突然動き始めた現実が、ひとたびヴィヴィカを襲う。


俺はせりなを庇うようにして右に身体を逸らしては、ラブコメイベントの一つとしてコンニャクが機能するよう、わざとらしくもヴィヴィカに声をかけた。


「……うひゃあっ!」


効果は抜群だった。


俺の左隣で冷めた目をして歩いていたヴィヴィカは、その白いほっぺにコンニャクが触れた瞬間、まるでその場で跳び上がるように身体を大きく動かしては、手頃な距離にあった腕に抱き着いた。


つまり俺にだ。


兄に抱き着いたヴィヴィカのやわらかなぬくもりに触れた俺は、普段強がっているけれどもいざ責められると極端に打たれ弱い彼女を知って、胸の高鳴りを知覚した。


「……って、ただのコンニャクじゃないのよ、もうっ!」


すぐに簡単な仕掛けに気づいたヴィヴィカは、ただ紐によって吊されていたコンニャクに呆れつつも、一瞬ひやっとした感触からビックリした自分を落ち着けていた。


「い……いつまで私に触ってんのよ!」


そうして自分のほうから俺の腕に抱き着いてきたにも関わらず、俺に罵倒の言葉を投げてくる仕草も相変わらずだ。


俺は若干微笑ましい気持ちになりながらも、今の二人の関係が壊れてしまうことを恐れているみたいに、普段らしさを装って、ツンツンとした態度を取ってみる。


「それはこっちの台詞だ! 相変わらず理不尽だな!」


なんて滑稽な二人のラブコメ。


やり直しては言葉を交わし、やり直しては台詞を交え……。


恋は後戻りができないから恋と呼べるんじゃないのか?


傷つかない恋なんて、恋じゃない……!



「すぅ、時間を戻してくれ!」


「……いいんですか? なかなか良さげじゃないですかー」


「いいんだ! 早くしてくれ!」


「……。了解です」


ぐるぐると巻き戻っていく現実の中で、今後のヴィヴィカとの関係に思いを巡らせた。


たしかに、俺はすぅの力を貸りなければ素直になれないし、ヴィヴィカとラブコメできそうにない。


けれども、自分だけこうしたチート能力――何度もヴィヴィカとの関係ややり取りをやり直しできる環境が正しいとも思えなくなってきた。


なぜなら、俺はヴィヴィカの過去と正しく向き合っていないからだ。


ヴィヴィカの知らない俺をすぅは知っていて、「ラブコメ選択肢タイム」と名付けられた空間に俺を招くけれども、俺の想い人はそのことを知らない。


――フェアじゃないのだ。


俺だけが未来のヴィヴィカの反応を知り、自分にとって一番最適な――もっと言うならば自分にとって一番都合の良いヴィヴィカ・ホットクールを選び続けている。


その一連の流れが、仕草が、果たして恋と――そう呼べるのであろうか。


ラブコメと――そう呼べるのであろうか。


ここにきて俺の頭はクエスチョンマークで埋め尽くされていた。


「次は1番を選ぼう」


だけれども、そうした矛盾や葛藤を抱えながらでも、俺はヴィヴィカへの恋心を失いたくはないのだ。


もっと彼女のことが知りたい。


もっとヴィヴィカの反応を確かめたい。


そんな気持ちが、今の俺を動かしていた。


「あっ、あぶなーい! せりなはお兄ちゃんが護る!」


そう言葉を紡ぐとき、あらかじめ未来を予見している俺こそが間抜けに思えた。


俺は今度はヴィヴィカの手を引きながらも、せりなをコンニャクへと差し出した。


たちまちにして、べちゃっ、という鈍い音とともにせりなの頬にコンニャクが張り付き、妹はあからさまに怖がって見せた。


「わぁあぁぁあああぁああぁああああっ!?」


ごめんよ、せりな。


お前をこんなにびっくりさせたくはなかったんだけれどな。


せりなの犠牲を尻目に、俺は咄嗟につないだヴィヴィカの手を握りしめていた。


するとしばらくしてせりなの身に何が起こったのか把握したヴィヴィカも、驚いて声を上げる。


「な、なにドサクサに紛れて私の手ぇ握ってんのよ! せ……セクハラよセクハラ! ちゃんと責任取りなさいよねっ!」


「責任って、俺はヴィヴィカに何をすればいいんだ……?」


わざとらしく、俺は頭のハテナを想い人へと向けた。


「そ……それは……。知らないわよ、そんなこと! アンタが自分で考えなさい!」


「ええー……」


ヴィヴィカに手をつないだ責任を取れと言われても、どうしたらいいかなんてわからないな。


そうだ、こういう時こそ人工知能の頭脳に頼ろう。


俺はステルス機能をオンにしたマイクを使って、ほんの小声ですぅへと問いかけた。


「すぅ、こういう時、俺はどう対処するのが正解なんだ?」


「そーですねー。もういっそのこと、ちゅーして謝っちゃえばいいんじゃないですか?」


「は、はあッ!? そんなことできるわけないだろ!?」


俺が思わず大声ですぅへの発言を口にしてしまうと、今まで話していたヴィヴィカが自分への台詞だと勘違いして怒鳴ってくる。


「そんなに大声出して否定しなくたっていいじゃない! ば……ばかあっ!」


「いや……これはお前に言ったわけじゃなくて……」


「もう知らない!」


ヴィヴィカに誤解を与えてしまった俺は、弁明する時間すらもらえずに、去っていってしまった彼女を見送った。


目に涙を浮かべたのちずんずんと大股でお化け屋敷の出口のほうへ歩いていくヴィヴィカの姿を、俺は追いかけることができなかった。


せりなに申し訳ないことをしてしまった手前もあり、人見知りな妹を真っ暗闇の中に置き去りにしていくことはできなかったのだ……。


「ヴィヴィカ、泣いて……? 俺、最悪だな……。普通にバッドエンドじゃねえか」


でも、これくらいであきらめるわけにはいかない。


傲慢な考え方かもだけど、何度未来のヴィヴィカを傷つけようとも、どれだけ過去と現在が矛盾することになっても、俺はお前と幸せな明日へ行きたいんだ!


「……すぅ、よろしく頼む」


「しょーがないですねえ」


パチンッ、という合図に合わせて、今日何度目になるかも知れないラブコメ空間へとやってきた。


「ヴィヴィカを泣かせちまった時は、正直焦ったぜ……。すぅ、いきなりなんてこと言いやがるんだ」


「だって二人ともなかなか進展しないんですもーん。以前はご主人サマのこと『好き』って言っていたことですし、ちゅーぐらいオッケーしてくれるんじゃないですか?」


「ちゅーぐらいって! 俺にとっては最難関にも思えるポイントなんですが!?」


俺がかなりショックを受けてすぅに言い返すと、AI妖精は至極何でもない調子で続ける。


「ちゅーくらい今ドキ何でもないですって。ラブコメにはその先があるんですから、早いところ愛の向こう側へと行っちゃいましょうよ」


「その先……? 愛の向こう側……?」


人工知能搭載型恋愛サポート妖精は何のことを言ってるんだ……? そもそも、この妖精は俺たちの関係がどこまで深まれば「恋愛が成就した」と定義するんだ? あまり考えたくはない疑問だ……。


「と、とにかく、次だ次! 今度は明るくいくぞ! あくまでラブアンドコメディーだからなっ。人を愛するには笑顔でいなくちゃ!」


「ご主人サマ、良いこと言うー! ってことで、ぱぱっとすぅのお役ご免となるよう、そのラブアンドなんちゃらをクリアしちゃってくださいな!」


「コメディーな、コメディー。ラブアンドコメディー、略してラブコメ」


「略さなくていいです。すぅはインテリジェンスなスーパーAIですからね! 意味はちゃんとわかってます!」


「なにそのバーチャル親分みたいな触れ込み。ちゃんとわかってる? だったら思春期男子が好きな人とキスすることをどれだけ難しいことと捉えているかぐらい、わざわざ言わなくてもわかってくれると嬉しいんだが」


「すぅには実に様々な機能がありますが、唯一ご主人サマを嬉しがらせる機能だけは実装されていないのですっ! だから、ごめんなさい!」


「冗談はいいから今度こそマジで頼むぞ? 恋愛に関して、お前以外に頼れるやつがいないんだからな」


「ご主人サマお友達ほとんどいらっしゃらないですもんね」


「みなまで言うな」


そうして、俺はとうとうラスト、2番の選択肢を声に出して言うことにした。本音を言えばこれが一番言いたくなかったのだが……。


俺は自身の目の前に向かってきたコンニャクに向かって――


「……ぐえっ! な……なにかが俺の頬に触れたぞ! 二人とも気をつけろ!」


――と、言った。


「アンタなにしてんの?」


「おにいちゃん……だいじょうぶ……?」


正常に時を刻み始めた現実にて、俺は二人の妹から心配されていた。


ほっぺたにはひんやりとした感触のコンニャク。


両隣には間抜けすぎる演技をする俺に目を向ける、ヴィヴィカとせりなの姿があった。


「ほ……ほらっ、コンニャクだよコンニャク。紐にくっ付いたこれが、俺に向かって飛んできたんだ」


「ふうーん」


「そうだったんだー……。てっきりおにいちゃんが……おばけにおそわれちゃったのかとおもったよー。……ふーうっ」


「二人とも、ずいぶんと冷静だな」


さっきはあんなに驚いてたのにさっ!


ヴィヴィカもせりなもコンニャクが顔に当たって跳び上がってたのにさっ!


「……ダッサ。こんな仕掛けに驚くなんて、せいぜい小学生まででしょ……」


「おいっ!」


「このコンニャクって……食べてもいいのかな……?」


「いやいやっ!」


計算高い1号とちょっぴり天然さんの2号が一同に会すると、俺のツッコミも間に合わなくなってくるよ。


キミたちの驚きぷりったらなかったよ?


……まあ、みんな笑顔だからいいけどさ。


「なんだか思ってたよりあっさり終わったわね。まあこの規模じゃしょうがないか」


教室内を回り終え、すっかり何ともなかったような顔でそのように口にするヴィヴィカ。


暗かった教室から明るい廊下へやって来ると、彼女の感想に反して俺はこのたった数分間で色々な葛藤に苛まれていたことを思い返した。


「こ……こわかったぁー。一人じゃぜったいむりだったかも……」


せりなのほうは大満足してくれたようでなによりだ。


せりなは天使! 大天使! 大天使セリーナ。


「お兄ちゃんは、ちょっと疲れたよ……はは……っ」


正直な感想を口にすると、「お化け屋敷」に不満たらたらだったヴィヴィカがこう声をかけてくれる。


「それなら、さっき買った焼きそば食べていいわよ。元はといえば、アンタと半分にして食べる予定だったし」


「ヴィヴィカ?」


やっぱり妹の考えはわからない。


とはいえ、そう思ってくれていたことは素直に嬉しい。


まあ実際は俺が全部ヴィヴィカに買ってあげたものなんだけれどね?


「ってあれ……焼きそばなんて無いじゃないか」


「はあ?」


俺がずっと腕に掛けておいたビニール袋の中を見てみると、そこにはすっかり空になった容器しか見当たらなかった。


「……ああ、焼きそばならぜんぶせりなが食べちゃったよ……へへへっ」


「なんでちょっと誇らしげなんだよ」


俺はせりなにそうツッコみ、屋台で購入した焼きそばが食べられなくてがっかりするでもなく妹の幸せそうな表情に癒されては、ヴィヴィカになんとなく謝ることにした。


「ごめんな。ヴィヴィカがせっかくそう言ってくれたのに」


「べつに? アンタが食べられなかったんなら、また買えばいいだけの話でしょ?」


なんて。


そう言う俺のもう一人の妹も、なぜかちょっぴり嬉しそうだった。


――これってラブコメというのかな?


内心そんなことを思った。

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