第三章 ラブコメ妖精と選択肢タイム 4
「さぁーて、ついに本番です! 今すぐヴィヴィカさんとラブコメしましょう!」
――よく言えたねえ、そんなこと。
それからしばらくして、俺とせりながパーティーゲームを終え、ワンオンワンの対戦ゲームで俺がフルボッコにされたあと、ステルス機能を搭載したAI妖精が満面の笑みでそう告げてきた。
俺はヴィヴィカとの仲の悪さを誰よりもよく知っているので再度溜め息を吐き、俺たち血のつながらない兄妹に「ラブコメ」なんてものが似合わないことをすぅに説明してやった。
「すぅ、俺とヴィヴィカのやりとりを見ただろう。俺もアイツも、素直じゃねえんだ。だからお互い仲良くなろうにも、絶対に上手くいくわけないってわけ」
「ふっふっふー」
「な、なんだよ……。その怪しい笑みは」
すぅはパタパタと羽根を羽ばたかせながら、手を口に当てて含み笑いをしている。俺はその余裕な態度が気に入らなくて、どうしてそんなにニヤけているのかを問う。
「いやですね、そんなお二人にとっておきの機能がありましてですね。それがこのすぅのすばらしいところなのです!」
「はあ」
正直フェアリーテイル研究所の成果を早いところ見せてもらわないことにはどうしようもないのだが、すぅにはどうやら秘策があるらしい。
「何をやったって、俺とヴィヴィカの仲が良くなることなんて……」
ない、そう言いかけたところで、妹がバスルームから出て来て、リビングにいる俺に向けて廊下越しにキツい一瞥を送ってきた。俺も俺でそうしたヴィヴィカの態度に腹が立ち、思わずにらみ返してしまう。
くそ……っ、愛しのヴィヴィカに冷たい態度を取っちゃう俺って、やっぱりツンデレなのか!? デレないツンデレなのか? なにそれこわい。
「さあ、今すぐ話しかけてください! 内容は何でもいいですから!」
「はあッ!?」
この妖精、俺の恋愛をサポートしてくれるんじゃないの!? 指示の内容がアバウトすぎない!? 何でもいいからって……おいおい。
俺はすぅの掛け声にはなはだ疑問を持ったものの、とりあえずサポートAIの言葉どおり、ヴィヴィカに声をかけてみることにした。
「ヴィヴィカ、今日の晩飯、チーズインハンバーグでもいいか?」
するとヴィヴィカは白のタンクトップにピンクのホットパンツ、そんな出で立ちというとってもえっちぃ服を着たまま、声をかけられたことに少しびっくりしている様子だった。
目を見開いたままお風呂上がりのためか頬を染め、全身からはほかほかとした湯気を立ち上らせつつ、細い二の腕とちょっぴりむっちりとしたふとももに汗をかいている。
「べ……べつにいいけど。できたら呼んで」
「ああ」
俺はこうして何気ない会話をヴィヴィカとできたことで満足していた。しかし何を思ったのか、俺の恋を担当するAI妖精が、パチンッ、と指を鳴らす。
「――――は?」
俺はまさしく、時が止まったかのような錯覚に陥った。
……いや実際、本当に時間が止まっていたのだ!
「すぅ……いったい、何をしたんだ……!?」
「ふっふっふー」
妖精は相変わらず意味深な笑みを崩さずに俺を見るばかりだ。しかし明らかに静止した時の中で俺は戸惑っていた。いまや目の前のヴィヴィカは上唇を尖らせたまま会話の途中で口を開いた状態で固まっているし、リビングにある壁掛け時計の秒針も一秒たりとも動いていない。
ましてやその中で俺と妖精だけが動いているもんだから違和感が尋常じゃなく、俺はもうどうしていいものかとすぅに問いかけるより他にできることがなかった。
「これはですねー、すぅのとっておきの能力です。題して、ラブコメ選択肢ターイム!」
「ラブコメ選択肢タイム?」
――説明しよう! ……ってな感じでノリノリなすぅは自身のスカートのポケット、その中から付属キットのうちの一つ、黒縁眼鏡を取り出して顔に掛けると言った。
「ラブコメ選択肢タイムとは、対象となる異性と会話した時に出現する選択肢を選ぶことで、そのお相手と仲良くなっちゃおーうという、すぅの特殊能力のことなのです!」
「いや、そんなざっくり」
「つまり、この時が止まった時間こそ、フェアリーテイル研究所が長年開発してきた技術の粋を集めて造りし成果なのですっ!」
「いや、本当に時間止めちゃったよ。俺、開いた口が塞がらないよ」
――フェアリーテイル!
なにこの御伽噺みたいな技術!?
木村さんあのとき時間がどうとかタイムループがどうとか色々言っていたけど、いま少しだけどういうことかわかった気がする!
「で、この空間からはどうやって抜け出せばいいんだ?」
「ご主人サマの目の前に三択の選択肢がありますよね? その中から一つを選択すれば時間は元に戻ります」
「あっ、本当だ」
俺はすぅに言われたことでようやく知覚した目の前のバーに気がついた。見たところ質量はなさそうだが上から赤、黄、青三本のプレートそれぞれに文章が記されている。
――これギャルゲーで見たことあるやつだ!
俺は昔やったことのある女の子がいっぱい登場するゲームを思い出し、その中に現在の状況のような会話アイコンが複数出てくるシチュエーションがあったことを回想した。
「木村さん、なに作ってんの……?」
俺は思わず口を衝いて出てきてしまった自分自身の台詞を聞いて、辟易した。一〇〇〇万円もの大金を使って開発した妖精の能力の一つがギャルゲー選択肢? なにこのノベルゲー世界観。
「さぁー、早くちゃっちゃと選んじゃってください!」
すぅが「ぱぱっと選ぶべしっ」といった表情をして急かしてくる。
「えーと……なになに……?」
俺は三択の選択肢の中から一つを選ばないと元の現実世界には帰れないと告げられて、仕方なく出現した会話アイコンを一通り読んでみることにした。
『1、あと一つ言い忘れてたけど、ヴィヴィカって肌きれいだな』
『2、さぁーて、脱衣所に行ってヴィヴィカの脱いだ下着見てこよーっと』
『3、突然だけど、俺、ヴィヴィカのことが好きなんだ!』
「ええ、えーっと……ぜ、全部選べるかこんなもんっ!」
なんだよこれ、恋愛ハウツーどころか強制羞恥プレイじゃねえか!
「すぅは俺に恥をかかせて楽しいわけ?」
「そ、そんなことありません! すぅはご主人サマの脳内をスキャンし、いま一番言いたいであろう会話の選択肢を提示したに過ぎませんっ! すぅは何も悪くありませんっ!」
木村さん、早速不具合が見つかったわ。
「本当にこの中から一つ選ばなくちゃならないわけ?」
「は、はい! どれか一つでも選ばないかぎり、ご主人サマは永遠にこの選択肢空間に閉じこめられたままなんですっ!」
「なにその無理ゲー。いやいやこんなの無理だって。だって……」
俺は再度提示された三択の選択肢を脳内で読み上げてみる。
「3はまだしも1と2は絶対ない! 特に2だけは死んでも言いたくない!」
「ですよねー。すぅも2番にはドン引きです。でもでも、これもご主人サマの欲求に基づいた選択肢であってですね、すぅは何も悪くないのですっ!」
自分の正当性をしきりに主張してくる人工知能に呆れ、俺は仕方なく決心しようとした――そのとき。
「あとあと、言い忘れてましたけどこの選択肢タイムにかぎり、時間を巻き戻すことができますっ! なので、もし選択を間違えちゃったとしても、もう一度この時間に帰ってくることができますっ!」
「――――は?」
もう何度も頭を真っ白にさせないでくれよ。
時間が止まっただけでも相当驚いてるっていうのに、目の前に選択肢が現れたり、停止した時間の中でもヴィヴィカの目を見張るほどの可愛さにビックリしたりで、俺けっこういっぱいいっぱいなんだよ。
それに加え時間が巻き戻る? 非現実的な発言はそれくらいでやめといてくれ。
「3、だ。3番以外ありえない。なぜなら俺は、ヴィヴィカのことを愛しているからな。本音を言うのだから、何も恥ずかしいことはない」
「それじゃあぱぱっと言っちゃってください。ちなみに選択した答えを言葉にしないかぎり時間は元に戻りませんし、その選んだ発言のみは、きちんと相手に伝わります」
「だから、なにその罰ゲーム!」
俺は頭を抱えた。けれども、いつまでも午後二時五〇分のままではいられないんだ。俺は早くヴィヴィカの笑顔が見られる時間軸に行きたいんだよ!
そう心に決めた俺は、AI妖精が提示してきた選択肢の中から一つを選択し、実際に声に出して宣言した。
「突然だけど、俺、ヴィヴィカのことが好きなんだ!」
するとその瞬間、たちまち止まっていた時計の針が動き出した!