第一章 ツンデレふたり 1
腹黒いもうとはラブコメ選択肢に恋い希う
『第一章 ツンデレふたり』
「キモオタ兄貴が私の下着勝手に洗わないでくれないっ!?」
俺、御前ヶ崎悠真は、妹が好きだ。
恋愛感情がどうかはわかんねーけど、とにかく妹のことが好きなんだ。
ヴィヴィカ・ホットクール。
俺の二人いる、血のつながらないほうの妹だ。
一年前から俺と同じ家に住んでいて、今ではこうしてケンカもできるほどの仲になった。
それが果たして良いことなのか悪いことなのか、俺にはまだわかんねーけど。
「おいっ、俺が毎日している四人分の家事に文句を言うたぁ、聞き捨てならねえなあ! そう言うなら明日からは自分で洗えばいいだろ、ヴィヴィカ!」
「ええ、そうさせてもらうわ! キモオタ兄貴のキモオタ菌が私の下着に付いたら穢れちゃうものね! とにかくアンタは今度一切私の下着に触らないことっ! 少しでも触れたら、ころすからね!」
「誰がお前の下着なんて触るかよっ! お前がそう言うなら、俺もお前の下着を洗ったりしねーよ。……ったく、高校生になったからって色気づきやがって」
「はあッ!? なに勘違いしてんの? 私は別に高一になったから言ってるわけじゃなくて、他ならぬアンタに触って欲しくないから言ってんの! それを誤解して私がアンタのことを特別意識しているとか思ってないでしょうね!?」
「思ってねーよ。いちいちうぜえ妹だな」
「うざいのはアンタでしょ! とにかく今後一生、アンタは私の下着に手を触れちゃダメなんだからね! わかった!?」
「へいへい」
ヴィヴィカ可愛いよヴィヴィカ。
銀色の髪。紫色の瞳。純白の肌。
日本人とロシア人のハーフだからか白い肌と銀色との調和が妖精のような雰囲気を漂わせ、そのキリッ、とつり上がった目は猫みたいに鋭いが、どこか不思議と愛嬌もある。
わずかに朱く染まった唇は果実みたいにぷるんっ、として美味しそうだし、同い年なのにかなり小さめの背丈はまるでお人形さんを彷彿とさせるほどの容姿と見事に組み合わさって、日々俺の心を苦しくさせる。
ヴィヴィカ可愛いよヴィヴィカ。
やっぱり俺の妹が世界で一番かわいい。
「それより俺の下着知らねーか? なんか最近妙に数が少なくなってる気がするんだよな。俺が洗濯する時も、なぜか一枚足りなかったりするし」
現在俺たちは家族四人で夕食を摂りながら、ダイニングテーブルの椅子に腰掛けている。
俺の斜め前の席に座る血のつながっているほうの妹が、兄の言葉に受け答える。
「おにーちゃんの、ぱんつがなくなるなんて……へん。せっかく自分で編んだのにどこかに消えちゃうなんて、なんでだろう……はむっ」
妹のせりなはそう言って、箸でつまんだトンカツを口に運ぶと、小さな唇でそれをサクサク食べている。
「弟くんの下着が無くなるなんておかしな話だな。なぜなら私たちの下着は弟くんが洗ってるんだからなっ。洗濯してる本人が妹たちの下着を物色するならまだしも、この家唯一の男の子である君の下着が無くなるなんてことは、常識的に考えてありえない。そうだろ?」
隣の席に座る俺の叔母、綾さんが実に的確な指摘をしてくれる。
そうなのだ。
たしかに今まで何度ヴィヴィカの純白下着に劣情を抱いたことか。
それでも俺は一応兄として、妹のパンツを見てなんとももどかしい気持ちを抱きながらも耐えてきたのだ。
また、逆の立場だったら、なおさらあり得ない。
綾さんが言うとおり、兄が妹の下着を拝借してしまうことはあっても、妹が兄の下着に興味を抱くなんて、まったく現実的じゃあない。
「……………………ッ」
すると、俺の目の前の席で白米をパクパク食べていたヴィヴィカが急に顔を真っ青にして、箸でつまんだごはんをテーブルの上に落としてしまう。
「ヴィヴィカは何か知ってたりしないか?」
俺は一応服飾系の高校に通ってたりするんだ。
だから長い時間かけて編んだお手製の下着が無くなると、金銭面というより労力的な面で残念だったりするんだよな。
わざわざ手間暇かけて縫ったのにどこかへ紛失してしまっては、それに掛けた時間がもったいないというか……。
ヴィヴィカはどうしてか俺の何気ない問いかけにすぐには応じず、しばらくしてのち、やがて口を開いてはいつものツンツンした口調で兄を罵倒し始めてきた。
「キンモ。ほんっとキモい。いくら妹のことが可愛いからって自分のパンツの話振ってくるとか、完全に変態ね」
「そういうわけじゃねーよ。俺はただ、純粋に疑問に思ったことを口にしただけでなあ」
「だったらなおさらキモい。私がアンタの下着を盗むわけないでしょ! 現実にそんな女の子いるわけないっ! ラノベの読みすぎっ! わかり切ってることをセクハラのネタにして質問してくるとか、マジありえないんですけど」
「別にそんなこと思ってねーよ! お前は本当に可愛くねー妹だな」
「…………っ! うるっさいわね! 別にアンタに可愛く思われる必要なんてないし! ほんっとうざい! もうキモい話してこないでくれる? 気分が悪くなってごはんが美味しくなくなるでしょ」
「へいへい」
「おにーちゃんたち……今日も仲良いねー」
「「どこが!」」
俺たちはせりなに向けて同時に叫びつつ、息を荒らげながらも食事を再開させた。
それにしても妹が可愛い。
マジ天使。
怒って頬を紅く染めるところとか、元々白い肌だとなおさらそれが際立って綺麗なコントラストになっている。
なんでヴィヴィカはこんなにも素敵なんだろう。
はーあっ、俺が兄じゃなかったのなら、ヴィヴィカも少しは愛想良く接してくれていたんだろうか。
いくら妄想したところで、妹と仲が悪い事実には変わりないけれど。
「それじゃあまた作らなくちゃな。料理に洗濯に掃除に裁縫。弟くんは実に母親のような特技を持っているが、特に裁縫技術に関しては女子顔負けだ。私は料理も洗濯も掃除も裁縫もてんでダメだから、少々君のことが羨ましくなるよ。なんなら布代くらいはお姉さんが出してあげよう。弟くん、いくら欲しい?」
「いや、いいですよ。綾さん」
すっかり俺お手製のトンカツを平らげてしまった綾さんが、明るい瞳をきらめかせながら魅力的な提案をしてくるも、俺はその発言に遠慮する。
俺の義理の姉は、一年前に再婚した俺の親父とヴィヴィカの母さんが新婚旅行中に亡くなってからというもの、彼女の兄から多額の遺産を受け継いで、俺たち三人兄妹の親代わりになってくれている。
親父は病気で亡くなったが、ヴィヴィカの母さんは事故で死んだ。
親父はとことん明るい性格をしていたから、病院のベッドで自分の妹にあたる綾さん、実の子どもである俺とせりなの前で闘病中、「ちょっくら異世界転生してくるわ」ときわめて自身の死に対して無頓着な発言をしたものだから、俺たち三人は呆気に取られてしまったくらいだ。
そうして事故で亡くなった再婚相手を追うようにして実際に息を引き取った後も、それはそれは安らかな顔をしていたもんだから、俺は親父のその生き様もとい死に様を見て、あんまり悲しい気持ちにはならなかった。
せりな共々寂しくはあったが、親父の明るい性格を見習って、俺たち兄妹も明るく生きていこうと決めたのだ。
「私、お風呂入ってくるから」
ヴィヴィカが空になった食器を重ねて席から立ち上がると、義理の妹は俺になにやら意味ありげな目を向けては、無言のプレッシャーを放ってくる。
「な、なんだよ」
俺はその無言の圧力に対して反発すると、妹は念を押すように義理の兄に向けて告げてきた。
「私の下着は自分で洗うから。キモオタ兄貴はぜったい、ぜーったい、妹の下着には触らないことっ! いいわねっ!?」
ヴィヴィカはそう言うと自分の食べた食器を台所のシンクの中に入れ、すたすたとスリッパの音を立てながらバスルームへと行ってしまった。
「俺、ヴィヴィカに嫌われてるのかな?」
――だとしたらとてもショックだ。
毎日まいにち妹の食事を作り、学校でも同じクラスになれたっていうのに、どうしてヴィヴィカに嫌われなきゃならないんだろう。……やっぱり俺の口調と態度が悪いんだろうか。自覚はある。
でもなぜかアイツの前だと素直になれなくて、つい自分の気持ちとは裏腹な発言をしちゃうんだよな。
「そのようだね」
ヴィヴィカに続いて食事を終えた綾さんも席から立ち上がると、台所へ行く流れで俺の頭にぽんっ、と手を置いて言う。
「でも君もヴィヴィカも、たったひとつ――何かお互いが素直になれるきっかけがたった一つさえあれば、とっても仲良しになれると、お姉さんは思うよ」
俺はそうして優しい言葉を掛けてくれた綾さんを目で追いながら、「本当にそうだろうか」と自問した。
離婚経験のある義理の母さんの連れ子であるヴィヴィカが、この家にやってきたその日――俺は彼女に一目惚れした。
おそらくその日本人離れした白磁の肌や銀髪に目を引かれたというのもあるだろうが、俺はヴィヴィカの、ヴィヴィカのあの寂しそうな瞳に恋をしていたんだ。
幼い頃に離ればなれになったきり一度も会っていないと言う父親と、再婚してもう一度幸せな家庭を築こうとしていた矢先に亡くなった母親。
すべては巡り合わせと言えばそうなのかもしれないけど、あのときあの瞬間、新しい家族の一員として俺の前にやってきたヴィヴィカは、あまりにも孤独だったのだ。
いちど目と目を合わせたその瞬間に、気づいたよ。
ああ……この子も俺と同じなんだなって。
俺と同じで、両親がいなくなったことで寂しい思いをしているんだって、すぐにわかった。
一年前に出会った血のつながらない妹――ヴィヴィカ・ホットクール。
俺はそんな彼女の、兄になった。
とは言っても、半年ほど俺のほうが遅れて産まれてきてるんだけど。
それでもアイツは俺と出会ったとき、俺のことを「弟」だとは言わなかった。
俺のほうも背のちっちゃいアイツを「姉」だなんて思わなかった。
……まあそんな、複雑で曖昧な関係だ。
「せりなは自分の下着、自分で洗うか?」
とろとろとスローペースで食事を続けているせりな。
もう一人の妹は俺の発言に対して特に大したリアクションもせず、眠そうな目をしながら兄に言った。
「やだよ……そんなめんどくさいこと。せりなのぱんつはお兄ちゃんが洗ってよ……せりなはいつも忙しいんだから……っ。……ふわーあっ」
「だよな。やっぱせりなは可愛い妹だなー!」
俺はそう言うと、腰を浮かしてせりなのライトグリーンのボブヘアーを、くしゃくしゃと乱暴気味に撫でた。
妹は「やーめーろーよー」と気だるそうに言うが、これといって強く抵抗したりはしない。
もしもこんなことをヴィヴィカにすれば俺は本当に殺されてしまうだろうが、せりなはアイツと違って心が広いからな。
わしゃわしゃと髪が乱れるのも何のその、俺が手を離すと引きこもり中学生はトンカツの最後の一切れを口に運ぶ作業に勤しみ始めた。
「それにしても俺の下着、本当にどこ行ったんだろう? うーん」
――この世は謎だらけだ。
でもまっ、せりなが幸せそうだからそれでいっか。
俺はふと、現在お風呂に入っているであろうヴィヴィカの姿を思い出しながら、パンツへの思考を打ち切りにすることにした。