エピローグ
-エピローグ-
俺には家族がいた。とても仲の良い4人家族だった。両親は仲良く、一個上の兄と俺も腹を割って話せる仲だった。
兄と俺が地元で有名な進学校に進学したあたりから勉強が忙しくなったため家族旅行はなくなったが、それまでは家族4人で毎年旅行に行っていた。あまり裕福ではなかったが、本当に恵まれた環境で育ったと思う。
成績は兄も俺も良かった。俺は兄と違って少しやんちゃな生手だったから高校で要注意人物として先生たちから扱われていたが、旧帝大であるN大学、そして兄と同じ法学部に俺が合格したときは、一番喜んでいたのは兄だった。兄が合格発表の様子を見に来ていた同じ学部の同級生にまで自慢し始めたときは、すごく恥ずかしかったのを覚えている。兄をライバル視していたこともあったため、俺も内心兄のように喜びつつも安堵していた。
大学受験が一段落し、自宅から大学に電車で通うため部屋探しをする必要がなかったから、合宿で自動車とバイクの両方の免許を取った。覚えが早かったのもあってかすぐに免許は取れた。免許を取ってすぐ、親の軽自動車を借り、高校時代の友人を誘って県内に何個かある観光スポットらしいところに行った。そのおかげで運転技術は向上した。バイクは兄が貸してくれず断念した。
4月になり、入学式を迎え晴れて兄と同じ大学の学生になれた。
「大学生活はバイトと遊びと単位!どれもおろそかにせず頑張れよ~」
という兄のアドバイスをもとにして約一年過ごし、秋期の期末試験が始まる2週間前くらいのとき
「あのっ、ハルくん、期末近いし勉強一緒にしない?」
と、食堂で昼食を友人と食べている俺に少し上ずった声で話しかけてきたのは高校の同級生の伊崎さん。高校のときはクラスが違ったため、あまり話したことがなかったが同じ学部に入学したことがきっかけで連絡をとるようになり、入学当初は履修やサークルの話をしていた。お互い大学での友達ができたことにより、自然と距離が離れていったので話すのは久しぶりだ。
「ん?勉強?全然いいよ」
「良かったぁ。早速だけど今日の放課空いてる?」
「試験までバイト休みにしてるから、余裕で空いてる~」
「じゃあ、4限が終わったらここに集合で!」
伊崎さんは天然でとても可愛らしい子なので、
「おいぃ、なに伊崎さんと軽く会話してくれちゃってんのぉ?あぁ?」
と、このように友人であるにも関わらず俺は睨まれるはめになる。同じ学部の男子からとても人気があるのだが本人は全く自覚がないらしい。
講義が終わり、食堂で伊崎さんと合流、地元が同じなので一緒の電車に乗り学生御用達のファミレスでノートパソコンを広げ勉強を始めた。数十分して気づいた。一緒に勉強するからといってだべるのではなく、発言は最低限にし、真面目に取り組むのが伊崎さんの良いところだ。とても落ち着いて集中できる。
「ハルくん、誰かから電話来てるよ?」
と、伊崎さんに言われ机に置いていた自分の携帯を確認する。
「誰だろ、兄貴からだ。ごめんちょっと席外すね」
「うん、わかった~」
ニコッと笑う伊崎さんはとてもかわいいと心底思った。
席を立ち、店の外に出て通話ボタンをスライドし、携帯を耳に当てると
「ハル!落ち着いて聞いてくれ!」
いや、兄貴の方こそ落ち着けよと思ったが、口には出さず
「どうしたんだよ、そんなすごい剣幕で」
と、いつもの驚かせだろ?とたかをくくり、気のない返しをすると
「今、警察から連絡が来て…父さんと母さんが事故に遭ったって、トンネル内での玉突き事故らしい。事故の詳しいことはわかんないけど、2人とも結構危ない状況だって聞いた。今日もつかどうかだと…」
「は?嘘だろ、なぁいつものドッキリだよな?兄貴!」
「俺はドッキリしかけても、警察はドッキリしかけてこねえだろ…いいから早く行くぞ、今どこだ、迎えに行く」
「俺がいつも勉強で使わせてもらってるあのファミレスにいる」
「わかった、すぐ行くから準備して待ってろ」
そう言って、兄は電話を切った。唐突すぎることに手も足も震え、頭も回ってなかったがそれでもなんとか体を動かし、伊崎さんのいる席に戻って事情を話し、兄の迎えを外で待った。
「ハルくんっ!辛くなったらすぐ連絡して、助けになるから!」
店から出てきて、胸の前で両手をグーにしながら伊崎さんは励ましてくれた。
「ありがとう、伊崎さん」
それだけ返して、兄の車に乗った。
両親は、兄と俺が高校生になったあたりから二人きりの旅行を趣味としていた。両親は高校生になったらもう大人という考えを持っていて、数日自分たちがいなくても大丈夫だろうということで年に数回、車で旅行している。事故は今回の旅行の帰りの高速道路で起こったのだった。
少し急ぎ気味で兄が運転する車内で
「俺ら間に合うかな…」
と、ぼそっとつぶやくと
「縁起でもないないこと言うな!まだ死ぬって決まったわけじゃねえだろ!」
兄の怒声が返ってきた。こんなに兄が怒っているのを見るのは初めてだった。
「わりい、でも結構危ないって言ってたから…」
「まあそうだよな。すまん、俺も気が動転してた」
それから十分程で搬送された病院についた。
急いで車を降り、走って病院の窓口に駆け込んだ。
「「あの!!」」
窓口にいた三十代くらいの看護師さんは驚いていたが、そんなことは気にせず俺は
「今日、ここに両親が運ばれたと思うんですが、名前は文川です!」
「文川さん文川さん…あっ。文川さんの息子さんで間違いない?」
「はい、そうです!」
焦りに焦り食い気味で答える。
「ごめんなさい…会わせてあげられないの」
すごく申し訳無さそうに看護師さんは続けて、
「事故直後からずっと意識を失ったままで運ばれて、病院に着いてすぐ亡くなったの」
兄と俺は呆然としていた。先に口が開いたのは兄だった。
「え…?嘘ですよね?」
「ご家族に確認をしてもらわないと行けないからすぐ案内するね」
そこからはあまり覚えていない。記憶に残っているのは、両親の顔が事故に遭ったわりにはきれいな顔をしていたのと、兄が泣き崩れながら冷たくなった両親の手を握り続けていたことだけだった。