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MARIONET

作者: 吉城

短編です。


 黒く冷たい孤独は世界に悲鳴を共有する。

 人間はもろく、機械は冷たい。

 価値あるものにしかわからぬ答えは、要領を得ないまま空疎と成り果てた。


 今、私の目の前にいるのは、ただの少女。いや、「見た目は」と付け加えたほうが語弊も無くてよかろう。うら若き人形の乙女を前にして、私は何をしているのかと聞かれれば、返す言葉は一言に尽きる。


 廃棄、と――。


 人形を破棄すると言えば聞こえはいいが、やっていることは単なる人殺しに過ぎない。どうも私は非情になれない節がある。窓の下で、差し込む月光を背負うようにして聖女のように彼女は微笑んだ。ように見えた。

 この真っ黒に穢れた私の汚い両手を純粋無垢な目で見る彼女に好意に似た感情さえ湧きつつあるのだ。

 水晶を覆う液体は乾燥への防護壁。

 手足には鋼の鎖。自由を放棄した四肢には力はなく、だらりと重力に従って垂れていた。

 死の宣告を受けた人形は、こうしてじっと廃棄される刻を待つだけだ。同僚からそうは聞いていたが、実際に見るとまた違った印象を受けたのである。


 諦め。死への解放。はっきりと言葉にすれば、そんなところだ。

 我々人間が同じ境遇に立てばこうはいかない。鳴き喚いて、顔をぐちゃぐちゃに濡らし、みっともなく命乞いをして、生への執着心をこれでもかと晒す。


 それなのに。


 どうしてこの少女は、ただじっと私を見つめてくるのか。疑問のぎの字も目には映らない。

 私とこの少女が。人間とこの機械が。

 いったい何が違うというのだろう。



 閑話休題。


 テクノロジーの爆発ともいうべきか。我々の「新人類開発プロジェクトseason 7」は収束を迎えたわけだ。学習に学習を重ねた人形は使用するたびにポンコツ化していく。

 その中で心臓たるコアの創造に成功したリーダーは一体の人形を創り出した。旧型の人形とは異なり、疑似的な生命体と変化した。人間の模倣を繰り返し行うことで、データ演算を自動プログラムに起動させるというものである。

 私は手元にある資料を見やる。

 はっきりいって、あれは偶然の産物にすぎない。神が作り出した製鋼品なのだから、容易には複製できなかった。

 だが、このプロジェクトははっきり言って大成功だった。のちに人形が大企業のみならず、一般家庭でも普及することになるとは想定していなかったものだ。

 一般的な成人男性を模倣した人形を力仕事に使うのがマニュアルであり、時には需要にこたえて地方のメーカーが他種限定的な特異個体を生み出した。

 子どものできない夫婦には子供の人形を。

 恋人がほしい男には、少女の人形を。

 身寄りのない幼子には世話を焼く給仕人なんてものも生産された。

 必要とされれば娯楽にだってなり得る。

 金さえ払われれば我々は何だって造った。求められるままに。責任など素知らぬ顔で。


 Season8では自律神経の搭載によって、人形に五感を得る方法を定型化させることに成功した。彼らは思考と実践を繰り返すことで、ほぼ自動的に進化を遂げ、結果として生物学的にも人間に近い存在と相成ったわけだ。

 当たり前の話だが、そんな超越した存在を放置しておくことを社会問題としてメディアが取り上げたのも不自然ではなかった。

 今もテレビをつければ、どこかのニュース番組で取り上げられているだろう。

 どれだけ進化したと言っても所詮は機械だ。たびたび暴走する失敗作だってある。プログラムに完ぺきを求めてはいけないのだから。

 事件が起こるたびにマスコミは、彼らをまるで悪魔の申し子ように祭り上げ、便乗した人々も炎上に油を注ぎ、社会的にも物理的にも叩き壊した。

 固定観念は時には武器となる。情報操作とはこんなにも恐ろしいものか。一種の呪いのように、「人形は危険だ」と繰り返す一派を、当時の私は奇異な目で見たものだった。

 だからコントロールする人間が生まれるのも必然的であったのだろう。


 私とて過去に捕らわれるのも好きではないが、Season7の人形の話をしよう。


「コーヒーを頼む」


 手のひらを叩けば、執事型のロボットが持ってきてくれる。そのコーヒーに角砂糖を一つ。ミルクは要らない。


 さて、未だ人形に心臓コアが搭載されていなかった時のことだ。自動ではないのだからもちろん手動で人形を操作する必要があった。だがどうにも我々には人形を操作する能力がなかったらしく、残念ながら外部の人間に協力を求める話目になった。

 情けない話だが、開発者が三十人いてそのうち一人も動かせないというのは滑稽なものだ。

 研究所にやってきた男の名は神崎と名乗っていた。おそらく。神に山の奇と書いて神崎といったはずだ。

 奇妙なことに神崎にしか人形を支配できなかった。我々研究者の指示には従わなかった人形は、神崎の命令には素直に従ったのだ。科学的に説明できないが、我々が驚いたのはここからだ。


 神崎の血縁の者およそすべてが同じように人形を操ることができたのだった。

 神崎には一つ離れた姉と二つ下の弟がいた。

 その彼らも協力してくれたが、同じように人形を操れたものだ。

 そんな神崎の家系の人間たちを、我々普通の人間は一目おいてこう呼んだ。

 

 傀儡師、と――。


 因果とでもいうのか。

 大量の資料で散らかる机の上から、一枚の資料を取り出して眺める。

 昔で言う履歴書というやつか。身分や住所といった個人情報から男の顔写真までご丁寧に張り付けてある。

 ずずっと一口すすって、その紙を放り捨てた。


 嗚呼いや、肝心なことを忘れていた。人形の仕事とは何か、だ。


 簡単な力仕事から人間には立ち入れない、深海や宇宙空間といった場所を人の目に近い状態で観察することである。視界を高性能データと同期させれば、実際に見ている感覚を味わえた。VRというやつだったか。

 勿論危険な場所に行けば、当然壊れる人形もいたが、そんなものは替えがいくらでもあった。

 博愛主義者の中には非情だと叩く声もあったが、得られる実益の前には風前の灯火に過ぎなかった。

 我々は人形をただの道具としか認識していなかったのだから。


 だが、感情を持った人形にしてみればどうか。

 自分の肉体を危険に晒す人間を忌み嫌うのも頷ける。ましてや道具ではなく、五感を有し人格さえ所有する生命体なのだから。

 それに対して我々は一切の言い訳ができないまでやりすぎていた。やりすぎていたのだ。歯止めをかけれない程に冷静な判断を欠いていたのもまた事実である。



 閑話休題。


 誰にだって思い出したくない過去というものがある。触れられてほしくない過去がある。そうだろう?


 政府の犬として馬車馬のように働いていた当時の私は、とある任務の一つで人形を回収する仕事にも立ち会った経験がある。それをここに記述しておこう。

 私は黒塗りの羽ペンを手に取った。思うままに走らせていく。


 率直に言おう。

 残機処分を受けた人形を処理するのはとても忍びなかった。目の前にいるのは他ならぬ人形であるはずなのに、それはまるで人ひとりを殺したときのような感覚に襲われた。

 抵抗する四肢。

 鼓膜に突き刺さる悲鳴。

 そして手にまとわりつく体液。

 ねっとりとしていて、生臭いにおいが指の一本一本に纏わりついたのが鮮明に焼き付いた。焼き付いて離れなかった。


 見上げる目はひどく歪んだ表情に内包され、宝石のようなそのつぶらな瞳にいっぱいの涙をため込んでいた。必死に抵抗するも、無情までに冷たい鎖につながれた彼女の体は死を待つだけの存在でしかなかった。

 助けを求める声が頭から離れない。

 延ばされる手を触れることもできない。


 そんなことをすれば、たちまち私が悪人となる。罪悪感は心臓をめった刺しにした。


 そして、今。

 私の前には、一体の少女の人形が鎮座していた。

 場所は前と同じ廃棄場ではない。私の書斎だ。

 繰り返そうか。

 私の家に、人形がいるのである。純白なその手に一つの封筒を携えて。


 私の頭を疑問符が支配する。

 いや、その前に恐怖心か。知らぬ者が突然自室に現れれば怖い。何をするかわからないから。

 いや、関係ないとは、言えないが……。

 なぜ私の部屋に人形がいるのかと、自問自答しても答えを教えてくれる者はいなかった。


 一陣の風が換気のために開けておいた窓から入り込み、カーテンが激しくはためく。その動きが視界に入ったから、そちらの方を見ただけだ。

 意識してみていたのに、カーテンが再び静止した次の瞬間にはソイツがいた。


「これ……」

 消え入りそうな声。

 彼女が差し出したのは茶色い封筒だった。恐る恐る手を伸ばして受け取った。どこにでもあるような普通の便せんだった。開け口はご丁寧にちぎられていた。

 彼女の意図を汲み取ろうと、目線を合わせるも、ただぼんやりとした無機質な鏡が見えるだけで、その真意は読めなかった。

 黙って中身を頂戴する。

 かさりとこすれる音とともに、折り畳まれた紙の間から何かが落ちた。

 写真。それもずいぶんと古ぼけたものだ。


 そこに映っていたのは一人の人物だった。

 人間ではない。紛れもなく、私の目の前にいるこの人形だった。

 そして。

 肝心の手紙の方には簡潔な一文が。



「№七十万二十八番・廃棄処分。写真を同封する。」



 ぎゅっ、と。

 心臓を握りつぶされた感覚がした。

 悪魔にでも囁かれたか。私の脳は混乱しているのか。

 その文章から目線が逸らせない。溢れてくる唾を飲み込むのも一苦労で、静寂に帰ることはできなかった。

 冷や汗が止まらない。背中を蛇が舞うような悪寒が何度も往復してくる。

 たっぷりと手紙の言葉を脳にしみ込ませたところで、私はもう一度人形へと視線を投げた。


 どういうことか、と。


 ハイテクの人形。

 廃棄。

 過去の……記憶。

 想像すれば、私には簡単に真実にたどり着けるだろう。だが、それでも彼女に聞いたのは私の中の私がそうしろと命じたからであり、そうでもしないと私の自我が持たなかったに違いなかったからだ。


 否定してほしい。

 ここから去ってほしい。

 決して。決して頷くな。

 二度と私の前に顔を見せるな。


 そして。


「お願いします」


 すっと手錠のついた腕と共に、自分の首を私の方に差し出すように頭を下げた。


 何を、している。


 そう言葉に出そうとしたが、声帯は宿主を置き去りにして、どこかへ脱走してしまっていた。

 じゃらりと金属が鳴る。


 一歩、彼女が寄った。

 反射的に足が私を遠ざけた。一歩、また一歩。遠のく足は恐怖故かはたまた――。

 逃げ道を探す前に私にはやるべきことがある。これが少女の意思ならばわき目も降らずに逃亡したであろうが、これは政府の指令なのであればまた別の話だ。

 どうもそれを確認しなければならないが、私には人形に話しかけるのもやや過剰なストレスに近い。どうにか真意を組み取ることができないものか。


 落ち着くためにコーヒーをとでも思ったが、既に先ほど飲み干していた。

 空のカップには、ただ淵に茶色い線が残っているだけだった。

 大量生産のできない人形は一つ一つが意志ある生命体だ。命を吹き込んだ我々に責任がある。だが責任者が死んだからと言って責任そのものが消えることはない。

 ゆえにその爆弾は我々政府の犬に指令が回ってくる。需要がなければ廃棄。需要があればその必要としている場所へ適正価格で売ってやるのが道理だ。


 過去から逃げることはできない、と。

 直接鉛で頭を殴れたかのような衝撃だった。


「お願いします」


 簡単だ。実に簡単な話だ。


 私の机にしまってある二番目の引き出しの奥底の板を外して、二重の小箱にかけた南京錠を開けば、そこにアレが眠っている。

 もう二度と見ることのないアレがそこにある。私の手に触れないようにと、記憶と共に封じたアレがある。

 実際の話、私の頭から決して忘れられることのなかったものだが、それでも視覚から意図的に外しただけでもあの頃の私にとっては精神的に苦痛が和らいだものだ。


 さて――。


 いや、何がさてだ。私は今何を考えた?

 考える必要のないことを考えようとしたのではないか。きっとそうだ。そうに違いない。

 今考えることは、この状況をどうするかだ。

 どうにかしてこの目の前の人形を……。


 少女と目が合った。澄んだ瞳に鬼が映る。


 あ。

 そうか。

 初めから。

 この少女と、私は。

 根本的に間違っていたのだ。



 沈黙の闇を切り裂いた音がした。


読んでくれてありがとうございました。

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