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月曜日の勇気

作者: 橋本たなか
掲載日:2020/04/08

小学校を卒業した私は、3つの小学校が合流する中学校へと入学した。何事もなく一学期が終わり、夏休みが過ぎて二学期となった。

夏休みまでは毎日学校に通って新しく出来た友人たちと仲良くやり、部活に励み、勉学に勤しんでいたのだけど、唐突に「学校に行く」ということに疑問を感じるようになった。

一学期の途中から学校に行ったり行かなかったりを繰り返していたら、二学期に入ってからはいつの間にか、学校に行かない日の方が増えていた。

最初は月曜日のみ休んだ。

次の週は月曜と水曜。

その次は月曜、水曜、金曜の3日。友人に心配されるようになった。

次の週、私は部活を辞めた。

そのような生活を続けて1ヶ月過ぎた。

私は今、金曜日のみ学校に通っている。

担任の先生は私にカウンセリングを受けるよう促し、心配しているからと何度も家庭訪問をしに自宅までやってきた。

クラスの行事に参加せず、クラスの輪を乱しかねないはずの私に、クラスメイト達は私が学校に行くと何度も話しかけてくれる。私のSNSを知っている友人は毎日メッセージを送ってくれる。

有難い。

有難いのだけど、私は一向に「学校に通う」ことが出来なかった。

母は泣き、父は怒り、兄は呆れた。

私にも学校に通わない理由が分からなかった。

そして、今日も朝が来る。

今日は好きな本が原作である映画の公開記念。

いつもの様に7時に起きて学校に行く準備をするも、家からは出られない。

グズグズのろのろしていると9時になり、家族が仕事やら学校に行った隙を狙って、私も映画館に行く為に家を出た。


「こういう時は外に出られるんだけどね」


そんな独り言を呟きながら。

家から映画館が入っているショッピングモールまでは電車で10分程度。

午後は学校終わりの中高生で賑わっているけど、午前中は基本家族連れか大人達が多い。

しかし今日は月曜日。

いつもにも増して人はまばらで、映画館にも数えられる程度しか人がいなかった。

私は映画館にある電光掲示板から、今日の目的である映画のタイトルを探そうとした。その矢先だった。

同じ年ほどの女の子が、私と同じように電光掲示板を見上げていた。

見たことがあって少し近づき、顔を遠目からのぞき込んだ。

クラスでよく見た顔。

そうだ、あの子だ。


「……委員長?」


声に出してしまった。

話しかけるつもりなんて更々無かったのに、声を出してしまったため、後戻りが出来なくなった。


「委員長だよね?」


喋り声が聞こえる距離まで近づいてもう一度尋ねる。するとその女の子はこちらに気付き、私と目が合うとその顔を一瞬にして輝かせた。


「湊さん!」


すぐさま私のことを認識したようだった。

そしてやはり、その子は同じクラスの女の子で、一学期の間クラスの委員長をしていた子だった。確か二学期もやっていたと思う。

だから学校にほとんど行っていなかった私でも、彼女が「委員長」だと分かった。


「久しぶり!湊さんも映画を観るの?」


彼女は微笑みながら話しかけてきた。不登校気味の私に気を使った笑顔ではなく、嫌味のない明るい顔。


「うん。好きな本が実写化したやつ。面白いかは分かんないけど観てみたくて……」


電光掲示板に目をやると、観たかった映画のタイトルに目が行き、そのタイトルを指さしなが

ら、「11時から始まるアレ」と委員長に言った。


「それ知ってる!CMで流れてるやつ。11時からか。今10時だから丁度いいかもね。観ようかな」

「一緒に観る?」


これも言おうなんて思っていなかった言葉。言ったあとに「やってしまった」と思った。人と映画なんて難しすぎる。観終わったあと、感想とか言い合うんだろうか。

そんな私の気持ちも露とも知らず、委員長は「そうしよう!」と言った。私たちは一緒にチケット販売機に向かい、席が隣どおしのチケットを購入した。


「楽しみだな~湊さんは映画始まるまでどうしてるの?」

「本屋でブラブラする」

「同行しても良い?」


私はこくりと頷いた。

ショッピングモールに入っている映画館から本屋に着くまで、私達は会話にならない言葉を交わし続けた。

昨日見たテレビのこと。今日見かけた変な人のこと。飼っている動物の話。ショーウィンドウに置かれていた服について。好きな芸能人。私にはそんな他愛ない話が心地よかった。本屋に行かず、このままずっと話を続けたいと思うぐらい。

本屋に着き、私は初めに委員長に今日観る映画の原作本を薦めた。


「湊さんはよく本を読むんだね。学校でもよく読んでたよね」


見られていたのか。

少し恥ずかしくなって、「へへへん」という変な笑い方をしてしまい、また恥ずかしくなった。


「私は買ってまで読まないんだ。好きな本を見つけるのって頭使うし」


買わないのか。そう思っていたけど、委員長は「だから湊さんのおすすめを買って読んでみる」と言うと、棚から私が薦めた原作本を手に取った。


「あと他に2冊ぐらい買おうかな。何かおすすめはある?」

「あるけど……たくさん買っちゃうと、今読んでる本が軽くなって流し読みしちゃったりするから止めた方がいいと思う……私がそうなんだけど」

「なるほどね!じゃあ、これをじっくり読むね!」


委員長は私の言葉を受け入れ、その後、ノートとシャー芯、あと「漫画はよく読むんだ」と言い、少女漫画の新刊を1冊買った。

10時40分頃に用事が終わり、私達は急いで映画館に戻った。

映画館に着いた頃には入場時間になっていたから、委員長は慌てていた。


「入れる?まだ大丈夫だよね?あ、売店で飲み物買いたい!」

「私先にトイレ行くけど、委員長は行かなくても平気?」


私が尋ねると「行く!」と言い、私達はトイレに入った。私は用を足しながら、「委員長って意外と面白いんだな」と思った。学校の教室にいた委員長はずっとノートにかじりついて授業の復習・予習をし、人と話す時の口調はとても冷たいものだった。クラスで何かを決める時の、背筋を伸ばして教壇の前に凛々しく立つ委員長の姿を、よく覚えている。

今、私と一緒に映画を観ようとしている「委員長」と、あの教壇に立っていた「委員長」は同一人物なのだろうか?

考えながらトイレを出ると、委員長は先にトイレを済ましていて、売店に並んでいた。


「湊さん!こっちこっち!」


委員長が手招きをしていたから駆け足で向かう。


「ねぇ湊さん!ここのジュース、凝ってて目移りする!」


委員長は真剣な表情で悩みに悩んだ挙句、柚子の果肉が入った爽やかな炭酸を頼み、私はいつものようにオレンジソーダを頼んだ。


「じゃあ行こうか!」

「うん」


映画の上映時間は過ぎていたが、上映前には新作映画の予告編が流れるため、あまり焦る必要は無い。

しかし、委員長はそれを知らず、私に「はやくはやく!」と急かし、会場に入ると予告編を見るやいなや「始まってる!?」と焦り、それはまるで小さな子どものようだった。そんな委員長をなだめ、席に着く。

委員長は誰がどう見てもワクワクが止まらないようだったから、私は上映中に話しかけられると迷惑だし嫌だなと思っていた。しかし、委員長は席に着くなり、予告編から食い入るようにしてスクリーンを見ていて、その心配はなかった。映画が始まってからもあんなに悩んだジュースを飲み忘れるくらい、鑑賞に没入し、エンドロールに入ってからようやく飲み物を口に含んだ。

映画が終わり、会場が徐々に明るくなる。

委員長は呆然と席に座っていて1歩も動かなかった。少し待っていたけど、掃除をする従業員が入ってきた。


「委員長、そろそろ出よう。お昼ご飯食べに行こう」

「あ、うん」


私はふらりと立ち上がった委員長の腕を掴み、近くにあるファミレスへと委員長を連れて行った。窓際の4人席を取ってメニューを広げる。


「私はカルボナーラにする」

「ねぇ、映画、とても、面白かった」


メニューを眺めながら委員長は言った。私は自分が言った言葉と委員長の言葉が重なったため、委員長が何を言ったのかよく分からなかった。


「え?」

「私、主人公の犬に感情移入しちゃって涙堪えるの大変だった~。私ハンカチ忘れちゃってて。あ、最後の続きがあるような終わり方!あれ最高だね!無理なハッピーエンドじゃなくてさ。これで続編とか出ちゃったら嫌だな~。あ、原作は?なんか続き物になってたりするの?」

委員長は一気に喋ると、店員が置いていった水を飲み、メニューのページをめくりながら「何食べよう……」と悩んだ。


「私も、あの終わり方が一番丁度いいと思う。原作は続きがないし、映画独自の終わり方だったから、原作知ってる人も楽しめると思う。面白かったね」


私がそういうと、委員長は嬉しそうにうなづいた。「そっかそっか~原作とは終わり方が違うん

だ~」と納得しながら、メニューのページを行ったり来たりさせている。


「私ミートドリア!店員呼ぶね」


壁に備え付けられてあるボタンを委員長が押すと呼び出し音が鳴り、しばらくすると店員がやってきた。店員に私の分の料理も注文した委員長は、ひと仕事を終えたように伸びをし、また映画の話に戻した。


「余韻が凄かった。全然立ち上がれなくて、なんかボーッとしちゃった」

「ちょっと分かる」


感想の言い合いはさっきの会話で終わったと思っていた私には、その一言が精一杯だった。

それは1人で観る映画に慣れすぎて、感想を述べる語彙というものを持ち合わせていなかったのが理由だ。本当は沢山思っていることがあるのに、中々言葉にならない。それがとても不甲斐なく思えた。

悶々としている私に、委員長はぽつりぽつりと身の上話を始めた。


「昨日の夜のことなんだけどね、ふと、もしかしたら私は一生"学校をサボる”ということをしないんじゃないかって思ったんだ。ほら、私って馬鹿真面目でしょ?真面目だからサボるっていう行為に縁がないの。何でも計画的に物事を進めたい性分でさ。前はサボる為の口実が作れるようにお姉ちゃんと準備とかしてたの。でもそれって真面目なんかじゃなくて、怖がってるだけなの。道を外れたくなくて、分かってる道だと怖くないから準備をする。ずるいんだー、私。だから、今日はそういうの一旦全部忘れて、投げ出してやろうと思ってここまで来たんだ。もちろんお姉ちゃんとか誰にも言わずに。だけど如何せん初めてだから、どうすればいいのか分からなくて、映画館の電光掲示板の前に来た時、学校をサボってしまったことを凄く後悔した。やめときゃ良かったって」


委員長は「ふふふ」と笑った。私はまた何も答えず、委員長と同じように笑った。委員長はなおも口を動かす。


「それに湊さんが映画館にいて、何してんのとかサボりの理由を聞かれたらどうしようって思って最初はすごく戸惑った。でも、湊さんは何も聞かなかった。ただ私を映画に誘って、面白い本も勧めてくれた。それがとても自然で嬉しかった。観た映画も面白くて最高に楽しかった。サボることがこんなに面白いなんて、知らなかったよ」


委員長の話が終わるのと同時に、店員が料理を運んできた。

委員長は「美味しそ~」と言いながら、目の前に置かれたドリアを早速口に運ぶ。熱かったのか「あふいあふい!」と口をハフハフさせて口の前を手で仰ぎながら、「でも」と話を続けた。


「何度もやろうと思うものでは無いね。サボりって。時々だから楽しいんだわ」


そう言うと、水を飲み一息ついた。

私はカルボナーラをスプーンとフォークで混ぜながら、返す言葉を探した。

委員長の言葉は真っ直ぐで、素直で、本音で話しているように感じたから、私も飾らない自分の言葉で返そうと思ったのだ。


「私も……私も理由を聞かれるのが嫌だった。学校に行かない理由、私にもよく分からないから。周りは理由があって学校に行きたくないってワガママ言ってると思ってるみたいで、腫れ物をさわるように私に関わるの。それがとても嫌で気持ち悪い。でも、私のことを気にしてくれてることも分かるから、感謝しなくてはと思う。みんなに明るく"おはよう”が言えれば全て丸く収まるんだけど、やっぱり無理で。行けない理由なんてもうなくて。だから、行けない」


それに対して、委員長は「へぇ」と言った。言ったまま何も話さなくなって、ドリアを咀嚼しては飲み込んだ。

私も何も言えなくなって、パスタをフォークで巻いたり、濃いソースをスプーンですくって食べたり、ソースが濃いから喉が渇いて水を飲んだりした。

食べ終わったのはそれから10分後ぐらい。

何も話さなかったから直ぐに食べ終わった。

店を出て帰りの道を歩く。

行きは1人だったのに、帰りは隣に気まづくならない知り合いが同じ歩幅で歩いていて、それはとても嬉しいことだった。

話しかけてはくれないけれど。


「ねぇ、さっきのお店での続きだけど」


私の方は見ず、前を見たまま委員長は言葉を出した。


「なに?」


一度委員長の方を見た私だけど、これは歩きながらする話だと思い、私も同じように前だけを見て答えた。


「さっきの湊さんの話。ほら、学校に行けない理由がわからないっていうアレ」

「うん」

「アレについて考えてたんだ。湊さんってさ、多分学校に行きたいんだよね?でも理由が見つからないから行けないんだよね?それなら私が理由を見つけてあげよう!」


力強く、今度は私の方を見て言った。

さっきまで黙っていたのは、私の話の答えを探していたのかと思うと涙が溢れそうになった。

それを見られたくなかったのと、そう話した委員長が眩しくて、私は委員長の方を一瞬だけしか見られなかった。


「そんなこと出来るの?」

「うん!」

「どうするの?」

「湊さんって、私の名前知ってる?」


言葉に詰まった。

私が学校に行ってる時も、みんなが、先生さえも彼女を「委員長」と呼んでいた。

だから名前を知らなかった。知ろうとも、しなかったんだと思う。


「……ごめん。分かんない」


確か花の名前が付いていた気がする。


「やっぱりなー。ずっと役職で呼ぶから変な感じがしたんだよね。うわーショック」


委員長は大きく頭を抱えて天を仰いだ。私は大袈裟ではないかと一瞬思ったが、同じことをされると泣いてしまうかもしれないと思い、謝るしかなかった。


「本当にごめんなさい。言い訳になっちゃうけど、委員長は「委員長」だって思っちゃって……」

「あー、めっちゃショック。すごく悲しい。これは湊さんに名前呼んでもらわないと、立ち直れないわ」


「えーん」と言いながら手で顔を覆って泣き真似をしていた委員長は、指を少し開けたその間から、私の方をチラリと見た。


「えー……じゃあ名前、教えて。何度でも呼ぶから」


恥ずかしがりながら言うと、委員長はニヤリと笑った。


「そんな簡単には教えないよ。ていうかこれが、私が考えた湊さんが学校に来る方法だよ」

「どういうこと?」

「湊さんは学校に来て、私の名前を調べて、私の名前を呼ぶんだよ」

「学校に行かなくても調べられるよ?クラス表とかあるし」

「学校に行かないと私には会えないよ。でも、いつでも良いよ。いつか私の名前を呼んでよ」


委員長はそう言うと、「私あっちなの。湊さんはそっちでしょ?だからここでお別れ」と、私の帰り道とは逆の方向の横断歩道へと踵を返した。

委員長が進む信号機は青色だったから、委員長は「じゃあね」と言って、この場から去ろうとした。

私は、委員長が思ったであろう「一生サボることが無い」という直感が、その時分かった。

私の直感は、この時を逃したら委員長とは縁がなくなってしまう、というものだ。

それはとても寂しくて、耐え難いものだと分かり、去ろうとしている委員長の腕を掴んで、今日1番の声を出す。


「明日!私、明日必ず学校に行くよ!」


委員長は、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていたから、私は直ぐに手を離した。また「やってしまった」と思ったが、最初に委員長に話しかけた時のような後悔は、もう無かった。委員長の顔はすぐにほころんだ。


「本当に?明日の火曜日?分かった。明日必ずね」

私は大きく首を2回縦に振った。委員長は笑っていた。

「じゃあ、また明日」


委員長は私に手を振る。


「また……明日」


私は久しぶりにこの言葉を発して、心が熱くなるのを感じ、手を振った後、その両手を胸の前でしっかりと握りしめた。

私が渡るはずだった横断歩道の信号は赤のままだったから、さっき言った「また明日」を何度も何度も頭の中で反芻させる。

明日がある。

委員長と約束した「明日」。


「また明日……」


そう呟くと自然に口角が上がっしまい、それを手で必死に伸ばした。その時、


「湊さーん!」


横断歩道の向こう側から、私を呼ぶ声と手を振る委員長の姿を捉えた。


「明日の時間割ー!分かるー?」


久しぶりに学校に行く私への気遣いを忘れない委員長は、やはり「委員長」であった。

全力で来てくれる委員長に応えようと私は、


「分かるよー!」


と叫んだ。

委員長に負けないように、大きく手を振りながら。



一度はサボってみたい学生生活でした。


最初は委員長が主人公の物語を書こうとしていたのですが、中々浮かばず、湊を主人公にしたら場面がスラスラ出てきたので主人公チェンジをしました。

ちなみに、2人が観た映画の原作者は、私が書いた『同級生の山岡くん』に出てくる山岡マサトくんです。


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