98 チラシ完成
「「ごちそうさま」」
二人の声が重なる。
二人とも早くチラシを完成させたいので、今日の晩飯は簡単に【虚空庫】から取り出したカリィライスとサラダで済ませた。
食器を洗って、【虚空庫】に仕舞い込み、付与作業の開始だ。
「じゃあ、早速とりかかろうか」
「ええ、そうね」
「一枚ずつやって行くから、加護が付与されたら横に積み上げてってくれ」
「分かったわ」
今回付与するのは【女神セレスの加護(極弱)】だ。
弱い加護なので、疲労や魔力の消費はそれほどでもない。
しかし、これだけの枚数だ。全部こなすとなると馬鹿にならないだろう。
特に、今日は強めの魔負荷をかけっぱなしで魔力はかなり消耗している。
俺は【虚空庫】から中級マナポーションを取り出し、一気飲みする。
魔力が回復し、頭の中がスッキリした感覚。
これなら大丈夫だろう。
「よしっ、始めよう」
チラシの山から一枚を手に取り、空白の部分に右手を軽く当てる。
「【付与】女神セレスの加護――」
込める魔力は最小限だ。
魔力を込めるとセレスさんとの一体感を感じる。
幸せな気持ちが全身を支配する。
そして、チラシに加護が付与され、文様が記される。
俺は完成したチラシを隣りにいるニーシャに手渡す。
「どう?」
「ええ、バッチリよ。【女神セレスの加護(極弱)】が付与されているわ」
本気を出せば、もっと強い加護を付与することは可能だ。
しかし、タダで配るチラシなので、あまり強すぎる加護を付与するのは問題だ。
なので、最低限の付与しかしていないが、それでもお守りとしての効果はバッチリだ。
加護が付与されているアイテムを持つと、ステータスも僅かながら上昇する。
これでチラシが捨てられる可能性はかなり低くなっただろう。
むしろ、噂になって争奪戦になる可能性の方が心配だ。
一枚一枚、気を抜くことなく、集中して加護を付与していく。
俺が付与したものを、ニーシャが隣の山に積み上げていく。
それの繰り返しだ。
単純作業なので、会話でもしながらやりたいところだけど、片手間で付与をするのは不信心な気がして躊躇われた。
なので黙々と付与を続けていく。
全てが終わったのは1時間半後、午後8時過ぎだった――。
「お疲れ様」
「お疲れ様」
「じゃあ、早速これをギルドに預けて来るけど、アルはどうする? 疲れただろうから、休んでても構わないわ」
「大丈夫。心配だからついて行くよ。この時間帯だし、ニーシャ一人だと、酔っ払った冒険者に絡まれたりするかもしれないからね」
「ありがと。心配してくれて嬉しいわ。それじゃ、一緒に行きましょう」
「ああ」
二人で冒険者ギルドに向かうことになった。
歩いてすぐの距離だけど、不届き者がいないとは限らない。
念の為、【魔力探知】で周囲を警戒しておく。
「ねえ、アル【共有虚空庫】に見覚えのない小袋が入ってるんだけど」
「小袋?」
「白金貨がごっそり入ってるんだけど。心当たりは?」
「ああ! ごめんすっかり伝えるの忘れてた」
ハチミ・パウダーの特許料、1億ゴルだ。
あの日は色々とバタバタしていたし、ニーシャの帰りも遅かったので、すっかり伝えるのを忘れていたl
俺はジェボンさんの店であった顛末についてニーシャに説明した。
「どうして、そんな大金のことを伝え忘れるのよっ!」
「ごめんごめん」
「はあ、まあ、しょうがないわね。アルだし……。でも、私にも食べさせてよね」
「ああ、帰ったらな」
俺がニーシャに呆れられているうちに、冒険者ギルドに到着した。
夜遅い時間帯なのに、明かりが灯り、猥雑な喧騒が伝わってくる。
ギルドは建物内に酒場を併設している。
先日、ナタリアさん率いる『紅の暁』と話をした酒場だ。
この時間帯は、冒険から帰ってきた冒険者たちが思い思いに酔っ払っている。
酔っぱらいどもを尻目に、俺とニーシャは依頼カウンターへ向かう。
手続きはスムーズに終わった。
一人一枚までとお願いしておいた。
受け取る際にギルド水晶でチェックが入るので、ズルをして二枚もらうことは不可能だ。
この設定をお願いしたので、普通にチラシを置いてもらう場合より、割高になってしまったが、必要経費と考えれば安いものだ。
役目も終えたことだし、そろそろ帰ろうかというところで「おーい、アル」と酒場の方から声をかけられる。
声の方を向くと、そこには2メートルを超える巨漢が立っていた。
クラン『鋼の盾』のリーダー、オーマンだった。
ダンジョンの20階層、ボス部屋の手前のセーフティー・エリアで知り合った仲だ。
現役時代のカーチャンを知っていて、カーチャンのファンの一人だ。
そのオーマンが声を掛けてきた理由は…………。
「無事だったのか、安心したぞ」
俺の元へ歩いてきたオーマンの第一声がそれだった。
「ああ、この通り。ピンピンしてるぞ」
「いや、お前たちがボス部屋に入って、すぐに扉が開いたからな。もしかして、瞬殺されたのかと心配だったんだ。だが、心配は杞憂だったようだな。瞬殺されたのはミノタウロスの方だったようだな」
「ああ、そうだな。戦い方は明かしたくないから、訊かないでくれよ」
「ああ、もちろん。下手な詮索はしないつもりだ。無事だったって知れただけで満足だ」
俺の無事が分かったことで、自分のことのように喜んでくれるオーマン。
本当に、根っからの良い奴だ。
「あっ、そうだ。あの時に話していたチラシが出来たぞ」
「おお、マジか」
「ああ、ギルドに預けたから、なくなる前に取っておいたほうが良いぞ。それに一人一枚だから、注意してな。他人の分を代わりに受け取ったりはできないからな」
「おう、サンキュー。じゃあ、早速もらってくるわ」
大所帯の『鋼の盾』のメンバーが一斉にカウンターに向かったおかげで、酒場の中心にポッカリと穴が空いた。
その空席の穴の中に一人、ちびちびと舐めるようにお酒を飲んでいる人物がいた。
黒いフードを被った小柄な人物だ。女性かも知れない。
その人物がこちらに向かって、ちょいちょいと手招きをする。
どうしようか、とニーシャを見ると、「アルに任せる」と小声で返された。
『鋼の盾』のメンバーなら、問題ないだろう。
そう思って、俺たちはフードの人の近くまで寄る。
フードを目深にかぶり、傍らには木製の長い杖。
その人物が声を掛けてきた。
「『鋼の盾』所属の魔法使い、ミラ。よろしく」
フードを軽く上げた奥に現れた顔は、幼いながらも整った顔立ちをした美少女だった。
「俺はノヴァエラ商会のアルだ。よろしく」
「同じくニーシャよ、ヨロシクね」
「君はどうして、みんなと一緒にいかなかったの?」
「場所取り」
「ああ、そうか」
納得する。さすがに食事中に全員揃って席を外すのは不味いもんな。
それで、ミラが残されたわけか。
「なんなら、俺が場所取りしてるから、行ってくるか?」
「大丈夫。私、大勢で一緒に行動するの苦手」
「そっか。自分で言うのもなんだけど、良いチラシだから貰ってくれると嬉しい」
「うん、後で行くつもり。それより、ひとつ訊きたい」
「なんだい?」
「20階層代で森に穴開けてるのはアナタ?」
ドキッとする質問だ。
できるだけ他の冒険者にバレないように気は使っていたけど、バレたらバレたでしょうがないかな、という気持ちでやっていた。
「さあ、どうだろう」
「わかった。私からの質問はお終い」
とぼけた俺に彼女はそれ以上追求してこなかった。
「その代わり、ひとつお願いがある」
まさキチです。
皆様のご支援のおかげでモチベーションも維持でき、2月は毎日投稿出来ました。
ご支援ありがとうございました。
2月中は思っていた以上に筆が進み、かなりストックを増やすことが出来ました。
そこで、3月中はできるだけ1日2回更新して行きます。
3月を乗り越えられるかわかりませんが、出来るところまで頑張ってみたいと思います。
今後とも、感想・ブクマ・評価でのご支援をよろしくお願いいたします。
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