97 ダンジョン周回
王都へ行った翌日。
俺は朝4時に起きる。
今日から数日は『シャープネス・オイル』集めのためダンジョン周回だ。
朝食を食べた俺は、ニーシャの分は【共有虚空庫】に入れ、その旨を置き書きしておく。
まだ寝ているニーシャを起こさないように、静かに家を出る。
まだ日も昇っておらず、街は寝静まっているが、ダンジョン入り口付近だけは、煌々と魔石の明かりが灯っている。
この時間でも、出入りをする冒険者がいるのだ。
俺もその一人だ。
わざと人の少ない時間を狙ってダンジョンに来ている。
狙いは『シャープネス・オイル』。
13階層と27階層の隠し部屋の宝箱目当てだ。
宝箱からなにが出るかは天の運任せだ。
シャープネス・オイルが出なくなる前に取れるだけ取っておこうという作戦だ。
ダンジョンの宝箱からなにが出るかは決まっていないが、いくつかの規則性が見つけられている。
1つ目は、ダンジョンの宝箱内からはほぼ100パーセントの確率で遺物が出ること。
2つ目は、宝箱は開けられてからしばらくすると中身が復活すること。短ければ1時間程度、長いと1週間かかることもある。
3つ目は、宝箱を開けた本人もしくはパーティーメンバーの欲しいものが入っていること。
4つ目は、頻繁に開けられる宝箱よりそうでない宝箱の方が、復活までの時間が短く、レア度が高いものが出現すること。
俺が発見した隠し部屋の宝箱は前回の変動――ダンジョンは度々地形を変えるのだ――以来、誰にも発見されなかったのだろう。
だから、俺にとって必要でレアな『シャープネス・オイル』が出現するし、復活周期も1時間ほどだ。
『シャープネス・オイル』はいくらあっても困らない。
俺は今のうちに大量ゲットする作戦で、少なくとも数日は周回を続ける予定だ。
周回ルートはこんな感じだ。
まず10階層に転移し11階層から13階層までダッシュで駆け抜け、隠し部屋へ到着。
宝箱から『シャープネス・オイル』をゲットして、10層にとんぼ返り。
そこから転移ゲートで25階層へ転移。
25階層から27階層まで【地獄の火焔】のショートカットで駆け抜け、隠し部屋で『シャープネス・オイル』をゲット。
またまた25階層の転移ゲートまでダッシュ。
――というコースで周回している。
かかる時間はちょうど1時間。
宝箱の復活に合わせた結果だ。
俺が本気を出したら、1周30分を切れる。
だけど、それだと宝箱復活のために、ムダな待ちぼうけをしなきゃならない。
そこで走る時に負荷をかけて、わざとスピードを調節しているのだ。
魔負荷――筋肉を動かす時に、反対方向に力がかかる様に魔力で負荷をかけるのだ。
このトレーニングは、いくつものメリットがある。
まず、膨大に魔力を垂れ流しにするので、魔力量増大に繋がる。
そして、適切な負荷をかけるためには魔力を精密にコントロールしなければならないので、魔力操作が上達する。
最後に、通常ではかけられないほどの高負荷をかけられるので、筋肉を劇的に成長させることが出来るのだ。
しかも、魔負荷を用いての筋トレは筋肉を肥大化させるのではなく、筋繊維が魔力を取り込むのだ。
その結果、ゴリマッチョになるのではなく、密でしなやか、強靭な筋肉を手に入れるのだ。
俺やカーチャンがゴリゴリじゃないのに、バカ力を出せるのはこの魔負荷トレーニングのおかげだ。
俺は身体がなまらないように、普段から魔負荷をかけているが、周回中はそれを3倍程度に引き上げている。
それだと、全力でダッシュしてちょうど1時間になるのだ。
俺みたいに普段から無意識に使っていると、つい強敵との戦闘中に切り忘れてしまったりする恐れがあるから要注意だ。
ちなみにニーシャと潜った時は魔負荷をかけっぱなしだった。
でも、それで余裕だった。
カーチャンなんか、魔王との戦いでもうっかり切り忘れてたくらいだ。
途中まで、「なんか調子でないなあ」と思っていて、味方に指摘されてようやく気づいたそうだ。
さすがはカーチャンなエピソードだ。
俺はそこまで間抜けじゃないぞ、多分。
途中何度か全力ダッシュする姿を冒険者に見られたけど、隠密性の高いフード付きコートをかぶっていたので、正体はバレていないだろう。
そんな周回を朝から晩まで続ける。
午前4時から午後6時まで。
1日14周。
3日間で84本のオイルをゲットした。
しかも、『シャープネス・オイル』以外のオイルもゲットした。破壊力を増す『デストロイ・オイル』、そして、強度を増す『ハーデニング・オイル』だ。
リンドワースさんに教わった3種のオイルが揃ったのだ。
ニーシャの鑑定済みなので間違いない。
午後6時。
この街に来てから10日目だ。
半分近くをダンジョンに潜って過ごしたことになる。
ああ、早く武器を作りたい。
そして、なによりも、遺物をいじってみたい。
そんな気持ちで自宅への帰途へついていると、ニーシャから【通話】が入ってきた。
『アル、チラシが完成したわよ。キリのいいところで帰ってらっしゃい』
『ちょうどこっちも切り上げて帰るところだよ』
『分かったわ。待ってるね』
『うん、できるだけ急ぐ』
ダンジョン1階層の入口付近。
25階層の転移ゲートから戻ってきた俺は、自宅へと走った。
ニーシャに言われたのもあるが、俺自身チラシには興味があったからだ。
全速で走ると、すぐに家に着く。
「ただいまー」
「おかえりー」
ニーシャが待っているだろう、2階リビングへ向かう。
リビングのテーブルの上には、紙の山が高く積み上げられていた。
「これがチラシか」
一枚を手にとって眺める。
俺たちのリクエスト通り、立派なチラシだった。
「ノヴァエラ商会新規開店」と一番上に堂々と書かれている。横に開店の日付も添えて。
そして、その下には取り扱い品目。
遺物、武具、薬草、聖像をモチーフにしたアクセサリ、などなど。
略図で地図も描かれている。
最後に、右下に5センチ四方の余白。
まさに俺たちが望んだ通りの出来だった。
「いいチラシだね」
「でしょ〜。さすがはファンドーラ商会オススメの店だわ。その分料金も高かったけど、投資と考えれば安いものよ」
「じゃあ、晩ごはん食べたら仕上げちゃおうか。多分1時間半くらいかかると思うから」
「ええ、そうしましょ。私もお腹空いたわ」
一枚あたり5秒としてもそれくらいの時間はかかってしまう。
そう、この品はまだ未完成なのだ。
右下の余白に、俺がセレスさんの加護を付与しなければならないのだ。
千枚のチラシに俺が加護を付与して、それでようやく完成だ。
今夜はもうひと踏ん張りだな。




