95 ハチミ・パウダー
「ハチミ・パウダーが流行するのが目に見えるぞえ」
たしかに、師匠の言う通りだ。安価で幅広く使える調味料。これは爆発的に広まるだろう。
「そこで、このレシピなのじゃが、特許として国で買い取ろうと思うのじゃが、良いかな?」
「良いも悪いも、発明したのは師匠じゃないですか」
「いや、アルの情報がなければ、そもそも試そうとしなかったであろう。だから、功績の半分はお主のものじゃ」
「でも……」
「料理人に一番必要なのは好奇心。食べられないと思われてるものを食べる。合わないと思われている食材を合わせてみる。いつも口を酸っぱくしていっておったじゃろう」
「ええ」
「アル坊が発見したのはたまたまかもしれん。しかし、そこで投げ出さず、儂を頼ってでもなんとかしたいと思った心意気、それが大切なのじゃよ」
「ええ、分かりました」
「というわけで、特許は儂とアル坊の連名で出すのじゃが、お主は今はただのアルとして活動しているのじゃろ? 特許に載せる名前はどうしたいのじゃ?」
「ノヴァエラ商会のアルでお願いします」
「分かったぞよ。それがそなたの商会なんじゃな」
「はい。これから成長して、師匠がビックリするほどの商会にしますので、楽しみにしていてください」
「ふぉふぉふぉ。それは楽しみじゃのう」
我が事のように嬉しそうに笑う師匠。
師匠は弟子の成長を自分のことのように喜んでくれる人だ。
師匠に恥じないような立派な商会にすると、あらためて固く決意した。
「それで、特許料の話なのじゃが、本来なら使用量に応じて支払われるのじゃが、アルは面倒くさいのが嫌であろう」
さすが師匠、俺の性格をよく知っている。
「そこで、最初に一括で支払い、もし余剰がでたら、その時支払うという形式で良いかな?」
「はい、それで構いません」
「じゃあ、これがその代金じゃ。1億ゴルあるから確認せよ」
「1億ですかっ!?」
「ああ、このハチミ・パウダーの凄さだったら、これくらいの金額は妥当だよ」
ジェボンさんから見ても、妥当な金額らしい。
師匠は【虚空庫】から、小袋を取り出し卓上に載せる。白金貨100枚ともなるとズシリとした重みだ。
俺は中身を取り出し、数え上げていく。
――――98、99、100っと。
「はい、問題ありませんでした」
俺は小袋を【虚空庫】に仕舞い込む
「それと、ジェボンよ」
「はいっ」
「今回の件は、お主なしでは実現しなかった。ゆえに、儂のポケットマネーから駄賃を与えよう」
そう言って、小袋を【虚空庫】から取り出す。
俺のに比べてだいぶ小さい袋だ。
「1千万ゴルも……」
「いいんじゃよ。主ならこの価値を分かっておるじゃろう?」
「…………。はっ、分かりました。ありがたく頂戴します」
「よし、この話はこれで終わりじゃ」
「「ありがとうございました」」
俺とジェボンさんの声が重なる。
「アル坊よ、そなたの連絡先を知りたいのじゃが、ノヴァエラ商会でいいのか?」
「はい。迷宮都市パレトにあるノヴァエラ商会です。まだ立ち上げ準備中ですけど、店舗は確保しているので、商会宛にしてもらえば連絡がつくと思います」
「そうかそうか。それじゃあ、最後にプレゼントじゃ」
師匠は【虚空庫】から一枚の金属プレートを取り出す。
「これは食材搬入業者用のパスじゃ。これがあれば城内の調理場へ入ることが出来る。儂に用があったら、気軽に来るといい」
「はい、ありがとうございます」
俺はプレートを大事に【虚空庫】にしまい込む。
「さて、儂の用件はこれで終わりじゃ。そろそろ、お暇させてもらおうかの」
椅子から立ち上がった師匠に従い、俺とジェボンさんも立ち上がる。
挨拶のために近寄った俺の頭を師匠が撫で回す。
「頑張るのだぞ」
8歳当時、修行していた頃のことを思い出し、胸がジーンとする。
「主もこのまま精進せよ」
「はっ、ありがとうございます」
師匠はジェボンさんにも言葉を伝える。
こうして、師匠との久しぶりの面会は終わった――。
師匠が帰り二人になると、ジェボンさんが切り出してきた。
「やっぱり、師匠は只者じゃないな」
「ええ、俺も香辛料として使うアイディアは思いつかなかったです」
「まだまだ精進しないとな」
「ええ、お互いに頑張っていきましょう」
お互いに握手を交わす。
「じゃあ、こっちの商談といこうか」
「はい」
「それじゃあ、担当のシドーに合わせるから、付いて来てくれ」
「はい」
俺はジェボンさんの後を歩き、厨房に入っていった。
「おーい、シドー」
ジェボンさんが厨房で作業をしていたシドーさんに声をかける。
「はい」
「今、手を開けられる?」
「はい、大丈夫です」
「例の買い付けの件で」
「はい、分かりました」
シドーさんが俺の方を向いて「よろしくお願いします」と会釈する。
ニッコリと営業用以上の笑顔を向けてくる。
「それでは、冷蔵庫まで移動しましょう」
「はい」
厨房を抜け、裏手の冷蔵庫へと案内される。
肉や魚介、野菜類が山積みになっている。
「ここにお願いします」
「はい」
指定された場所にファング・ウルフとシルバー・ウルフの肉とモツを置く。
「はい。確かに確認致しました」
俺たちは厨房に戻る。
「こちらがお約束の代金100万ゴルになります」
シドーさんが白金貨一枚を渡してくる。
「確かに受け取りました」
100万ゴルと言ったら大金のはずななのに、今日だけで1億5千万ゴルも稼いでしまったので、大金に感じられない。
「あのう」
「なんでしょう?」
取引が無事に済み、帰ろうとしたところでシドーさんに呼び止められた。
「迷宮都市パレトに移住したと聞いたのですが、本当ですか?」
「ええ、そうです。こちらに来るのは週に1回ですね」
「ということは【転移】出来るんですか?」
「ええ、まあ。あまり広めないで下さいね」
「はいっ。業務上知り得たことは他に漏らさないよう厳しく躾けられてますから」
「お願いしますね」
ジェボンさんの下で教育を受けているんだ。
下手に吹聴したりはしないだろう。
「アルさんは元々王都の人間じゃないんですよね?」
「ええ、シドーさんは王都の人なんですか?」
「はいっ。生まれも育ちここ王都です」
「そうなんですか、じゃあ王都には詳しいんですね」
「アルさんは王都にはどれくらいいらしたんですか?」
「王都には2週間も滞在しなかったですね」
本当にあっという間の滞在だった。
俺は当初、王都の片隅でひっそりと物づくりを行う予定だった。
それが、まさか、迷宮都市パレトで店を構え、ダンジョンに潜る生活になるとは…………。
想像もしてなかったよ。
これもすべて、ニーシャのおかげだ。
「アルさんがよろしければ、是非王都を案内させてもらいたいのですが?」
「それはありがたいお誘いですね」
「本当ですか?」
シドーさんの目がキラリと輝く。
「ええ、是非お願いします」
王都に滞在していたのは2週間にも満たない期間だったし、ほとんどが生産に負われていて、ロクに観光もしてない。
案内してくれる人がいるというなら、是非ともお願いしたいところだ。
「ただ、今は出店準備に追われていて、1ヶ月後になっちゃうけど、構いませんか?」
「全然構わないですっ! 楽しみに待ってますっ!」
「じゃあ、また近くなったら、日にちを決めましょうね」
「ハイっ。お願いしますっ!!」
こうして、俺はシドーさんとの約束を取り付け、ジェボンさんの店を後にした――。




