94 串焼きと……
「ただし、条件がある――」
師匠が真剣な物言いをする。
「最近作った料理を見せてみよ。どうせ【虚空庫】に入っているのだろう? 腑抜けた料理だったら許さんぞ」
「はいっ」
師匠に言われ、俺はなにを見せるべきか考えた。
正直、最近は他のことが忙しくて、ちゃんとした料理は作っていなかった。
食事は以前作り置きしておいたものを食べてばかりだ。
以前の作りおきを出したら、絶対に師匠にバレる。
なぜか知らないけど、師匠はそういうのを見破る能力が半端ない。
となると、ここはこれ一択だな。
「ファング・ウルフとシルバー・ウルフの串焼きです」
ニーシャとの新居祝いでバーベキューをした時のものだ。
【虚空庫】の効果で、焼きたてほやほや。湯気を上げている串焼きだ。
ジェボンさんが用意してくれた皿に2本の串焼きを乗せ、師匠に手渡す。
「ほう」
串焼きを見つめ、師匠はひと言呟く。
やがて、手に取りかぶりつく。
2本の串焼きを食べ終えた師匠が口を開く。
「ふむ。腑抜けてはいないようだな。これからも精進を続けよ」
「はいっ! ありがとうございます」
師匠に褒められて嬉しかった。
弟子入りしていた8歳の頃は、褒められる度にその大きく硬い手で頭をクシャクシャにされたものだ。
それが俺には嬉しかった。
まるで父親のようで、嬉しかった。
「ジェボンさん、サプライズって師匠のことだったんですか?」
「いや、本題はこの後になる」
「まだ、なにか?」
「ああ、ビックリするぞ」
師匠の登場ですでにビックリしている。
これ以上なにがあるんだろうか?
良い意味でのビックリだったらいいのだが…………。
そこで師匠が口を開く。
「アル坊、さっきのファング・ウルフの串焼きを2本出してくれ」
「ファング・ウルフですか?」
「ああ」
「分かりました」
なぜクセのあるファング・ウルフなのだろうか?
なにを試すのだろうか?
俺が疑問に思っていると、師匠が【虚空庫】から、2つの小瓶を取り出した。
串焼き1本ずつにそれぞれの小瓶に入っている粉状の物をかける。
「食べ比べてみよ」
「はい」
「まずは、こっちから」
「はい」
1本目の串焼きを手に取り、匂いをかぐ。
香ばしい肉の香りの中に爽やかな辛味を感じる。
一口かじりつき、粉の正体が分かった。
シチミ・パウダーだ。
蝶型モンスターであるレインボー・バタフライの鱗粉であるシチミ・パウダーは辛味のある7つの風味が香り良く、肉等の素材の味を引き立たせる。
「どうだ?」
「シチミ・パウダーですよね。ええ、普通に美味しいです」
シチミ・パウダーを振りかけたことによって、串焼きは風味も増し、肉の旨味がより引き立たされている。
確かに、美味い。
でも、それだけだ。
サプライズというほどのことではない。
ということは、サプライズはもう一本の方か。
「じゃあ、もう1本の方を食べてみよ」
「はい」
見た目は1本目と変わらない。
シチミ・パウダーがかけられた串焼きにしか見えない。
1本目とそんなに変わらないだろう――そう思っていた俺だけど、匂いを書いだ瞬間、強い衝撃を受けた。
「なんだ、これ!?」
強烈な香りが、猛烈に食欲を掻き立てる。
シチミ・パウダーの7つの香り。
それぞれが独立して、お互いを引き出し合って、鼻孔を刺激する。
耐え切れずに、俺は串焼きにかぶりついた。
「こっ、これは!?!?」
俺は言葉を失った。
こんなに美味い串焼きを食べたのは生まれて初めてだ。
肉が美味くなっているのは当然として、シチミ・パウダーの美味さが別格だ。
普段は素材の旨味を引き出す脇役的存在なのだが、今回は違う。
肉の他にさらに7人の主役がいるようなものだ。
しかも、みな個性的。
それぞれがバランスを壊さない絶妙な程度で、自己主張している。
7つのそれぞれの味が混ざり合うことなく、識別できるのだ。
そして、それら全てが調和し、言葉に表わせない極上の旨味を引き出しているのだ……。
「美味い、美味すぎる」
俺はじっくりと味わいながら串焼きを食べる。
丁寧に噛み締めながら味わったのだが――やがて、終わりが来る。
そこには名残惜しさだけがあった。
「ごちそうさまでした」
ふーと息を吐き、余韻にひたる。
しばらくして、俺は口を開く。
「シチミ・パウダーは分かったのですが、他になにか入れてますよね?」
「ああ、それが隠し味だ」
師匠が肯定する。
「うーん、なんでしょう……」
「分からないのか?」
「ええ、残念ながら……」
「まあ、普通だったら分からないだろうな」
「ええ」
「しかし、お前さんはヒントがあるだろう」
「ヒント?」
俺は考え込む。
なにかヒントがあるのか?
師匠がこうやって尋ねてくるからには、俺が答えにたどり着けると思っているからだろう。
だから、考えれば正解できるはずだ。
よく考えろ。
なぜ、師匠はシチミ・パウダーに何かを加えたのか?
そもそも、なぜ師匠がここにいるのか?
隣のジェボンさんは答えを知っている。それはなぜなのか?
これらを総合して――俺は答えに至った。
「ダイコーン草ですか?」
「ああ、正解だ」
シチミ・パウダーに加えられた8番目の要素。
それはポーションの原材料となるダイコーン草だった。
以前中級回復ポーション作りに試行錯誤している時に『錬金大全』で気になる箇所を見つけた。
――ダイコーン草は適切な処置をすれば食べられる。
――栄養価は低く、ちゃんとした味にするには手の込んだ処理が必要。食べ物に困った時の最後の手段。
この事実を知った俺は、ジェボンさん経由で師匠に伝えてもらうようにお願いしたのだ。
俺もダイコーン草料理を試したが、『錬金大全』に書いてあったように、ただひたすらに不味いだけで、とても食べれたものじゃなかった。
しかし、師匠はそれを食べられる形にしたのだ。
それも、極上のスパイスとして。
「儂も最初は難儀してのう。煮ても焼いても、どうやっても不味いだけじゃからのう」
俺もジェボンさんも「うんうん」と深く頷く。
どうやら、ジェボンさんも試行錯誤してみたようだ。
そりゃそうだ。この話を聞いて試さないような者は料理人として失格だ。
新しい味への挑戦を忘れた料理人は一流とは言えない。
「だったら、スパイスにしてみたらどうかと考えたのじゃ」
たしかに、スパイスの多くは味が個性的すぎて、それ単品で食べたら不味いものが多い。
師匠の考えはすごく理にかなっている。
普通に考えたら、スパイスしか利用法がないじゃないか。
それに俺もジェボンさんも気づけなかった。
これが師匠と俺たちの格の差だ。
「色々試したんじゃが、シチミ・パウダーとの相性が抜群でのう」
シチミ・パウダーの良さを最大限に引き出す。まさに支援魔法のような効果をもつダイコーン草だ。
「言うならばハチミ・パウダーじゃ。縁の下からシチミを支えるダイコーン草。こりゃ、爆発的に流行るじゃろう」
シチミ・パウダーもダイコーン草も入手しやすい素材だ。しかも、ダイコーン草はポーションづくりの出涸らしで十分。むしろ、師匠が言うには出涸らしの方が味が良くなるそうだ。
「ハチミ・パウダーが流行するのが目に見えるぞえ」




