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93 サプライズ

 ファンドーラ武具店を後にした俺は、ニーシャに【通話テル】で話しかける。


『ニーシャ、今大丈夫か?』

『ええ、平気よ。どうかしたの?』

『今、リンドワースさんにシャープネス・オイルを売ったところだ。売上金の5千万ゴルは【共有虚空庫シェアド・インベントリ】に小袋ごと入れておくから、好きに使ってくれ』

『ありがと。めぼしい物はどんどん買っておくわ』

『ああ、その調子で頼む。俺はまたダンジョン潜ってくるな』

『ええ、気をつけてね』


 【通話テル】を終わらせた。

 ニーシャに言ったとおり、俺は約束の時間まで例の周回だ。3周は回れるかな?


   ◇◆◇◆◇◆◇


 ニーシャとの【通話テル】を終わらせた俺はあれからシャープネス・オイル集めのダンジョン周回を行い、3周してきた。

 なので、仕入れたのは6本。

 朝の分と合わせると計9本。

 しばらくはシャープネス・オイルに困ることはなさそうだ。


「お待たせ」


 俺がリビングで待っていると、ニーシャが帰ってきた。


「どうだった」


「掘り出し物は結構あったんだけど、これぞっていう目玉になるものはなかったわね。それに遺物アーティファクトの相場は大体理解したわ」

「さすがに目玉商品は自分たちで潜って取ってくるしかなさそうだな」

「でも、王都も楽しみだわ」

「そうだな。王都なら凄いものもあるかもな」

「ええ、期待しているわ」


 俺がモンスターの剥ぎ取りが好きなように、ニーシャにとっては掘り出し物を探すことが好きなんだろう。

 嬉々とした表情を浮かべている。


「じゃあ、そろそろ行こうか」

「ええ、いいわよ」


 俺はニーシャと手をつなぎ、【転移トランスポーズ】を唱える――。


 ――転移したのは王都の裏路地。人目につかない場所だ。

 他人に気づかれにくい場所を選んだのだが、近くに気配を感じる。


「ワンッ」


 誰かいるのかと警戒したが、野良犬だったので安心した。


「ビックリさせて済まなかったな」


 驚かせてしまったお詫びに、【虚空庫インベントリ】からファング・ウルフの串焼きを取り出し、野良犬に与える。

 串ごとだと危ないので、肉を串から外してやり、汚れた手を【創造水クリエイト・ウォーター】で綺麗に洗い流す。


「アルって優しいのね」

「そうか」

「ええ、アルの長所だわ」


 夢中になってファング・ウルフ肉にかぶりつく野良犬を後に、俺たちは裏路地を離れ、表通りに出る。


「じゃあ、俺はジェボンさんの店に行ってくる」

「私は露天や遺物アーティファクトショップを回ってくるわ」


 それから、俺とニーシャは二手に別れた。

 ニーシャは商業区へ向かい、俺は貴族街に隣接する地区へ向かう。


 表通りをしばらく歩く。

 約一週間ぶりの王都だけど、なぜか懐かしい気がした。

 人通りが多いのだが、パレトほど猥雑ではない。


 王都はパレトと比べて、冒険者の比率が少ない。

 それゆえであろう。


 一人でしばらく歩き、目的地である赤レンガの一軒家へ到着した。


「いらっしゃい、アル坊」

「お待たせしました、ジェボンさん」


 店の入口に立っていたのはこの店の総料理長グランシェフであり、料理に関する俺の兄弟子であるジェボンさんだった。

 長身で顔立ちも整っており、白衣のコック姿がとても似合っていた。


「まだ約束の時間前だから、気にすることはないよ」


 そう言ってくれるが、兄弟子を待たせてしまったことは申し訳なく感じる。

 そう思っていると、ジェボンさんが話しかけてきた。


「まあ、中に入ってよ。今日はサプライズがあるからね」


 ニヤニヤと悪巧みをしている顔だった。

 気になるけど、尋ねても答えてくれないだろう。

 前を進むジェボンさんについて、店の奥の方へ進んでいく。

 時間帯のせいで、客はまばらだった。

 そして、店の最奥の個室へと案内された。


 最上客を遇するための個室だ。

 そんな場所に案内されたことで、俺は嫌な予感がした。

 このまま、Uターンして帰りたいところだけど、そういう訳にもいかない。

 俺はジェボンさんの後について、個室に入った。


「師匠っ!」


 個室に一人座り待っていたのは、宮廷料理長でもあり、俺の料理の師匠でもあるランガース師だった。


 ランガース師に師事していたのは8歳の頃だが、カーチャンは「突発性ランガース師の料理を食べたくなる病」の発作を度々起こすので、それ以降も半年に一回くらいは会っていた。


「おうっ、アル、久しいのぅ」


 師匠が立ち上がって、俺の元に歩み寄ってくる。

 師匠は身長2メートル超えで、岩石のような筋肉の鎧を身にまとっている。

 まるで鬼族のような体躯だが、師匠は普人種だ。

 四十歳を超えているはずなのに、まだまだ若々しい。


 料理人というよりは前衛で大剣を振り回す冒険者と言った方がピッタリの姿だが、実際、師匠はAランク冒険者でもある。

 高級食材の多くはモンスターの肉や卵だ。

 「欲しい食材が手に入らなければ、自分で取りに行く」が信条の師匠。

 その強さは伊達ではない。

 サラマンダーくらいだったら、ソロで狩ってしまう腕前だ。


 硬くて大きいその手とガッシリと握手を交わす。


「まあ、話は座ってからだ」


 俺とジェボンさんが並んで座り、対面に師匠が座る配置だ。


「ご無沙汰しております」

「ジェボンから話は聞いておるぞ。王都に来てるなら、なぜ顔を見せん?」

「それは――」


 俺は家を出てからの経緯を師匠に説明した。

 勇者の息子ではなく、ただのアルとしてやっていきたいこと。

 だから、勇者の息子だと周囲にバレないようにしたいこと。

 ニーシャという商人の相方を得たこと。

 王都ではなく、パレトに拠点を構えたこと。

 あと3週間ほど後に遺物アーティファクトを主体とした店を立ち上げること。

 などなど。


「そういうわけで、師匠には一人前になったら会いに行こうと思ったんですよ。まだ半人前の自分ではとても合わせる顔がなくて…………」

「そうか」


 師匠は腕組みをして考え込む。


「アル坊の事情は分かった。じゃが、困った時はすぐに儂を頼るんじゃぞ」

「はいっ!」


 師匠はやっぱり師匠だった。

 料理に関しては容赦無い厳しさだけど、それ以外に関しては優しく頼りになる存在だ。

 師匠は俺が憧れる人の一人だ。

 俺も師匠のような立派な大人になりたい。


「それにアル坊のことは儂もおおっぴらにはせんから安心せよ」

「ありがとうございます。そうしていただけると助かります」

「ただし、条件がある――」

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