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92 シャープネス・オイル5

 今回作るのはナイフで、鋼鉄のインゴットを用いる。

 普段のリンドワースさんは純鋼鉄ではなく、鋼鉄が主成分の合金を用いている。

 しかし、今回はテストということで、純鋼鉄を用いることにしたのだ。

 リンドワースさんが言うには合金の方がオイルが馴染みにくく難易度が高いんだそうだ。


 リンドワースさんが炉に鋼鉄のインゴットを入れて熱する。


 頃合いを見計り、赤熱したインゴットを炉から取り出し、鉄床に載せる。

 そして、インゴットに一滴、大体0.5ccのシャープネス・オイル垂らす。

 オイルがインゴットに垂れた瞬間、黄色い光を発し、オイルはインゴットに全体に広がっていく。


 リンドワースさんは魔ならしと同じ要領で、魔力を込めた槌でインゴットを叩いていく。

 本来なら魔力が通らない卑金属の鋼鉄だけど、シャープネス・オイルが媒介となって、鋼鉄に魔力が染みこんでいく。


 叩いて伸ばしては折り曲げる。

 その繰り返し10回。


「よし、オイルが満遍なく馴染んだはずだ。後は打ち出していくだけだ」


 見ていた俺は【魔力探知マナ・サーチ】を発動して魔力の流れを注意深く観察していた。


 最初は表面を覆っていたシャープネス・オイルだけど、リンドワースさんが槌を振るう度にインゴットに浸透していき、今では全体に満遍なく交じり合っている。


 その様は、魔ならしで魔力をインゴット全体に染み渡らせるのと同じ手法だ。

 つまり、魔ならしを十分にマスターしていないと、シャープネス・オイルを使った付与は出来ないってことだ。


 それにしても、リンドワースさんの槌さばきは凄かった。速くて、ムダがない。

 こうやって今打ち出していくのも、ためらいなく次々と打ち出していく。

 俺はここまで流麗に槌を振るうことが出来ない。

 じっと目を凝らし、リンドワースさんの一挙手一投足を見逃さないように賢明に観察を続けた。


「よしっ、とりあえず完成だ」


 打ち出し始めてから10分ほど。

 リンドワースさんは、赤熱したナイフを水槽に浸し、焼入れを行う。

 後は、ヤスリがけが残っているが、とりあえずは完成だ。


「ほら、アル」


 リンドワースさんは十分に冷めたナイフを俺に手渡す。


「試してみな?」

「俺でいいんですか?」

「せっかく譲ってもらったんだ、最初はアルに試して欲しい」

「分かりました。では」


 俺はナイフを手に持ち、軽く魔力を込める。

 するとナイフの刀身が黄色い光を発する。

 【切味上昇キーン・エッジ】特有の黄色い発光だ。


 途端、どっと歓声が沸く。


「すげー、本当に鋼鉄に付与がついた」

「一発成功とは、さすが師匠」

「これは革命的なことじゃないか?」

「この武器が市場に出回ることを考えてみると……」


 ギャラリーはざわめいているが、リンドワースさんは落ち着いた様子に見える。

 もっと興奮するかと思ったけど、以外に冷静そうなリンドワースさんだった。


「次は試し切りだ」


 リンドワースさんの言葉に従い、俺たちはぞろぞろと部屋の隅へ移動する。


 部屋の隅には白い1メートル四方の立方体が置かれていた。まるでデカいトゥフのようだ。


「これは?」

「これは『試金塊』という遺物アーティファクトだ。武器の試し切りに使うものだ。斬りつけてもしばらくしたら元に戻るのだ。それで切れ込みの深さで武器の威力を図るのだ」

「へー、便利なものがあるんですね」


 俺はその『試金塊』に触れてみる。

 ブヨブヨと弾力に富んでいる。


「これもアルに試してもらおうか。強化なしと強化ありの場合の切れ込みの差を測ってもらおう」

「これ、真っ二つにしちゃっても大丈夫ですか?」

「さすがにそれはないと思うが…………アルならやりかねないかもな。ここは私が代わっておこう」


 俺からナイフを受け取ったリンドワースさんが構える。


「まずは魔法付与なしの状態で斬り下ろしてみる」


 リンドワースさんが『試金塊』にナイフを振り下ろす。

 勢い良く振り下ろすが、3センチほどの浅い傷をつけたところで止まってしまう。

 リンドワースさんがナイフを引き抜くと、『試金塊』は自然にくっつき、元の状態に戻った。

 ほう。武器の強さが図れる便利な遺物アーティファクトだな。


「次は突きだ」


 リンドワースさんがナイフを『試金塊』に水平に突き刺す。

 今度はたった1センチばかり。穂先が少し食い込んだだけだった。


「いつも作っている武器とだいたい同じ性能だ。じゃあ、次は【切味上昇キーン・エッジ】を発動してみよう」


 リンドワースさんがナイフに魔力を込めると、ナイフの刀身が【切味上昇キーン・エッジ】特有の黄色い輝きは放ち始める。


「えいやっ!」


 掛け声とともにリンドワースさんがナイフを振り下ろす。

 今度は10センチほどに深い切れ込みが入った。


「「「「「おおおおおおっ」」」」」」


 どっと歓声が湧いた。

 リンドワースさんはそれを気にした様子もなく、次の動作に移る。

 リンドワースさんが水平に突きを放つと、ナイフの刀身は『試金塊』に半ばほどまで埋まる。


「「「「「おおおおおおっ」」」」」」


 またまた、歓声があがる。


「すげえな」

「ああ、すげえ」

「鋼鉄製でも【切味上昇キーン・エッジ】ひとつで、ここまで変わるのか」

「コイツが量産されたら……」

「ああ、魔の6階層がだいぶ楽になるな」


「予想以上の性能だな」


 周りを気にせず、冷静に告げるリンドワースさん。

 しかし、口角が少し上がっている。

 内心は喜んでいるのだけど、弟子の手前控えているのだろう。


「ええ、【切味上昇キーン・エッジ】は元の素材がいいほど効きが悪くなりますからね。逆に卑金属の方が効果は大きいのでしょう」

「ああ、そうだな。なにはともあれ、これでシャープネス・オイルの性能は証明された。あらためて、お礼を言うよ」

「俺も6層以降で手こずっている冒険者を見ましたしね。彼らもきっと喜ぶことでしょう」

「ああ、しばらくは休む暇もなさそうだ」

「シャープネス・オイルは俺が使う分を考慮しても、まだ余りがありますから、足りなくなったら気軽に声をかけて下さいね。

「かたじけない。だが、助かることは事実だ。その言葉に甘えさせてもらおう」


 あらためて握手を交わし、他の職人たちにも別れを告げる。「いつでも遊びに来いよ」と嬉しい返事を頂いた。

 俺が工房の出口へ向かうと、一人の少女が後を追ってきた。


「どうかしましたか、ナナさん?」

「また、いらした際には是非、お話させて下さいね」

「ええ、俺で良ければ」

「約束ですよ?」

「はい、覚えておきます」


 そんな感じでナナさんに手を振って見送られながら、工房を後にする。

 帰宅する前に、一応店舗の方に顔を出すことにした。

 いるかどうか分からないけど、アイリーンさんに声をかけておこうと思ったのだ。


「あっ、アイリーンさん」

「どうかなさいましたか?」


 アイリーンさんは店舗に入ってすぐの場所にいた。


「帰る前にひと言挨拶をと思いまして」

「あらあら、それはわざわざありがとうございます」

「いえ、こちらこそ買い取っていただいて嬉しいです。あの調子ですと、リンドワースさんはすぐに使いきっちゃうでしょう」

「あの量ですけど、彼女ならそうかもしれませんね」

「また、すぐに追加注文が入ると思いますので、お金の用意をおねがいしますね」

「ええ。予算を組み直さなければならないですね」

「お手数をおかけします」

「いえいえ、その分利益があるのですから、喜んでやりますよ」

「そう言っていただけると助かります」

「ところで?」

「なんでしょう?」

「アルさんはお暇な日ってあるでしょうか?」

「ああ、しばらくは開店準備で忙しいですね」

「でしたら、開店して落ち着いたらで構わないのですが、二人で食事でもいかがですか?」

「えっ!?」


 年上の綺麗なお姉さん。

 しかも、俺とひと回りも違わない若さで店長を任されるほどの実力。

 そんな優れた人が、俺を食事に誘ってくれるなんて。

 いや、これはいわゆる接待ってヤツだ。

 うん、そうに違いない。


「それって、ノヴァエラ商会のアルへのお誘いでしょうか? でしたら、相棒のニーシャに確認を取ってからにしますけど」

「いいえ、肩書とか抜きにしたアルさんへのお誘いです。私もここの店長のアイリーンではなく、ただの一人の女性アイリーンとして誘っているのです」

「……………………あのぉ」

「はい? なんでしょう?」

「これって、ひょっとしてデートのお誘いっていうヤツですか?」

「ええ、そうですよ」

「俺はこんな年下ですよ」

「恋愛に年齢は関係ないと、私は思いますよ」


 アイリーンさんはニッコリと笑顔を向けてくる。

 たまらなく魅力的な笑顔で、俺はそれだけでコロッと心を持って行かれた。


「分かりました。開店が一段落して、落ち着いたら一緒に食事に行きましょう」

「ええ、お引き受けありがとうございます」

「ただ、俺はこの街に来て日も浅いですし、お店はアイリーンさんにお任せしてもよろしいですか?」

「ええ、もちろんです。楽しみにしていますよ」

「それじゃあ、また、よろしくお願いします」


 俺は恥ずかしさのあまり、真っ赤になってしまったので、逃げるようにしてファンドーラ武具店を後にした――。

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[一言] アル・・・浮気はいかんよ?。
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