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91 シャープネス・オイル4

 アイリーンさんが去って、張り詰めた緊張感がなくなると、皆が一斉に俺のところへ集まってきた。

 順番に名乗りを上げて、俺に握手を求めてくる。

 そして、最後の番はアイリーンさんを呼びに行った普人種の少女だった。

 やはり、工房内には序列があるのだろう。


「ナナと申します。私もいつかあのミスリルナイフみたいな武器を作れるようになります」


 「なりたい」ではなく、「なります」と断定だった。

 その意気込みに、俺は心を打たれた。


「頑張ってね。君はリンドワースさんの弟子なんだよね」

「ハイっ。まだ弟子にさせていただいたばっかで、序列も一番下の未熟者ですが」

「リンドワースさんの言うことを聞いてれば、君も自分がなりたい鍛冶師になれるから」

「ハイっ。ありがとうございます」


 俺はナナと固い握手を交わした。

 見た目は可愛い少女なのに、その手は毎日槌を振るう人間の手だった。

 それにハツラツとした態度。

 俺は彼女に好感を抱いた。

 彼女には立派な鍛冶師になってほしいと思う。


 ナナさんか。

 また交流する機会があるといいんだけど。


 突発握手会みたいになっちゃったけど、俺はカーチャンで慣れている。

 カーチャンとどっかに行くと突発握手会やら突発サイン会が始まることがしばしばあったし、そのお零れで俺も巻き込まれたなあ、としみじみ思う。


 あの頃はみんな「俺」と握手したいんじゃなくて、「勇者の息子」と握手したかったんだ。

 でも、今は違う。みんな「俺」と握手したいんだ。

 そう思うと、新鮮で悪い気はしなかった。

 エノラ師のもとで挫けずに修行を乗り越えた甲斐があったな。


 俺は一人ずつ順番に挨拶と握手をこなした。

 みんな俺と握手して喜んでくれている。

 しかし、人数が多すぎて、さすがに全員の名前は覚えきれない。

 最後の一人が終わり、みんな自分の持ち場に戻っていった。

 リンドワースさんはというと、ニヤニヤと笑いながら、シャープネス・オイルの瓶に頬ずりしている。


「あの、リンドワースさん?」


 声をかけてみると、笑顔を貼り付けたまま、リンドワースさんはこちらを向いた。


「ん? アル? 終わったの?」

「ええ、終わりましたよ」


 俺の言葉を聞くなり、テーブルに瓶を置くなり、こちらに駆け寄ってきて――そのまま、抱きつかれた。


 ドキリとする。

 身長130センチほどのリンドワースさん。

 そんな彼女が上目遣いで潤んだ瞳を向けてくる。


「ありがとう、アル。本当にありがとう」


 リンドワースさんが真剣な表情でお礼を述べる。


「どっ、どうしたんですか一体?」


 リンドワースさんに密着され、動揺する俺。


「嬉しかったんだよ。シャープネス・オイルを譲ってくれたこともそうだけど、アルが『脱初心者を助けたい』っていう私の願いに共感して、手助けしてくれたことが嬉しかったんだよ」

「……………………」


 リンドワースさんは感極まったのか、涙を流しながら、話し続ける。

 小柄な体躯のリンドワースさん。

 顔を俺の胸のあたりに埋め、ギュッと抱きしめている。

 鍛冶で鍛えた身体だけど、こうやって密着されると女性ならではの柔らかさを感じる。

 特に、腹部に押し付けられてる、2つの女性特有の存在が。

 カーチャンにはしょっちゅう抱きつかれていたけど、それ以外の女性にやられた経験はほとんどない。

 慣れない体験に、俺はドギマギしてしまう。


「最初は周りに反対されたんだ。せっかくいい腕を持っているんだから、もっと強い武器を作るべきだと」

「……………………」

「他の工房にはどこも断られた。高位の武器を作るんだったら、雇ってやるよって。私の考えに理解を示してくれたのは、ここファンドーラ工房だけだったんだ」

「……………………」

「アルの話を聞いて、そのときのことを思い出しちゃったよ」

「……………………」

「まだ出会ったばかりの私の考えを尊重してくれてありがとう。本当に嬉しかったんだ」


 リンドワースさんは俺の身体に両腕を回し、キツく抱きしめてくる。

 リンドワースさんの身体の柔らかさと香ってくるいい匂いに俺はドキドキする。

 そして、周囲の視線に気づき、恥ずかしくって顔が赤くなる。


「あっ、あの、リンドワースさんの気持ちはよく分かりました。僕もそう思ってくれて嬉しいです。でも、みんな見てますし、この格好はちょっと……」


 俺に言われて、リンドワースさんはハッとした表情をする。


「ああ、スマン。つい、興奮してしまって」


 リンドワースさんは慌てて俺から離れる。


 こちらに注目していた周囲の皆々が好き勝手に呟く。


「師匠は感情の起伏が激しいんからな」

「以前も弟子入りさせろって言ってきた貴族のボンボンのこと殴り倒しちゃったしな」

「俺、師匠が泣くところ初めて見た」

「ああ、俺も師匠に抱きつかれてえ」

「私はアルさんに抱きついてもらいたいです」


 最後のセリフはナナさんからだった気がするけど、気のせいだろうか。


「コホン」


 リンドワースさんが咳払いひとつで場の空気を元に戻す。


「醜態を晒してしまったな」

「いえ、俺も嬉しかったですよ」

「そうか、そう言ってもらえると助かる」

「それより、一本打ってみませんか?」

「そうだな、そうしよう」

「俺もリンドワースさんの仕事ぶりを近くで見てみたいですし」

「そっ、そうか。せっかくだから、弟子のみんなにも見せてやろう」

「そうですね」

「おーい、みんな集まれ〜」


 リンドワースさんに呼ばれ、嬉々とした様子で皆が集まってくる。


「これから、シャープネス・オイルを使って鋼鉄のナイフを作る。私も師匠が作るところを見ただけで、自分で打つのは初めてだ。失敗するかもしれないけど、ちゃんと見ておけ。失敗したら、どうして失敗したのか、考えてくれ」

「「「「「はいっ」」」」」


 それからリンドワースさんはシャープネス・オイルや3種のオイルの話をし、その使い方を説明した。


「いいか、分かったか?」

「「「「「はいっ」」」」」

「よし、では始めるぞ」

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