9 スティラ
――俺は強い衝撃を受けた。
セーラー服と長いソックス。
この組み合わせがこれほどまでに着用者の魅力を引き出すものであるとは……。
既存のモノを組み合わせることによって、まったく新しいモノが生まれることは、モノづくりをする者であれば誰でも知っているであろう。
セーラー服もソックスも、俺は両方とも知っていたし、作ったこともある。
だが、この2つを組み合わせるという発想は、俺の中にはまったくなかった。
天才だ……。
これを考えた人は紛れもない天才だ。
興奮のあまり、叫びたくなってしまうほどだった。
さすがは王都だな。やはり、エルディアを旅先に選んだのは正解だった。
歓喜に打ち震えながら少女に見惚れていたら、俺に気づいたのか、視線を挙げた彼女と目があった。
ヤバい。
ただでさえ門前払いをくらう可能性が高いっていうのに、不審な相手だと思われるのはなんとしても避けたい。
俺はとっさに少女に声をかけた。
「ねえ、ちょっと良いかな?」
「はい、なんでしょうか?」
これまでの商会では、俺の姿をひと目見るなり、「ここはお前みたいなガキが来る場所じゃない」と、取りつくしまもなかった。
しかし、この少女は俺を見て、ニッコリと笑みを浮かべたまま、小首を傾げるような反応を返してきた。
俺の本音としては、彼女の格好について問いただしたいところだ。
しかし、いきなりの初対面でその質問がマズイものであるという常識くらいは持ち合わせているから、本来の目的に従うことにした。
彼女の好感触に良い答えを期待しながら、俺は薬草の売却を申し出た。
「申し訳ありませんが、それはできないんです」
だが、帰ってきた答えはキッパリとした否定だった。
「その様子ですと、他の商会からも断られたのではないですか?」
「ああ、その通りだよ」
「ゴメンナサイね。ウチだけじゃなく、ココら辺の商会は他の商会や店を相手に商売しているんですよ」
少女は気落ちする俺を気づかうように、理由を説明してくれた。
「商売は信用が第一ですからね。商会は大きな商いを取り扱いますので、どうしても身元のはっきりした方でないと相手できないんですよ」
信用か――。
どうりで、カーチャンと一緒のとき対応が違うわけだ。
元勇者っていう肩書きなら、信用としては十分だ。
「どなたかのご紹介があれば、取り次ぎできるのですが……」
「いや。今日、王都についたばかりだ。知り合いなんていないよ」
カーチャンのコネを使う気もないし。
「でしたら、申し訳ありませんが……」
「うん。わかったよ」
「ご納得していただけたようですね」
「ああ、納得だ。それに、こんな格好してるしな」
先ほどから、彼女の視線でなんとなくは察していた。
どっからどう見ても、普通の旅人という服装の俺だ。
ツテもなさそうな若い旅人にしか見えないし、信用なんて皆無だろう。
「確かに、身なりも大事ですね。失礼ですけど、その格好ですと……」
「ああ、わかってるよ」
言われてみれば、彼女に限らず、この辺りの商会に出入りしている人々は、商会側も客たちも、街中を歩く人々よりも整った身なりをしているな。
なるほど、人々が着飾るのは信用を得るため、っていう動機もあるのか。勉強になった。
「もし、可能でしたら、身なりをあらためてから、再度お訪ねいただければ――お話だけでも伺うことはできますけど?」
「いや、大丈夫だ。それより、こんな俺でも相手にしてくれる店を教えてもらえないかな」
一瞬、少女の提案に乗るのも手かな、と思った。
【虚空庫】の中には、それっぽい服やアクセサリーも入っている。
だから、少女の要求を満たすような格好をしようと思えば、できることはできる。
けどまあ、それはなんか違う気がする。
俺は昨日旅を始めたばかりの立場だ。
身の丈にあったやり方でやっていきたい。
急ぐ必要も、焦る理由もないんだから。
少女は親切に、俺のような一見の旅人でも相手にしてくれる店々が集まっている区画を教えてくれた。
「いろいろ教えてくれてありがとう」
「いえいえ。これも仕事のうちですから」
「そういえば、掃除の最中だったね。邪魔しちゃってゴメン」
「わざわざお気遣いありがとうございます。でも、本当に平気ですから」
「俺はアル。今はこんなんだけど、そのうち商会とも取り引きするようになるから、そのときはココを贔屓にさせてもらうよ」
「申し遅れましたが、ファンドーラ商会のスティラと申します。お待ちしておりますので、その際は是非ともよろしくお願いいたします」
最後まで丁寧に応対してくれたスティラに別れを告げ、教えてもらった区画を目指して俺は歩き出した。
いい子だったな。
商会の感じも良さそうだったし。
モノづくりが順調にいったら、取引先はファンドーラ商会で決まりだな。
門前払いされた商会にはいくら大金を積まれても絶対に売ってやらないもんね。
いい気分で通りを進み、しばらく経ってから、俺は浮かれていた自分が犯した痛恨の失態に気づいた――。
「あっ、スティラに服装のこと聞くの忘れてた……」
◇◆◇◆◇◆◇
スティラに教えてもらった区画には、さまざまな店々が軒を連ねていた。
画一に区分けされた商会地区とは異なり、店の大きさも大小入り乱れ、取り扱っている品も多種多様だ。
人通りも多く活気にあふれている。ただ、スティラが言っていたように、通りを歩く人々が身に着けている服装の品質はあまり高くない。
これなら、ただの旅人にしか見えない俺でも相手にしてくれそうだな。
そう安心しながら、通りをさまよい、薬草を買い取ってくれそうな店を探し歩いた――。
実のところ、薬草売却に関して、スティラが最初に薦めてくれた場所はギルドだった。
同業者の集まりであるギルドには、冒険者ギルド、鍛冶師ギルド、料理人ギルドなどいくつかのものがある。
ギルドに売却するのであれば、手数料を引かれる分利益は多少減るという短所はあるが、価格は安定しているし、ダマして買い叩かれるということもないので、ツテがないならオススメだ、とのことだった。
薬草を売るなら、素材なら基本的になんでも買い取ってくれる冒険者ギルドか、ポーション素材に限って買い取ってくれる調合師ギルドだそうだ。
今後のことを考えても、どちらかのギルドに加入してはどうか、とスティラには勧められた。なにをしていくにしろ、ギルド加入は身分証を確保できるなど、さまざまなメリットがあるからだ。
これからも薬草やモンスター素材を収集し売却していくつもりなら冒険者ギルド、ポーション作りなどの調合を続けていくつもりなら調合師ギルドに加入するのが良いだろうと。
確かにそういったメリットはありがたい。それに、手持ちこそないものの、お金にはそんなに困らないだろうから、手数料の存在は俺にとってはたいした問題ではない。
だが、現時点ではギルドには加入しない途を俺は選んだ。メリットに比べてデメリットが多すぎるからだ。
俺にとってギルド加入のデメリットは、ノルマがあることや規則・制約などいくつかあるが、大きなものはふたつだ。
まずひとつめは、何度も言ってる身分バレだ。
冒険者ギルドのギルドマスターは、カーチャンの魔王退治にも同行した元パーティメンバーで、俺も何度かあったことがある。
調合師ギルドの方も、俺の知り合いこそいないが、カーチャンの知人がいっぱいいるはずだ。
どちらのギルドにしろ、俺のことを知っているのは上層部の人間で、新たに加入した末端の新人までチェックするほど暇だとは思えないが、どこでどうバレるかわからない。
他に選択肢がないならともかく、今の時点で危険を犯す必要はないだろう。
そして、もうひとつのデメリット。
これはまあ、俺自身の好みの問題だ。
ギルドというのは、所詮人々の集団だ。
いくら同業者の集まりとはいっても、人が集まれば意見は割れる。
そうして派閥ができるし、集団に属するということは、そういった人間関係のしがらみに縛られることだ。
個人同士のつき合いなら問題がない相手でも、立場や利害が絡むと人は変わるし、いろいろとメンドくさいことも起きる。
そういう話をカーチャンから散々聞かされてきた。
カーチャンが勇者に嫌気が差した理由のひとつがこういったものだった。
それに、人々がいかに他人を立場や肩書きでみるか、そのことは元勇者の息子をやってきた俺は痛いほど知っている。
だからこそ、俺は肩書きを得たくないんだ。
俺は「ただのアル」でいたい。「ただのアル」としてモノづくりをしていきたいんだ。