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88 シャープネス・オイル

 午前11時。

 俺はダンジョンを脱出した。


 2時間ほどで得た成果はシャープネス・オイル4本だ。

 13階層と27階層の隠し部屋を回るコースを2周して得たのだ。

 今日はニーシャがいないので、俺本来のスピードでかっ飛ばすことが出来た。

 おかげで、この短時間で2周できたのだ。


 ダンジョン内の宝箱の中身は時間が経過すると復活する。

 通常は1時間から1日ほどで復活する。

 それに通説として言われているのが、よく開けられる宝箱ほど復活に時間がかかり、逆に長期間開けられていない宝箱はすぐに復活する傾向があるということだ。


 隠し部屋の宝箱は今まで知られていなかったので、1時間以下で復活していた。

 おかげで2個ずつ入手出来た。

 これで計6本のシャープネス・オイルが手に入ったわけだ。


 俺がシャープネス・オイルを集めた理由は2つ。

 ひとつ目はもちろん、自分で使うため。


 もうひとつは――。


 俺はファンドーラ武具店を訪れていた。

 昼前のこの時間帯なのに、店内は賑わっていた。


 剣を握り、試しに素振りしている者。

 ナイフを手に取り、価格表を凝視している者。

 店員の説明に熱心に耳を傾ける者。


 俺は近くにいた女性店員に話しかける。


「おはようございます、アルと言いますけど、リンドワースさんはいらっしゃいますか?」


「おはようございます。私はアイリーンと申します。お話は伺っておりますので、工房の方へご案内いたします」


 黒髪のショートカットがよく似合う。細身だが快活な感じの若い女性だ。

 アイリーンさんに従い、工房へ向かう。


 綺麗な歩き方だ。

 重心移動にブレがない。

 何かしらの武術の心得があるのだろう。


「アルさんは凄いですね」


 アイリーンさんは賞賛の念を込めた視線を送ってくる。


 いきなり褒められて面食らった。

 勇者の息子をやっていた頃はよくあった経験だ。

 俺が勇者の息子だと知ると、俺のことなんかなにも知らないくせ、何くれとなく褒めそやされたものだ。


 だから、褒められるのは慣れている。

 しかし、ただのアルになってから褒められた時の気持ちは、以前とは違う気がする。


 以前は俺である必要がなかった。

 勇者の息子だから褒められたのだ。

 だけど、今は違う、アルという一人の人間として褒められたのだ。

 そのことが無性に嬉しくて、顔に出さないようにするのに必死だった。

 俺は声が上ずらないように注意しながら、サラリと返した。


「なにがですか?」

「リンドワースさんはここに勤めてから長いですけど、工房へ通される人はアルさんが初めてですよ」

「そうなんですか?」

「ええ、弟子にして欲しいという方々がよく訪れるのですが、みんな門前払いでしたからね」

「いや、たまたまですよ」

「またまたご謙遜を」

「ホントですって。それより、リンドワースさんは弟子は採られないのですか?」

「いえ、ここの工房の者はみな、リンドワースさんの弟子ですよ。ウチの商会は他にも工房を持ってます。その中から見込みがある人だけがここに来られるのですよ」

「そうなんですか」

「ええ、リンドワースさんは弟子の指導も職人の大切な仕事のひとつと考えられるお方でして、弟子になるのは狭き門ですが、一度弟子となった者には丁寧な指導をしてくれてます」


 そんなやりとりをしていると――。


「着きましたよ」


 店舗の裏側にある工房へたどり着いた。

 入り口ドアの脇には2人の守衛が立っている。


「物々しいですね」

「ええ、高価な金属もおいてありますし、秘伝の製法もありますから」

「そうなんですか」

「ええ、結構いるんですよ、忍び込もうとする人」


 アイリーンさんの後について工房に入る。

 ムッとする熱さがこもっているだろうけど、『旅人の服(国宝級)』を着ている俺は外と同じく快適に過ごせる。

 アイリーンさんは大丈夫なんだろうか。

 心配してアイリーンさんを見ると、赤い魔石の指輪を付けている。きっと耐熱の指輪だろう。

 アイリーンさんも涼しい顔をしていた。


 それによくよく観察してみると広い部屋中、いたる所に吸熱石が設置されていた。

 贅沢な使い方だ。

 さすがはこの街一番の武具店。

 よっぽど儲かっているんだろう。


 工房内では二十人近い人が槌を振るったりと鍛冶作業に勤しんでいた。


「リンドワースさん、お客さんですよ。アルさんが来ましたよ」


 リンドワースさんの近くまで行き、アイリーンさんが大きな声で話しかける。

 工房内は槌を叩く音などが鳴り響き、やかましい喧騒に包まれていた。

 こうでもしないと声は届かない。


 槌を振るっているリンドワースさんはこちらを振り向かず、槌を持っていない方の手を挙げる。

 槌を振る度に揺れる、桃色のポニーテール。

 その小さな体躯からは想像も付かない、力強い槌音。

 やっぱり、槌を振るうその後ろ姿は凛々しく美しい。

 ついつい、見とれてしまう。


「申し訳ございませんが、取り込み中のようです。一段落するまで、お待ちいただけますか?」

「ええ、俺も鍛冶師ですので、気持ちは分かります。それまで待ってますよ」

「そう言っていただけると、助かります」


 リンドワースさんは振り向かなかったが、それ以外の人々が一斉にこちらを向く。

 リンドワースさんはここの筆頭鍛冶師だ。

 普段は門前払いのリンドワースさんに客人ということで気になっているのだろう。


「アルさんは弟子入りですか?」

「いえ、たまたま縁があって、その流れで一緒に剣を打つことになったんです」


 アイリーンは目を大きく見開いた。


「ホントですかっ?」

「ええ」

「それだったら、もっと凄いじゃないですか。私はてっきり弟子入りかと思ってたのですが、まさか、対等な立場で剣を打つとは思っても見ませんでした」

「いえいえ、対等なんかじゃないですよ、俺はちょっとお手伝いをするだけです」

「アルさんは謙虚なんですね。リンドワースさんは今朝からやけに張り切ってましたよ」

「そうなんですか?」

「ええ、いつもは昼前に出勤してくるのですが、今日は朝早くからやって来て、熱心に仕事しているんですよ」

「そうなんですか」


 思い当たる節がある。

 リンドワースさんの『最高傑作』だ。

 鍛冶師は自分が打った剣を我が子のように思う。

 大事に使われ、活躍することを願う。

 『最高傑作』とまで言う剣であれば、その思いはひとしおだろう。


 しかし、師匠には叱られ、「誰も使えない」と諦めていたところ。

 その剣がカーチャンに実際に使われ、気に入られていた事を知ったんだ。

 そのせいで、今はやる気にあふれているんだろう。


「アルさんは、剣の共同制作のためにお越しになったんですか?」

「いや、今日は別件です」

「あら、そうなんですか」

「ええ」


 そんな会話をしている内に、リンドワースさんの仕事も一区切り着いたようだ。


「待たせたな」


 リンドワースさんは槌を置き、立ち上がってこちらを振り返る。


「では、私は戻りますので。また、機会があったらお声かけ下さいね」


 笑顔でそう言い残して、アイリーンさんは去って行った。


「二日酔いは大丈夫か?」

「ええ、カーチャンに鍛えられてますから」


 酒豪で有名なドワーフ王を相手に飲み比べで勝っちゃうカーチャン。

 そんな、カーチャンの飲み相手を務めてきたから、俺自身もそれなりに酒には強くなった。


「まさか、昨日の今日で来るとは思っていなかったが、取り合えず忘れないうちにこれを渡しておこう」


 一枚の紙のカードを手渡された。

 リンドワースさんはのサイン入り。


「これを工房の入り口に立っている守衛に見せれば、ここに入れてくれる」

「ありがとうございます」


 しかし、「昨日の今日で来るとは思っていなかった」といっている割には、きちんと入場証を用意してくれているあたり、リンドワースさんの人柄が現れているな。


「今日来たのは、リンドワースさんに伝えたいことがありまして。それで急いできたんですよ」

「ほう?」

「実はこんなものを入手しまして――」

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