85 鑑定眼1
「おはよ〜」
「おはよ、顔色悪いけど大丈夫?」
階段を降りてきたニーシャはゾンビのような顔色で、気分が悪そうに足元もフラついていた。
ニーシャは作業台の側にある椅子に座り、ぐでーっと状態を作業台の上に投げ出した。
「うーん、最悪」
「二日酔いだよね?」
「多分」
「じゃあ、【解毒】――」
「…………。ありがと、嘘みたいに楽になったわ」
「よかったね。はい、お水」
【虚空庫】から取り出したコップに【創造水】と【創造氷】で氷水を作って、ニーシャに手渡す。
ニーシャはなんとか顔だけ起こして、コップを受け取った。
「ありがと」
「もう少しで終わるから、ちょっと待ってて」
「うん」
ニーシャはコップの水を飲みながら、俺の手元を観察している。
ヤスリをかけてるだけなのに、見てて楽しいのだろうか。
それから5分ほどで、ヤスリがけも終わった。
「よし、完成っと」
「ミスリルナイフ(特級)、付与魔法は【切味上昇】。状態は極めて良好でAランク。ざっと言って200万ゴルってところね」
出来上がった達成感に浸ってナイフに見入っていると、ニーシャが鑑定結果を述べてきた。
「そんなに?」
「ええ、『紅の暁』に売ったヤツの倍はするわ」
「それにしても、そこまで分かるようになったんだ」
「ええ、レベルアップのおかげでね」
「頑張った甲斐があったな」
「ええ、アルのおかげよ」
「そうそう、どこまで鑑定できるようになったか知りたいんだった。食事しながら教えてよ」
昨日はなんだかんだで、ニーシャの鑑定がどれだけ成長したのか聞かずじまいだった。
一体、どれだけ成長したのか、楽しみだ。
俺とニーシャは2階のリビングへ向かう。
【解毒】が聞いたのか、下りてきた時に比べたら、しっかりとした足取りをしていた。
「今朝はワ食? それとも普通食?」
「久しぶりにワ食がいいわ」
「そうだね。そうしよう」
階段を登りながら、話し合う。
確かに、ダンジョンに潜った2日間は、朝が早かったこともあって、普通食だった。
今日はそんなに急ぐでもなし、ワ食を楽しもう。
ニーシャも俺と暮らすようになって、すっかりワ食に慣れたようだ。
2階リビングに着いた俺は早速、食事の支度をする。
といっても、全部【虚空庫】から出すだけだ。
【虚空庫】内部は時間による変化がないので、いつでも出来立ての状態で取り出せる。
だから、料理は時間がある時に大量に作って、全部【虚空庫】にぶち込んでいる。
寸胴鍋が何十個入っているやら。
「ご飯のお供はなにがいい?」
「今朝はTKGがいいわ」
TKGとは卵かけご飯の略だ。
以前教えたのが、気に入ったようだ。
ちなみに、俺はナトゥご飯にしよう。
「ミッソ汁の具はなにがいい?」
「うーん、今日はワッカメとトゥフでいいわ」
「じゃあ、俺もそうしよう」
こういった感じで、なにを食べたいか聞いて、それを【虚空庫】から取り出して並べるってのが、俺たちの基本的な食事準備だ。
ミッソ汁も具ごとに寸胴鍋で揃えているし、大抵のリクエストには即座対応できる。
「「いただきまーす」」
二人で合わせて食前の挨拶をする。
そして、ニーシャは卵をシャカシャカかき混ぜ、俺はナトゥをネバネバかき混ぜる。
食事中に話しかけようかと思ったけど、ニーシャが味わいながら食べるのに集中してるみたいだったから、食事を終えてから切り出すことにした――。
「「ごちそうさまでした」」
食事も終わり、俺は二人分のお茶を淹れ、あらためてニーシャに尋ねる。
「鑑定のこと訊いてもいいかな?」
「ええ、もちろん。アルには包み隠さず教えるわ。そうね、まずは――」
ニーシャがお茶を一口飲んでから続ける。
「対物鑑定はレベルBになったわ」
「ほう。いきなりすごいな」
どんなスキルでもレベルは基本敵には5段階。Eが最低でAが最高だ。
戦闘技能で言うと、レベルEはルーキー。ようやく使い方を覚えた段階だ。
レベルDで脱初心者。ダンジョン6層で戦えるくらいの戦闘力だ。
レベルCで中級。ミノタウロスと戦えるくらいだ。
レベルBで上級。ダンジョン踏破が可能なレベルだ。
レベルAは名を残すほどの達人だ。
どのスキルでもレベルAが実質トップだ。
基本的には以上の通りなんだけど、世の中には例外がいてレベルS、SS、SSSなんてのも存在する。
このレベルになるともう人外。
人間辞めてますってレベルだ。
どれくらい参考になったか自信がないけど、戦闘スキルで例えるとこんな感じだ。
「アイテムの名前や等級、効果や使用法に品質、そして、作成方法まで分かるようになったわ」
等級というのはそのアイテムのレア度を表す。
下から順に劣等級、普通級、良級、特級、国宝級、伝説級、神話級、神級だ。
品質というのはそのアイテムのコンディションを表す。
回復ポーションで言うなら、調合ギルドで売り出している初級回復ポーションと俺が作った初級回復ポーションどちらも等級は同じ普通級。ただし、品質は異なり、ギルド制はCランクで、俺のはAランク。
「作成法まで分かるようになったのはスゴいな」
これがあれば、どんなアイテムでも鑑定さえすれば、レシピが分かるのか。
これは物凄いスキルだぞ。
「それで、どの等級まで分かるようになったんだ?」
スキルレベルが足りないと、上位等級のアイテムは鑑定できない。
「少なくとも国宝級までは鑑定できたわ。あらためてこの服のスゴさが分かったわ。素材もレアアイテムばっかじゃないの」
ニーシャが着ている『旅人の服』は国宝級だ。
それを鑑定できたなら、少なくとも国宝級までは鑑定できるわけだ。
「じゃあ、これは?」
俺は【虚空庫】から精緻な彫刻が施された瓶を取り出す。
中身は薄い水色の液体が詰まっている。
「えっ!?」
「どうして?」
「いや、それ『エリクサー』じゃないの」
「鑑定できたのか?」
「ええ、よくそんなもの持ってるわね。相変わらず、アルには驚かされるわ」
俺が取り出したのは、ニーシャが言うように『エリクサー』どんな怪我や病気も直し、たとえ死んでもすぐに使えば、蘇生できるという神話級のアイテムだ。
「ということは神話級まで鑑定できるのか……。それなら現存するほぼすべてのアイテムを鑑定できるってことだな」
その上は神級しかなく、世界に数個しかないレアアイテムだ。
ほとんどが国宝となっている。例外はカーチャンくらいだ。
カーチャンもひとつだけだが、神級のアイテムを所持してる。
ニーシャのパワーレベリングで【鑑定眼】が成長するとは分かっていたけど、ここまでとはな……。
これは残りの2つがどうなってるのか楽しみだ。