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83 リンドワースさんと3

「アルくん、君も飲みたまえ」

「……………………」


 リンドワースさんが半分ほど竜の泪が注がれたグラスを俺に差し出す。

 俺が戸惑っていると、さらにリンドワースさんが続ける。


「私にとってこんなにめでたい日はない。是非、この喜びを君と分かち合いたいのだ」


 赤い目でそう言われると、俺には断れなかった。


「はい」


 俺はグラスを受け取り、高く掲げる。


「いただきます」


 とはいえ、竜の泪はアルコール99パーセント。

 お酒というより、ほぼアルコールだ。

 こんなに強いお酒を飲むのは初めてだ。

 既にエールを何杯か空けて、酔いが回っている。

 こんな状態でそれをグビッといく度胸はなかったので、軽く口を湿らせる程度にする。


 最初に襲ってきたのはカァッという熱さ。

 口の中から食道まで、痺れるほどの熱さが支配する。

 そして、その熱さが消え去った瞬間――鼻孔をツンと通り抜ける清涼感。

 まるで森林の中にある神聖な泉のごとき甘露。

 だが、それはすぐに儚く消えていく。


 ――衝撃だった。


 こんなに美味い酒は初めてだ。

 続けて二口、三口と口にする。


 極上の味わいだった。

 リンドワースさんさんが、このお酒にハマるのも分かった気がする。

 気がついたら、俺のグラスは空になっていた。


「ははっ。いい飲みっぷりだね。さすがはあの方の息子だ」

「あの話、知ってるんですか?」

「ああ、ドワーフならみんな知ってるよ」


 うわばみで有名なドワーフ王をカーチャンが飲み比べで負かした話だ。

 カーチャンは飲酒に関しても人間離れしてる。

 家でも、しこたま飲むが、酔いつぶれた姿は見たことがない。

 酔っ払って誰彼構わずに絡むくせして、決して酔い潰れはしないのだ。


 俺もよく付き合わされた。

 そのおかげで、自分のペースで飲むことを学んだ。

 カーチャンに合わせていたら、すぐに酔い潰れてしまうからね。


「もう一杯いくかい?」

「ええ、お願いします」

「ニーシャちゃんもどう?」


 ニーシャは俺が竜の泪を飲む姿を、興味深そうに見ていた。

 そのニーシャにリンドワースさんが勧めてくる。


「えっ…………私そんなにお酒強くないから……」

「軽く舐めるだけでもいいから、試してみたら」

「そうそう、アルくんの言う通り」

「えーと…………」

「いざとなったら、【解毒キュア・ポイズン】で酔い覚ましできるから」

「うん、それじゃあ、私もいただきます」


 俺はなみなみと満たされたグラスを受け取る。

 ニーシャのグラスにはほんの少し入っている。


「じゃあ、あらためて乾杯だ」


 3つのグラスがぶつかり合う――。


「おいしい〜〜〜〜」


 ニーシャは軽くひと舐めして、大きく目を見開いている。


「だろ?」

「でしょ?」


 俺とリンドワースさんの声が重なる。


「うん。ちょっと舐めただけでも分かるよ。この美味しさ。高価なのは知ってたけど、この味ならなっとくよ」

「分かってもらえて、嬉しいよ」


 リンドワースさんは我がことのように喜んでいる。

 本当にこの竜の泪が好きなんだな。


「でも、あまり出回っていないんですよね?」

「ああ、よく知ってるな。パレトで竜の泪が飲めるのはここだけなんだよ。だから、必然と行きつけになるの」


 そんなレアなお酒だったのか。


「そういえば、話の途中だったね」

「ええ、そうですね」

「話を戻してもいいかい?」

「リンドワースさんの剣の話ですよね」

「ああ、そうだ。リリア殿はあの剣について、なんて言ってた?」

「そうですねえ…………」


 俺は過去を思い出しながら話す。


「いい剣だとか、頑丈だとか、褒めていたのは覚えてます」

「そうか、そうか」

「でも、完全には満足していなかったみたいです」

「へっ!?」


 リンドワースさんは、途端にショボーンと落ち込む顔をした。

 表情がコロコロ変わるリンドワースさん。

 見ていて、微笑ましい。

 素のリンドワースさんはこうやって感情をストレートに出す素直な人なんだろうな。


「俺が一番印象的だったのは『これだけ頑丈なんだから、もっと重くすればいいのに』っていうカーチャンのセリフです」

「……………………」


 リンドワースさんは大きく口を開け、唖然とした顔で固まっている。


「もっと重くだって?」

「はい。カーチャンとしては、あれでも軽かったみたいです」

「なあ、アル」

「はい?」

「リリア殿は本当に人間なのか?」

「俺もしょっちゅうそう思う時があるんですけど、残念ながら正真正銘の人間です。勇者になる前は王都で普通の町娘をしてましたよ」

「いやはや、スゴい人がいたもんだ」

「そうですね」

「あの剣は当時の私の全力を出しきって、圧縮したんだぞ」


 剣を重くするだけなら簡単だ。

 デカくすればいい。

 しかし、リンドワースさんがやったのは、同じ体積、形状のまま剣を重くする方法だ。


 口で言うのは簡単だ。

 魔力を込めて、金属を圧縮すればいい。

 そうやって、圧縮された金属のことを魔鋼と呼ぶ。

 魔鋼づくりは、非常に難しく、出来る鍛冶師は少数だ。

 俺も魔鋼づくりは師匠から教わっていないので出来ない。


 リンドワースさんは鋼鉄を10倍以上に圧縮したものを素材として剣を打ったのだ。

 常人に出来る技じゃない。

 俺も触らせてもらったことがあるけど、とてつもなく重い剣だった。


「なあ、アル」

「はい、なんでしょう?」

「あれより重たい剣を作ったら、リリア殿は喜ぶだろうか?」

「ええ、絶対に喜ぶと思いますよ」

「私はあれから十年以上鍛冶修行を続けてきた。圧縮のスキルも成長した。今なら、より重い剣が打てると思う」

「ええ」

「アルだったら、どういう風に改良する?」

「そうですねえ…………。刃を厚くします。カーチャンの場合は刃の切れ味はどうでもいいんですよ」

「どういうことだい?」

「カーチャンの場合、風圧と衝撃波で倒しちゃうんで。だから、刃を鋭くする必要がないんですよ。それに剣先がとんがっている必要もないです。刃は厚くてもいい、だから、単純にその分重さを増やすことが出来ますね」

「なるほど…………。それを剣と呼んでいいのか、気になるところだけど、アルの言いたいことは分かった。要するに分厚くて細長い板に持ち手を着ければいいんだな?」

「ええ、そういうことです」

「なるほど。分かった。なあ、アル?」

「はい、なんでしょう?」

「よかったら、その剣を一緒に打ってくれないか?」

「ええ、それは構いませんが、どうして俺と?」

「一昨日見せてもらったミスリルナイフ。あれを見る限り、魔力量と魔力操作に関しては、私よりアルの方が遥かに上だ。最高の一品に仕上げるためには、君の協力が是非とも必要だ」

「そうですか。分かりました。微力ながらも手伝わせていただきます」

「いや、手伝うんじゃない。アルと私の共同制作だ」


 そこまで俺のことを買ってくれてるのか……。


「分かりました。あらためて、共同制作よろしくお願いします」

「ああ、こちらこそ、よろしく頼む」


 こうして、俺とリンドワースさんは二人でカーチャンにプレゼントする剣を打つことになった。


「俺からもお願いがあるんですが」

「なんだい? アルのお願いなら、大抵のことはオーケーだよ」

「暇な時で構いませんので、リンドワースさんの仕事を見学させてもらえませんか?」

「なんだ、そんなこと、お安い御用さ」

「いいのですか?」

「ああ。だってアルは私の弟弟子じゃないか。剣作りの話がなくても、もともとオーケーだよ」

「そうですか、ありがとうございます」

「私の仕事場は武具店の裏手にある。店員に伝えれば案内してくれるよう手配しておくから、いつでも遊びにおいでよ」

「はいっ!」


 俺たちの話を聞きながら、ちびちびと舐めるようにして飲んでいたニーシャは、いつの間にか机に突っ伏して眠っている。

 今日はボス狩りと急激なレベルアップで疲れているのだろう。このまま、寝かせてあげよう。


 ――リンドワースさんとあれこれ話をした。

 エノラ師の話やら、カーチャンの話やら。


 みんなに酒を振る舞ってから一時間後。

 酒場は死屍累々の有様だった。


 タダ酒ということで、高価過ぎて普段はなかなか飲めない竜の泪を皆で奪い合うように飲んでいた。

 その結果が、この有様だ。


 店員は苦笑いをしているが、いつもの何倍も売上が出たはずで、きっと内心はホクホクだろう。


「じゃあ、俺はそろそろコイツをおぶって帰りますね。リンドワースさんは?」

「私はもう少し一人で飲んでるよ」

「そうですか。では、また後日」

「ああ」

「おやすみなさい」

「おやすみ」


 こうして俺はニーシャを背負い家路を目指した。

 暗い空に映える満月が綺麗だった。

 まさキチです。


 お読み頂きありがとうございました。

 今回で第5章は終わりです。

 

 ブクマ・評価いただきありがとうございました。

 非常に励みにさせていただいております。

 まだでしたら、画面下部よりブクマ・評価して頂けますと、まさキチのやる気がブーストされますので、お手数とは思いますが、是非ともブクマ・評価よろしくお願いいたします。


 それでは、今後ともお付き合いのほど、よろしくお願いいたします。

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