82 リンドワースさんと2
テーブルに並べられていた料理が粗方片付き、リンドワースさんが2樽目を頼んだ、その頃。
俺は気になっていた疑問をリンドワースさんにぶつけてみた。
「リンドワースさん。一昨日会った時とは大分様子が違うんですけど?」
あの時はつなぎの作業着姿で立ち振舞も男勝りな職人気質だった。
それなのに、今日は可愛いワンピースを着て、しゃべり方も普通の女性のそれだ。
「ああ、それね。こっちが素なのよ。あれは営業用」
「そうなんですか?」
「鍛冶師業界では、ああしてないと舐められるんだよね」
「なるほど。仕事中のリンドワースも凛々しくて格好良かったですし、今日のリンドワースも可愛くて素敵ですね」
「なっ、な…………」
正直な思いを告げたところ、リンドワースさんの頬が赤くなっていることに気づいた。
さすがにひと樽開けるほど飲んで、酔っ払ったのかな?
「ねえ、ニーシャちゃん」とコホンと咳払いしたリンドワースさんがニーシャに話しかける。
「なんですか?」
「アルのコレって、素で言ってるの」
「はい、天然ですから」
「そう…………」
二人は分かり合ったように頷いているけど、俺にはさっぱり意味が分からない会話だった。
2樽目が届いた後、俺はふと思いついたことを尋ねる。
「そう言えば、あの剣、誰も使えない『最高傑作』はどうなったんですか? お蔵入りしちゃったんですか?」
「いや、それがな……」
リンドワースさんが言い淀む。
「言いづらいなら無理にとは言いませんよ」
「いや、少し恥ずかしいけど、まあ、アルなら話してもいいや」
リンドワースさんはグラスに満たされた酒を一気に煽り、「くはー」と息を吐く。
さすがは酒に強いドワーフだ。こんなに強い酒を一息で飲み干しても、表情ひとつ変わらない。
そして、リンドワースさんは話し始めた。
「師匠に叱られた後、こう言われたんだ『一人だけこの剣を使いこなせるかもしれない奴がいる。そいつに預けていいか?』とな」
誰にも使いこなせないと言われた剣。
それを使いこなせる人と言ったら、パッと思い浮かぶのが、カーチャン以前は世界一の剣士とみなされていた剣聖ヴェスター、南国の最速剣姫ミルカ、岩のような巨漢で怪力剣士と呼ばれるトービン、そして…………。
「でも、誰に預けるのかは教えてくれなくてな。あの剣がその後どうなったのか、私も知らないんだ」
「もしかして、その剣って超魔鋼製で両刃の直剣ですか?」
一昨日、この話を聞いたときから、俺はひとつ心当たりがあったのだ。
俺の質問に、リンドワースさんは目を見開いた。
「…………どうしてそれを?」
「俺もその剣を触ったことがあるんです。リンドワースさんがおっしゃるように、俺にはとても使いこなせなくて、まともにひと振りすることも出来ませんでしたけどね」
「ということは…………」
リンドワースさんもようやく理解したようだ。
「ええ、俺の本名はアルベルト・クラウス。先の勇者リリア・クラウスの一人息子です」
俺はこの話を振る前から、自分の正体をリンドワースさんに伝えることを決心していた。
リンドワースさんの人柄を信用してだ。
基本的に、俺は他人に正体を明かすつもりはない。
けど、自分が信頼し、向こうにも信頼してもらいたい、そういう相手には正体を教えることにした。
これはニーシャに正体を明かした時に決めた俺のルールだ。
このルールに従って、俺はリンドワースさんに正体を明かすことにしたのだ。
まず、リンドワースさんがエノラ師の弟子であること。
エノラ師は中々弟子をとらない。
鍛冶師としての素質はもちろん、人柄も重視する。
『剣は使い手によって善にも悪にもなる』
という師の言葉通り、悪しき心を持っているものはどんなに鍛冶の腕前があろうと決して弟子に採らないそうだ。
それに、リンドワースさんの現在の仕事ぶり。
脱初心者のために、あえて、高級な武器ではなく、彼ら向けの武器を作る。
その誠実な仕事ぶりからも、リンドワースさんは信頼に値する。
というわけで俺は正体をカミングアウトしたのだが…………。
「どうりで…………」
「いえ、隠していてすみませんでした」
「いや、それは構わない。若いなりに良い鍛冶の腕をして、しかも、ダンジョンに潜るってのも、出自を聞いたら納得だよ」
「できれば、他の人には内緒にしておいて欲しいのですが」
「ああ、もちろんだ。それなりの理由があるんだろう。約束は守る」
「そうしていただけると、こちらもありがたいです」
リンドワースさんなら、約束を守ってくれるだろう。
「それで、あの剣はどうなったのだ?」
「ええ、カーチャンは気に入っていましたよ」
「ホントか!?」
興奮気味にリンドワースさんが身体を乗り出してきた。
「ドラゴンなんかの巨体モンスターを倒す時に使ってましたよ」
「ホントか!?」
「『強くて、重くて、なにより頑丈なのがいい』って言ってました。カーチャンが本気出すと大抵の剣は壊れちゃうんで」
「じゃ、じゃあ、リリア殿はあの剣を使ってくれてるんだな?」
「ええ。大物狩りの際はいつも使ってましたよ」
「おおおお」
感極まった様子のリンドワースさんは、人目もはばからず号泣し始めた。
「良かった。本当に良かった」
涙を流しながら喜んでいる。
同じ作り手として、その気持ちはよく分かる。
自分が作ったものが、誰かに使われて役に立っている。
それほど嬉しいことはない。
俺もミスリル・ナイフを渡した『紅の暁』のライラさんが俺のナイフを使ってくれているところを想像すると、自然と頬がゆるんでしまうもんな。
ひとしきり涙を流した後、涙を拭きとったリンドワースさんが「よしっ」と立ち上がって、大声で叫んだ。
「おい、店主ッ! 竜の泪を10樽だ」
何事かと店中の視線がリンドワースさんに集まる。
「お前ら、今日はめでたい日だッ! これは私の奢りだッ! 死ぬまで飲んで行けッ!」
フロア中に響き渡る大声。
それは職人リンドワースとしての叫びだった。
「うおおおおおおおおお」
店中に歓声が沸き起こる。
「さすが、姐御」
「リンドワースさん、愛してる〜」
「今日は死ぬまで飲むぞ〜」
「おれ、竜の泪初めてだよ」
あらためて、盃を交わす者。
こっちによこせと怒鳴り声を上げる者。
店内はお祭り騒ぎになった。