81 リンドワースさんと
ニーシャに続いて、俺もお風呂に入り、簡単に身支度を整えると丁度良い時間だった。
俺とニーシャはファンドーラ武具店に向かう。
目と鼻の先なので、すぐに到着した。
ファンドーラ武具店でリンドワースさんと合流し、俺たちは酒場へ向かった。
目的地はリンドワースさん行きつけのオススメの場所らしい。
今日のリンドワースさんは先日会ったときの、仕事着姿ではなく、可愛らしい黄色のワンピースを着ていた。
桃色のポニーテールを揺らしながら、歩くその姿は可愛らしい幼女そのもの。
失礼かもしれないが、見ていると気持ちがほんわかと暖かくなる。
「ここだよ」
しばらく歩き、表通りから離れ、細々とした裏道を歩くこと5分ほど。
どうやら、目的地に着いたようだ。
『穴ぐら亭』という看板がかけられている。
リンドワースさんが店内に入っていくので、俺たちもついて行く。
予約席と書かれた札が置いてある丸テーブルに向かい3人で座る。
すぐに店員がやって来た。
店員は背丈が120センチほどの、樽のような体型をしていた。長いヒゲを垂らしている。
ドワーフの店員だろう。
「毎度、リンドワースさん。いつもので?」
「ああ、それと――」
こちらに視線を向ける。
ここで間違っても「同じので」なんて言ってはならない。ドワーフ用のとんでもなく強いお酒がでてくるからな。
「俺はエール」
「私はさっぱりとした柑橘系のリキュールのソーダ割りで」
「あいよ、了解。食べ物はどうする?」
「えーと――」
再びリンドワースさんがこちらを見る。
「俺たち二人ともダンジョン帰りで、お腹すいてるから多めで」
ニーシャも「うんうん」と頷いている。
「じゃあ、適当に大盛りで」
「あいよ」
注文を受けた店員ドワーフが、テーブルの合間を縫って厨房へ戻っていく。
店内は三十人ほどが入れる広さだ。
店内は混み合っていて、他にひとつのテーブルが空いているだけだった。
客はほぼ全員ドワーフだった。
「常連なんですね」
「ドワーフが満足する強い酒を置いている店はあまりないからね」
リンドワースさんが言うように、客のほとんどがドワーフだった。
「でも、エールやリキュールも置いてるんですね」
ドワーフ向けの店なら、強い酒しか置いてないのかと思った。
師匠もとんでもなく強い酒を飲んでたな。
一杯試してみたカーチャンがベロベロに酔っ払って、変に絡んできた思い出がある。
「ドワーフは強い酒しか飲まないと思われがちだけど、それは誤解なの」
「そうなんですか?」
「たしかに、強い酒も好きだけど、色々なお酒をたしなむのも好きなのよ。だから、ここには強い酒から弱い酒まで、ひと通り揃っているわ」
「へー、そうなんですか、知りませんでした」
ニーシャは横で頷いているから、元々知っていたんだろう。
俺が知っているドワーフといえば、師匠とリンドワースさんと後もう一人だけだから、「ドワーフは強い酒」と思い込んでいた。
「この店はパレトでもお酒の品揃えは随一なのよ」
「へー、だから行きつけなんですか」
「そうそう。料理も美味しいしね」
そんなことを話していると、店員が戻ってきた。
「はい、こちら、『竜の泪』」
と大きな樽をテーブルに置く。
どうやら、これがリンドワースさんのいつものらしい。
店員が蓋を開けるなり、こちらまで漂ってくるアルコール臭。
リンドワースさんは店員から受け取ったグラスになみなみと竜の泪を注いていく。
そして、店員が俺にジョッキを、ニーシャにグラスを渡す。
「それじゃ、乾杯しましょ」
リンドワースさんの言葉に、ジョッキとグラスを掲げる。
「「「カンパーイ」」」
三人の声が重なり、ジョッキとグラスが軽くぶつかり合う。
俺はジョッキに口をつける。
しっかりと冷やされていて、のどごしもイイ。
思わずゴクゴクと流し込んでしまう美味さだ。
そうそう、この国では15歳の成人ではなく、12歳から飲酒が合法的に出来る。
だから、俺たちに酒を供しても、この店が罰せられることはない。
ちなみ俺は、8歳で初めて飲酒した。
だって、俺が住んでいたところは法律とか適応外な人外魔境だったし、あのカーチャンに飲まされたんだからしょうがないじゃないか。
以来、機会があればお酒は飲む。
ひとりで飲むほど好きじゃないが、今回みたいに誰かが飲む時は付き合って飲むようにしている。
だから、それなりにお酒は飲める。
最悪、酔っ払いすぎても【解毒】を自分にかければ、一発で酔いが覚めるしね。
ニーシャは軽くひと飲みした程度。
リンドワースさんは俺以上の勢いで飲み干し、一息でグラス半分以上を空にした。
「スゴい飲みっぷりですね……」
ニーシャが呆れたようにリンドワースさんに話しかける。
俺はドワーフの飲みっぷりを知っているから驚かない。
「うん、だって、美味しいからね」
「その樽、全部一人で飲めるんですか?」
「うん、これを空けた頃から、いい感じで酔いが回ってくるんだよね」
「そうですか…………」
さらに呆れ顔なニーシャ。
「良かったら飲んでみる?」
「いえ、遠慮しておきます」
ブンブンと首を横に振って、ニーシャは辞退する。
「アルくんもどう?」
「俺も遠慮しておきます」
試してみたい気持ちもあるが、今日は酔っ払うのが目的ではない。
自分のグラスを置いたニーシャがリンドワースさんに尋ねる。
「その竜の泪って、アルコール度数も高いですけど、値段も高いんですよね?」
「そうそう、よく知ってるね、ニーシャちゃん。給料の半分以上はコレに消えちゃうのよね」
「ニーシャは知ってたんだ、このお酒」
「ええ、商人ですから、特徴的な商品はチェックするのが習慣になってるのよ」
「へー、どんなお酒なの?」
「この竜の泪は、「竜も泪を流すほどの美味さ」というのが名前の由来よ。そして、別名『バッカスの奇跡』とも呼ばれてるの。アルコール度数は99パーセント。残りの1パーセントの調合が奇跡的なブレンドになっているのよ」
「ほう、そうなのか」
「たったの1パーセントなんて誤差だと思うでしょ?」
「ああ、そうだな」
「しかし、この1パーセントが肝なのよ。多くの蔵元が試行錯誤したけれども、竜の泪ほどのクオリティーは出せなかったの。だから、酒の神バッカスがもたらした奇跡だって言われているのよ」
うんうん、とリンドワースさんも頷いている。
「竜の泪を作っているのは王都にあるクープマンス酒造という蔵元。そのレシピは門外不出。一子相伝で伝えられると言われているわ」
「よく知ってるわね、ニーシャちゃん。いいこいいこ」
説明を終えたニーシャの頭をリンドワースさんがナデナデする。
傍目から見ると「少女の頭を撫でる幼女」という光景なのだが、年齢で言えばリンドワースさんの方が年上だ。
その光景を見て、和んでいたら、料理が運ばれていた。
「お待たせしました」
「わー、やっときたね〜」
「美味しそ〜」
リンドワースさんとニーシャが喜びの声を上げる中、テーブルの上が料理で埋め尽くされていく。
ニーシャの眼が獲物を狙うハンターのように光る。
リンドワースさんがどれくらい食べるのかしらないけど、俺もニーシャもダンジョン帰りで空腹だ。
コレだけの料理を並べても、足りないくらいだろう。
3人は思い思いに料理に手をつけた――。




