77 パレトのダンジョン2日目6
ブラッディ・ナイトを倒した直後、俺の身体に変化が起きる。
最初は身体がムズムズした感じ、それから軽い痺れが全体に伝わっていき、最終的にはまるで今までの身体から脱皮したかのような、新しく生まれ変わったかのような爽快感が全身を支配する。
レベルアップだ。
久々のレベルアップだ。
モンスターを倒すと、その生命力の一部が身体に吸収される。その力は経験値と呼ばれている。
そして、経験値が一定量貯まると、今回の俺のようにレベルアップするのだ。
教会は「魂の位階が上がる」などと勿体ぶるが、冒険者たちはシンプルにレベルアップと呼ぶ。
レベルアップすると、身体の各種能力――いわゆるステータス――が上昇したり、新しいスキルが使えるようになったりする。
詳しいことは【人間鑑定】能力を持った人に鑑定してもらえるらしいが、俺は小さい頃にやっただけで、それ以降は鑑定してもらったことがない。
だから、自分のレベルやステータスがどうなってるのか、俺は知らない。
ちなみにニーシャの【魔眼】の対象は今のところ対物限定で、人間は鑑定できないそうだ。
成長したら、出来るのかどうか、本人も分からないらしい。
過去の【魔眼】持ちでも、出来た人と出来なかった人がいるそうだ。
スキルを習得した場合は、なぜかスキル名や使い方を自然と理解できる。
残念ながら、今回のレベルアップで新たなスキルを習得することはなかった。
ともあれ、久々のレベルアップで身体も軽くなり嬉しいのだが、ニーシャを待たせて不安にさせては可哀想だ。
かれこれ15分は経っている。
ドロップ品を拾ってさっさと戻ることにしよう。
今回のドロップ品は、魔石とミスリル・インゴットだった。
魔石もそれなりの大きさだし、インゴットは鍛冶に必要なものだ。
なかなか、美味しいボスといえるだろう。
ドロップ品を拾い、入り口へ向かう。
俺がドアに手を触れると、入り口の扉が開く。
「お疲れ様、大丈夫だった?」
「ああ、なにも問題ない。ニーシャこそ、待っている間、不安じゃなかったか?」
「ううん、アルのことは信頼してるから」
入り口から出るとニーシャが歩み寄ってきた。
もっと心配しているかと思ったが、予想以上に落ち着いていた。
いくら安全が保証されているセーフティー・エリアとはいえ、ほぼ初めてダンジョン探索。
さらには、未踏破階層のボス部屋前――そんな場所でひとり待つのは不安だろう……。
そう思っていたが、ニーシャは俺が思っていた以上にたくましいようだ。
それだけ俺のことを信頼してくれているというのも嬉しい。
「そうか。そうだ、朗報だ。ここのボスモンターは楽勝だしドロップ品も美味しい。ツイてるぞ、俺たち」
「ホントっ!?」
「ああ、ホントだ。じゃあ、作戦を説明しようか――」
◇◆◇◆◇◆◇
作戦会議を終えた俺たちは、いよいよ作戦を実行に移す。
これから始まるのはボスモンスターとの激闘ではなく、安全マージンを十分に取ったレベリングだ。
単調な作業の繰り返しとも言える。
俺としては何の不安もないけど、武器を持つニーシャの手は小さく震えていた。
「大丈夫。失敗する要素はなにもない。ニーシャは自分のやることをやればいいだけだ。簡単だろ?」
「……ええ、そうね。簡単なことよね」
ニーシャのやらなきゃいけないことはただ指を一本動かすだけだ。
失敗のしようがない。
「ニーシャのいいタイミングで突入するから、落ち着いたら合図してくれ」
俺の言葉にニーシャはうなずき、二度、三度と大きく深呼吸をする。
それで落ち着いたのか、
「ええ、いいわよ」
手の震えは治まっていた。
「よし、突入だ」
入り口扉に手を触れ、扉を開ける。
ボスが出現するまでの30秒。
俺は部屋の中央、先ほどブラッディ・ナイトが出現した辺り、ニーシャは俺の後方5メートルほどの入口近くで待機する。
俺は聖剣ルヴィンを、ニーシャは俺が貸し与えた武器を手に構えている。
そして、30秒後。
俺の目の前に突如ブラッディ・ナイトが出現する。
相手がなにかアクションを起こす前に、俺は聖剣でブラッディ・ナイトを袈裟斬りにする。
身体を真っ二つに切られたブラッディ・ナイトは成すすべもなく、崩れ落ちる。
【麻痺】で動けなくなっている上、【不殺】のおかげで瀕死の状態なのに死ぬことも出来ず苦しみ悶えてる。
「よし、ニーシャ、こっちに来て撃て」
ニーシャが駆け寄ってくる。
胸の前に俺が貸し与えた武器――魔銃を構え、人差し指を軽く引く。
途端、魔銃から魔弾が飛び出す。
魔弾はブラッディ・ナイトの心臓を貫く。
この一撃でブラッディ・ナイトは息絶えた。
「よし、バッチリだ」
恐怖心やら、不安やら、緊張やら、色々な気持ちがあっただろう。
でも、ニーシャはそれを乗り越えて、自分のやるべきことを淡々とこなした。
ドロップ品を拾い(今回もミスリル・インゴットだった)、ニーシャの頭を撫でる。
「よくやったな」
「うんっ!!」
喜色満面のニーシャに、俺もほころんでしまう。
「なにこれっ!?」
喜んでいたニーシャの表情がいきなり変わる。
急激な自分の身体の変化に追いつけず、ニーシャは身体を両腕で抱きしめ、驚いているようだ。
「ああ、それがレベルアップだよ」
ブラッディ・ナイトを倒したことによる経験値がニーシャの中に流れ込み、通常では考えられないほどのレベルアップをしているのだろう。
40階層のボスモンスター。
それをほぼ素人同然の低レベルの初心者が退治、しかも、ラストアタック付きともなれば、一気にいくつものレベルが上昇するはずだ。
ラストアタック――モンスターを倒す際の最後の一撃。
ラストアタックを取ったものは倒して得られる経験値の半分を入手できる。
残りの半分は戦闘への貢献度で分配される。
いわゆるパワーレベリングとは、強者たちで獲物を弱らせて、レベルアップさせたい人間にトドメを刺させるレベル上げの方法だ。
貴族や富裕層が護衛を雇って、子どものレベル上げをするのによく使われる手法だ。
今回、俺はそれをニーシャにやったわけだ。
「落ち着いたかい?」
「ええ、身体がスゴい軽いのっ!」
「気分爽快だろ?」
「ええ、ほんと、アルの言う通りだわ」
ニーシャはまたまた喜びの花を咲かせている。
レベルアップの快感は凄まじい効果がある。
ただ、それで浮かれて、レベルアップ直後に死亡ってのもよくあるケースらしいから、注意が必要だ。
「今日は一日、これを繰り返す」
「えっ!? 一日中?」
「ああ、そうだ。終了予定は18時」
「そんなにやるの!?」
「ああ、レベルは上げられる時に上げられるだけ上げとくに越したことはないからな」
「……………………」
「大丈夫、休憩と食事はニーシャの状況を見ながら、途中で挟むから」
「おっけー。いいわよ。やってやろうじゃない」
「よし、その調子だ」
「今回は最初だからのんびりしたけど、次からは倒したらドロップ品を俺が拾って、ダッシュで部屋の入口まで撤退だ。分かったか?」
「うん。了解っ!」
「休憩時間を除外したら、休みをとれるのは部屋に入ってボスが現れるまでの30秒だ。その時間で、水分補給なんかは済ませてね」
「ええ、それじゃいっちょ、やっちゃいましょう!」
レベルアップ・ハイになっているニーシャとともに、俺たちは部屋を出る。
部屋の扉が閉まった直後に、俺は扉に手をかざす。
再度、扉が開き――パワーレベリングの始まりだっ!




