76 パレトのダンジョン2日目5
ボス部屋に入ってから30秒が経過し――ボスモンスターが部屋の奥に出現した。
俺は【警報】を20分後にセットする。
20分というのはギリギリの時間だ。
今回の目的はボスを最短で倒すことではなく、ボスの行動パターンを分析することだ。
次回以降、ニーシャの安全性を確保したまま、ボスを無力化させ、ニーシャにトドメを刺させる。
その手法を確立するのだ。
それにかけられる時間は20分。
それを過ぎた場合は、ソッコーで倒す。
いくらセーフティー・エリアとはいえ、ニーシャを一人で置いておくのは心配だ。
ニーシャも長時間俺が出て来ないと不安になるだろう。
そのために30分という時間制限を定めたのだ。
そいういうわけで、まずは様子見だ。
マッド・ゴーレムを入口付近に待機させ、聖剣ルヴィンを片手に、俺はボス目掛けて駆け寄る。
出現したボスは人型だった。
大きさは普通の成人男性並み。
赤黒い甲冑を身にまとい、同色の長剣を構えている。
ブラッディ・ナイトだ。多分。
今まで戦ったことはないが、名前は知っている。
20階層ボスだったリビング・メイルと同じ鎧をまとった人型モンスターであるが、リビング・メイルと違ってブラッディ・ナイトは中身が入っている。
ボスが配下モンスターを引き連れている可能性を危惧していたので、それがなくて安心した。
ブラッディ・ナイトは誇り高き騎士の怨念から生まれたとも言われ、配下を用いず、単体で勝負を挑んでくるモンスターだ。
一対一なら、ニーシャの安全度は格段に上がる。
こっちにとって、望ましい相手だった。
俺も聖剣ルヴィンに魔力を流して強化。
真正面からブラッディ・ナイトと対峙する。
「貴様モ、剣士カ。イザ尋常ニッ」
ブラッディ・ナイトが真正面から切りかかってくる。
騎士としてのプライドなのか、正々堂々と仕掛けてきた。
まずは様子見。こちらからは仕掛けず、相手の行動パターンを分析するつもりだ。
向こうも様子見なのだろうか、素直な振り下ろしなので、こっちも剣筋にルヴィンを合わせ、相手の剣の軌道をそらす。
初手をいなされたことも気にせず、ブラッディ・ナイトは次から次へと攻撃を放ってくる。
斬り下ろし、斬り上げ、横薙ぎ、突き。
俺はそれらの連撃をいなしたり、躱したりする。
段々とブラッディ・ナイトの剣速が上がってくる。
だが、それを俺は容易く凌ぐ。
三分ほど打ち合った。
全ての攻撃に余裕を持って対処できた。
そして、ヤツの剣筋に既視感があった。
もしかすると……。
「ナカナカヤルナッ。貴様モ攻メテ来イッ」
しばらく打ち合い、ブラッディ・ナイトの剣には十分に対応出来ることが分かった。
そこでヤツの言葉に乗って、俺からも攻撃を仕掛ける。
まずは単発。
8割程度の力で、袈裟懸けに斬り下ろす。
ブラッディ・ナイトは剣で受けるが、体勢を崩した。
その虚をつくように、突きの連撃を放つ。
致命傷とはいかないが、それなりのダメージを与えることができた。
ブラッディ・ナイトは後方へ飛び退る。
距離を取って仕切りなおすつもりか。
ブラッディ・ナイトを倒すつもりなら、ここで一気に距離を詰めるところだ。
だけど、今回は相手の手の内を知ることが目的。
俺はあえて追いかけず、その場に留まり、相手の出方を伺う。
「ハッ」
ブラッディ・ナイトは掛け声とともに、剣を上段から振り下ろす。
お互い3メートル以上離れている。
当然、剣が届かない間合いだ。
しかし、ヤツが剣を振り下ろすと3つの斬撃がこちらに飛んできた。
――間違いない!
俺も即座に剣を振り、3つの斬撃を飛ばす。
お互いの斬撃はぶつかり合い――打ち勝った俺の斬撃がブラッディ・ナイトに深い傷を負わせる。
今の攻撃で俺は確信した。
ヤツの剣筋はカーチャンの劣化コピーだ。
カーチャンの剣はカーチャンが独自に開発したもので、正統派の剣術からしたら邪道も邪道。
あれはカーチャンが使うからこそ最強たりうるもので、一介のモンスターが真似したところで、スピードもパワーも足りない単なる劣化版にしかならない。
見慣れていない相手ならともかく、この世で一番カーチャンの相手をしてきた俺にとってはまったく通用しないものだった。
しかし、なぜブラッディ・ナイトがカーチャン流の剣を使えるのか?
その疑問に対する答えを俺は知っていた。
【学習能力】だ。
ダンジョン内のモンスター特にボスモンスターが持っている能力だ。
通常、モンスターたちは成長しない存在だ。
しかし、この【学習能力】スキルを持っているモンスターは戦闘経験を積む度に、経験が蓄積され、強くなっていくのだ。
しかも、ボスモンスターの場合は倒されても、次に現れる個体に過去の経験が引き継がれ、より強力な敵となるのだ。
カーチャンは昔、このダンジョンを踏破した。
その際に、ブラッディ・ナイトはカーチャンの剣技を学習したのだろう。
どうせ、カーチャンのことだ。
ブラッディ・ナイトがどのくらい自分の技をコピーできるかという興味本位で、徹底的に叩きこんだんだろう。
おかげで、このブラッディ・ナイトはカーチャンの剣技をかなり習得している。
元は剣聖ヴェスターの技だった、斬撃を飛ばす攻撃――それすらもマスターしているくらいだ。
普通の冒険者相手には40階層のボスとしては強すぎるくらいのレベルに達している。
ボスモンターを強くしてしまうとか、他人からしたらいい迷惑だ。
まあ、カーチャンに「他人のことを考えて行動する」とか無理だもんな。
自分の好奇心だけで、生きてるもんな。
一番の被害者である俺が言うんだから間違いない。
まあ、そんなわけで普通の冒険者にとっては厄介極まりないが、俺にとっては実家時代の日常の簡易バージョンに過ぎない。
よし。相手の行動パターンは把握した。
次は、弱ってきたらどうなるかをチェックだ。
俺は再度聖剣ルヴィンを構える。
現在この剣には2つの魔法を付与している。
1つ目は【麻痺】。相手に一定のダメージを与えると、相手を動けなくする能力だ。
2つ目は【不殺】だ。攻撃しても決して相手の命を奪わないスキルだ。
従魔士がテイム・モンスターを捕まえる際に使われたりするスキルだ。
この2つのスキルがあるから、殺してしまう心配なしに、相手の体力を奪うことができる。
モンスターの中には、弱ってくると行動パターンやステータスが変化するヤツらが存在する。
ブラッディ・ナイトの場合はどうだろうか?
すでにブラッディ・ナイトの剣は見切っているので、ヤツの剣は全て躱し、聖剣の攻撃で少しずつ傷を負わせ、体力を奪っていく。
【麻痺】の効果で、斬りつける度にブラッディ・ナイトの動きが悪くなっていく。
そして、幾合目か。遂にブラッディ・ナイトは動きを止めた。
普通なら死んでいるはずのダメージだけど、【不殺】の効果で、虫の息だが生きている。
この実験の結果、ブラッディ・ナイトは体力が減っても行動パターンに変化がないことや、特殊攻撃をしてこないことが分かった。
レベリングの相手としては最適とも言える。
それじゃあ、最終確認ということで――。
「【中回復】――」
「【麻痺解除】――」
ブラッディ・ナイトの体力を回復し、麻痺状態を解除してやる。
最後に、俺が一撃で相手を無力化できるかの確認だ。
再び戦意を取り戻したブラッディ・ナイトはこちらに攻撃を仕掛けてくる。
俺はそれを難なく躱し、袈裟斬りに切り裂く。
鎧ごと斜めに大きな傷を負い、ブラッディ・ナイトはその場に倒れると、動きを止めた。
よし、麻痺も効いているし、瀕死の状態まで体力を削れてるな。
これなら、ニーシャのレベリングも問題なしだ。
俺が倒れているブラッディ・ナイトの首を切り落とすと、ブラッディ・ナイトはドロップ品を残して消え去った。




