75 パレトのダンジョン2日目4
現在の時刻は8時過ぎ。
俺たちはいよいよボス部屋前に辿り着いていた。
40層はほぼ39層と同じ構成だった。
罠が至る所に設置されていて、出てくるモンスターもみな骸骨野郎ども。
違いといえば、骸骨の種類が増えたことだ。
前層でも出現した骸骨戦士に加え、骸骨弓兵や骸骨魔術師などが増え、複数体で連携をとって攻撃してきた。
まあ、多少数が増えて、遠距離攻撃が加わっても、所詮は骸骨。特に苦労もなく、瞬殺してきた。
そして、いよいよ目的である40階層ボスとの戦闘を目前に控えていた。
今回の目的、それはニーシャのレベリングだ。
俺がボスを弱らせて、ニーシャがトドメを刺す。
ただ、それだけの作戦だ。
「やっと着いたわね」
「ああ。これからが本番だ」
昼前に着ければ良いという予定だったので、想定外の出来だった。これなら、今日一日、充分なレベリングが出来るだろう。
ニーシャは本当によく頑張ってくれた。
「それで、私はどうすればいいの」
「とりあえず、まずは俺が偵察に行ってくる。詳細は俺が戻ってきたら話すよ」
「分かったわ。待ってればいいのね」
「ああ、ここはセーフティー・エリアだし、他の冒険者が来ることもない。安全安心だから、おやつでも摘みながら、くつろいで待っててくれればいい」
「分かったわ。ありがとう」
俺はインベントリからテーブルと椅子を出し、それからお茶やらお菓子やらをテーブルの上にを並べていく。
「あんまり食べ過ぎるなよ。この後がニーシャの本番なんだから」
「アルのお菓子はどれもとてつもなく美味しいから、つい食べ過ぎちゃうものね。気をつけるわ」
「後で話すけど、ニーシャの仕事は簡単なことだから、気負わずリラックスしてればいいよ」
「はーい」
お菓子を手にとるニーシャは落ち着いてリラックスしている。
「俺はボスの攻撃パターンとか調べながら戦うから、ちょっと時間がかかると思う。10分から15分かかると思う。念の為、これを渡しておく」
俺は【虚空庫】から取り出したアイテムをニーシャに手渡す。
「これは【転移石】よね」
「ああ、そうだ」
球状に加工された直径5センチメートルほどの白い魔石。そして、魔石を半球状の金属が薄く覆っている。
ミスリルを含んだ合金であるそれには、複雑な模様が刻み込まれている。魔術回路だ。
転移席を手に持ち、魔力を込めると【転移石】の効果で、ダンジョンの入り口まで転移できるのだ。
込める魔力は微小で十分なので、魔法が使えないような低魔力量の者でも、使用できるようになっている。
使い捨てな上、結構な値が張る。そして、ボス部屋では使用不可能という欠点もあるのだが、これを持っていると格段に安全性が増すので、ダンジョンに潜るときには是非とも持っておきたい一品だ。
「30分経っても戻らなかったら、【転移石】で脱出してくれ。まあ、まず使うことはないと思うが」
「ええ、分かったわ。アルは慎重なのね」
「まあ、いろいろと修羅場くぐってきたからね」
「じゃあ、頑張って行ってらっしゃい」
「ああ、行ってくるよ」
ニーシャに別れを告げ、俺はボス部屋の扉に手を触れる。
ボス部屋の扉が静かに開く。
ボス部屋の広さは今までのボス部屋と同じくらいだ。
中にはいった俺は、入口付近ですぐに呪文を唱える。
「【ゴーレム創造】――」
創り出したのは泥でできたゴーレム、通称マッド・ゴーレムだ。
ゴーレムとしては最弱の部類だ。
別に戦力として生み出したのではない。
こいつは仮想的なニーシャだ。
入り口付近に待機させたコイツを傷付けさせずにボスモンスターを倒せるかどうかのテストだ。
こいつが無傷であれば、次からはニーシャを伴ってレベリングを実行する。
失敗したら、もう一度やり直しだ。
未踏破階層であるここに関してはどんなボスモンスターが出てくるのか分からない。
ボスモンスターはそのフロアの通常モンスターよりも遥かに強い。
だけど、骸骨どもを瞬殺できる俺にとっては大した脅威ではないだろう。
倒すだけなら簡単だ。
問題は、ニーシャを庇いながら、瀕死の状態にできるかだ。
これは倒すだけよりも遥かに難しい。
ちょっと本気を出さないとな。
俺は一本の剣を【虚空庫】から取り出す。
聖剣ルヴィン。
神話級の聖剣は世界に12本しか存在しないが、聖剣ルヴィンはそのうちのひとつだ。
聖剣はどれも高難度ダンジョンの深層から見つかったとてつもない性能の遺物だ。
使いこなせれば山を更地に変えるだとか、海を2つに割ることができるとか、言われているトンデモナイ武器たちだ。
ちなみにカーチャンは聖剣を6本持ってる。
いや、正確には6本持っていたと言うべきだ。
なぜなら、そのうちの1本が俺の持ち物である聖剣ルヴィンだからだ。
俺の10歳の誕生日。
ウキウキしたカーチャンが「アルくんもそろそろちゃんとした武器をもたないとね〜」とプレゼントしてくれたのだった。
カーチャンを悲しませないように、嬉しそうに喜んだ振りをしておいたが、正直言って、短い人生の中でもっとも嬉しくない誕生日プレゼントだった。
その頃既に、俺の興味は物づくりにしかなかった。
そんな俺に聖剣を渡してどうするつもりだ、と思った。
しかし、カーチャンには思惑があったようで、「これでもっと強い敵と戦えるね。明日からまた遠征しようね」
と誕生日の浮かれ気分からどん底まで真っ逆さまに突き落とされた気分だった。
でも、その気持ちをカーチャンにぶつけるわけにはいかない。
カーチャンなりに、俺のためを思ってプレゼントしてくれたんだから。
ちょっと方法に問題があるだけで、純粋な善意からだもんな。
仕方がない、振りじゃなくて、本気で喜んでおくか――。
そんな感謝の気持ちは次の日、ダンジョンのモンスターハウスに叩きこまれた瞬間に綺麗サッパリ消え失せた。
「強い剣だから、2段階くらい上の敵でも平気でしょ?」と、そんな軽いノリで格上のモンスターハウスに挑まされたのだ。
確かに、ルヴィンは高性能だった。
簡単に敵を両断できる。
しかし、俺の殲滅速度は敵が湧き出る速度とほとんど変わらない。
半日以上の戦いの末、なんとかモンスタースポナーを壊せた時は、全身が疲労で悲鳴を上げている状態だった。
ようやく終わったとへたり込んだ俺に、カーチャンが「ちょっと休憩したら、もう1ラウンド行こうよ」と容赦ない言葉で、一日中モンスターを狩り続けるハメになった。
そんなトラウマを植え付けられたけど、ともに困難を乗り越えてきたおかげか、俺はルヴィンに愛着を抱くようになった。
以来、全力を出さなければならない状況では、常にルヴィンを装備して戦ってきた。
今では一番信用できる相方だ。
それに、ルヴィンは俺に目標を与えてくれた。
いつか、ルヴィンに勝る武器を俺自身の手で作り出すという目標だ。
今はまだまだだけれど、いずれ作ってみせる。
そう決意したのだ。
そのためにはリンドワースさんやエノラ師をも超える鍛冶師にならなければならない。
でも、いつか必ず達成してみせる。
そんなことを考えているうちに30秒が経過し――ボスモンスターが部屋の奥に出現した。




