74 パレトのダンジョン2日目3
ニーシャを背負った俺は、ダンジョン内の通路を駆けて行く。
「うわあ、ちょっと、速すぎるよ〜」
今まではニーシャの足に合わせて、軽い駆け足程度の速度だったが、ニーシャを背負った以上、もう遠慮することはない。
全速力に近い速度で俺は走っていた。
具体的な速さは知らないが、馬車で1週間の道を1日で踏破できる速さだ。
「しゃべると舌を噛むぞ。そのうち慣れるから、しっかりと捕まっておけ」
「むり〜〜〜〜〜〜」
後ろで悲鳴を上げるニーシャを無視して、俺は走り続ける。
2種類の【魔力探知】を使い分けながら。
ひとつは広域探知だ。
これでフロア全体の敵の位置を把握する。
もうひとつは罠探知だ。
近くに罠がないかを察知する。
ダンジョンの罠のうち一番危険で、気をつけなければならないのが転移罠だ。
この罠に乗ってしまうと、パーティーメンバー全員がランダムで別の場所に散り散りに転移してしまうのだ。
この階層でニーシャを一人にしたら、いくら『旅人の服(国宝級)』と『アミュレット』があるとはいえ、死んでしまう可能性がある。
だから、転移罠だけには引っかからないように注意しなければならない。
それ以外にも、トラバサミや落とし穴、ワイヤートラップ、地雷など様々な罠があるのを発見する。
通路や部屋に多くの罠が仕掛けられていたが、俺はそのすべてを【氷結】で凍らせて、無力化して通過していく。
走り始めてから5分。
出会うモンスターは骸骨戦士ばかり。
人型の骸骨で剣と盾で武装しているスケルトン・ウォーリア。
こいつは弱点である魔核が剥き出しなので、【魔弾】で一撃。足を止めることなく瞬殺で進んできた。
物理職には手強い相手だが、精密射撃が可能なジョブにとっては脅威ではない。というか、むしろ良いカモだ。
俺たちは下層への階段を探している。
広域探知の結果、敵の分布から階段のありそうな場所が3ヶ所に絞れている。
いくつものダンジョンを攻略してきた俺の経験からすると、ほぼ間違いなく3つのうちのどれかがアタリだ。
俺は一番近かった候補の場所に向かう。
さらに、スケルトン・ウォーリアを蹴散らしながら走り続けて10分。
罠も全て回避しつつ、最初の目的地に辿り着いた。
広い部屋だった。
4、50人はくつろげそうな部屋だ。
そこはただのセーフティー・エリアだった。
「残念。はずれか」
「…………」
まあ、階段から一番近い場所だったから、あまり期待はしていなかったが。
後ろのニーシャは背負われていただけなのに、息も絶え絶えな様子。はあはあと息を荒くしている。
「大丈夫か? 少し休息していくか?」
「…………はあはあ。…………お願いするわ」
ニーシャを背中から下ろす。
途端、彼女は地べたにへたり込んでしまった。
最速攻略を目指してはいるが、仲間であるニーシャに負担をかけさせてまで無理をしようとは思わない。
「ほら、水でも飲んで」
「…………ありがと」
念のために、【回復】をかけてあげる。
ゴクゴクと喉を鳴らすニーシャは、やはりしんどそうだ。
そのまま座らせ、5分ほどの休憩をとった。
「行けそうか? 無理ならもう少し速度を落とすけど?」
「ううん、大丈夫よ。さっきの速さで平気よ。アルも頑張ってくれてるんだもの、私もこれくらいじゃ弱音は吐けないわ。ただ長時間は厳しいかも」
「そうか。じゃあ、こまめに休憩を取ろう。辛かったら、いつでも言ってくれよ」
「ええ、気遣いありがと」
ニーシャも一休みして、大分回復したようだ。
彼女を背負い、俺は走り始める――。
それからもニーシャを背負って走り続けること30分。
途中10分毎に【回復】休憩を2度はさみ、2番目の候補地に辿り着いた。
「アタリだ!」
その部屋はセーフティー・エリアだった。
そして、その先に下層へと続く階段があった。
スケルトン・ウォーリアを蹴散らしながらの1時間ほどの強行軍。
倒したスケルトン・ウォーリアは134体。
収穫物は魔石が134個、スケルトンの肋骨が102本、レアドロップ品のスケルトンの頭蓋骨が32個だ。
全力で走りながらも、きちんとドロップ品の回収は済ませておいた。
十分なペースで辿り着けたことに満足していると――。
「やった〜」
ニーシャが俺の背中で喜びの歓声を上げた。
階段を見つけたから嬉しいのか、俺の背中から降りれるから嬉しいのか…………。
「ちなみに、次の層も俺が背負ってダッシュだぞ」
「えええええ」
どうやら、もう高速移動は終わったかと勘違いしたようだ。
一旦ここで休憩予定なので、ニーシャを背中から下ろす。
「31層以降は2層ずつ、同じ環境だっただろ?」
「そういえば、そうね」
「だから、きっと次の層もきっと罠だらけだ」
「…………じゃあ、しょうがないわね」
「まあ、予定より早く到着できたし、ちょうどいい時間帯だから、食事にしよう」
現在8時過ぎ。
ダンジョンに潜ってから4層を踏破するのに約3時間。
予定より速いペースだし、そろそろ食事をするにはいいタイミングだ。自宅での朝食は軽くしておいたし、ちょうど小腹が空く頃だろう。
「ほら、ミノ肉サンドだ」
「わー、やったー」
渡すやいなや、大口を開けてかぶりつくニーシャ。
その姿がカワイイなと思ってしまう。
最近、ニーシャの一挙一動が気になってしまう。
つい、目を奪われてしまうし、見ていると心が癒やされる気がする。
こんなのは初めての体験なので、自分でもどうしたらいいか分からない。
だから、俺は淡々とサラダやスープをテーブルの上に並べていく。
サラダは適度に冷やされており、スープはアツアツ。
これも【虚空庫】のおかげだ。
普通の冒険者のダンジョン内での食事は硬いパンと干し肉だけと聞く。
絶対に他の冒険者たちには見せられない光景だ。
だけど、ここなら安全。
ここは未踏破階層の最奥だ。
だれもここに来ることはない。
俺たちはゆったりと落ち着いて、邪魔の入らない食事を堪能した。
「そろそろ、行こうか」
「ええ、私も落ち着いたわ」
二人並んで40層への階段を降りる。
「なあ、ニーシャ」
「なに?」
「よくここまで付いて来てくれたな」
「感謝するのはこっちの方よ、アル以外じゃここまでなんてとても来れなかったわよ」
「いよいよ、次の階層で最後だ」
「ということはやっぱり――」
「ああ、ニーシャのレベリングは40階層のボス部屋で行う」
「薄々とは予想していたけどね。ちょっと不安だけど、アルが大丈夫だって思ったんでしょ」
「ああ、まだ実際に会っていないから100パーセントとは言えないけど、ほぼほぼ大丈夫だと思う」
「なら、私はアルを信じてついて行くだけよ」
「ああ、ありがとう。じゃあ、最後の一走りと行くか」
「それが残ってたのよね……。ボス部屋より、あの背負いダッシュが残っていることのほうが憂鬱だわ」
「それくらいの軽口が叩けるなら余裕だな」
「えへっ。段々アルに影響されてきたのかも」
そう言って、微笑むニーシャの笑顔に胸がドキリとしてしまう。
「よしっ、40階層だ。後少し気合入れていこう」
「ええ、ヨロシクね」
階段を下り終え、40階層に降り立った俺たち。
俺はニーシャを背負い、ボス部屋目指して駈け出した――。




