73 パレトのダンジョン2日目2
いよいよダンジョン攻略の最先端38階層にやって来た。
このフロアは今までとは違って、ギルドで買った地図も半分以上が虫食いだ。
4つの階段の周辺が少し書かれているだけ。
しかも、北西方面が一番拓かれており、ここ南東方面はほぼ手付かずの状態だ。
これが俺が南東の階段を選んだ理由だ。
ナタリアさんたちとかち合う可能性が一番低いからだ。
さすがにここで他の冒険者と鉢合わせるのは、悪目立ちしてしまう。
絶対というわけではないけど、できるだけ避けたいところだ。
実際、【魔力探知】で調べてみると北西方面のオアシスに30人の冒険者たちが滞在している。
『紅の暁』の面々だろう。
5つのパーティー合同で敵の数に対抗しているのだろう。
ボス戦は最大6人という制約があるが、道中は何人で行動しようと構わない。
ここ砂漠地帯のオープンフロアでは、特に有効な作戦だ。
というか、真っ当に攻略するつもりなら、それ以外に方法はないだろう。
真っ当に攻略する気がない俺たちは――。
「【飛翔】――」
最短でのクリアを目指すべく、空を飛んだ。
俺の予想では、次層への階段はマップ中央にあると思う。
他に、あてもないので、一番可能性が高そうなマップ中央を目指した。
2分ほど飛ぶと、視界の前方に小さな建造物が見えた。
マップと重ねあわせるとフロアの中心部だ。
俺の予想は間違っていなかったようだ。
俺たちはそのまま飛んで行く。
建物がだんだんと迫ってくる。
建物まで残り100メートルを切った辺りで、モンスターたちが迫ってくる。
【魔力探知】でヤツらの接近は気づいていた。
砂蜻蛉だ。
その数30体。
ギルド情報には記載されていなかったモンスターだ。
きっとフロア中央部にのみ出現するんだろう。
階段付近を縄張りとする守護モンスター。
攻撃方法は硬い頭部による頭突き攻撃。
1匹1匹は格段強いわけではないが、群れをなして上空から攻撃してくる奴らは、普通だったら厄介な相手だ。
さて、どうしよう?
魔法攻撃は目立ってしまう。
ナタリアさんたちがいるだろうオアシスまでは2キロほど。
遮蔽物のないこのマップでは、派手な魔法は彼らに気づかれてしまう。
かといって、一匹ずつチマチマと倒していくのは面倒くさいし、時間のロスだ。
仕方がない。多少目立つけど、魔法で瞬殺するか。
体長一メートルほどのサンド・ドラゴンフライ。
30体の群れがこちらに向かって飛んでくる。
俺は一体一体の位置関係を把握。
きちんと狙いを定める。
十分に近づいて来て、激突する――その直前のタイミングで俺は魔法を放つ。
「【雷轟】――」
30条の鋭い雷光がサンド・ドラゴンフライに迫り、その身体を直撃する。
雷属性を弱点とするサンド・ドラゴンフライはバタバタと墜落し、煙のように消えていく。
「スゴい〜。今のは?」
「雷魔法だよ。狙いをつけておけば、自動的に標的を追いかけるホーミング付き。相手の数が多い時には便利な魔法だよ」
「アルと一緒だと、ここが最前線の階層だって忘れそうだわ」
地上におりた俺とニーシャは手早く戦利品を回収する。
ドロップ品の内訳は中魔石30個、サンド・ドラゴンフライの翅が25枚、そして、レアドロップ品であるサンド・ドラゴンフライの眼が2個だった。
さすがにこの階層にもなると、なかなかのドロップ品だ。
思わぬ収穫にホクホク顔で俺たちは飛翔を再開する。
またサンド・ドラゴンフライに襲われることもなく、すぐに目的地の建造物に辿り着いた。
「アルの言ってた通り、ここが下に降りる階段だったね」
「ああ、以前に似たような構造のダンジョンがあったから、ここもそうなんじゃないかと辺りをつけたんだ」
「いよいよ、未踏破領域ね。ワクワクするわ」
「そうだな。俺も楽しみだ」
今回みたいに、情報を集めて、最速でのクリアを目指すアタックも嫌いじゃないけど、事前知識がない階層を手探りで進んでいくのは、やっぱり楽しい。
俺もニーシャみたいにワクワクしながら、二人並んで階段を下っていった。
◇◆◇◆◇◆◇
39階層。
カーチャンたちが20年前にクリアして以来、誰も足を踏み入れなかった階層だ。
ここまで来るのに大体1時間半。
現在7時半だ。
まだ時間には余裕があるが、目的地には昼前には到着したい。
ここものんびりはしてられないな。
「あら、意外ね。普通のフロアだわ」
「ああ、そうだ。一見したところはな」
「??」
「このフロアは罠だらけだ」
「そうなの?」
「ああ」
【魔力探知】を発動しなくても分かる。
ニーシャが指摘した通り、このフロアはダンジョンでもっとも多い洞窟型フロアだった。
しかし浅層のそれとは違い、至るところに罠が仕掛けられている。
不用意に歩くことすら危険な階層だ。
それにモンスターもうようよと徘徊している。
ニーシャを連れて、ここを早くクリアするには――。
「なあ、ニーシャ。ここは罠だらけで危険な階層だ」
「ええ」
「だから、俺がニーシャをおんぶする」
「へっ!?」
「大丈夫だ。それが一番安全で速い方法だ」
「でも…………」
ニーシャが顔を赤らめる。
昨日の「あ〜ん」もそうだったけど、やはり、子ども扱いされるのが恥ずかしいみたいだ。
でも、ここは我慢してもらうしかない。
「ニーシャをおんぶするメリットは2つある」
「2つも?」
「ひとつ目は俺が全力で走れるから、探索スピードをあげられること」
「もうひとつは?」
「ニーシャが不用意に罠を踏んだりするリスクがなくなる」
「そうね。言う通りだわ」
「予定通りに攻略するには、他に方法がないんだ。嫌かもしれないけど、我慢してくれ」
「…………うん。別に嫌ってわけじゃないのよ」
赤い顔をうつむかせて、ニーシャが答える。
「うん」という返事は聞こえたが、その後の言葉は小さくて聞き取れなかった。
まあ、ニーシャの了解も得られたことだ。
「よし、じゃあ、乗って」
俺はかがみこんで、ニーシャに背中を向ける。
踏ん切りが付かないのか、ニーシャはまごまごとしている。
「大丈夫。ニーシャは大事な相棒だから。俺の背中が一番安全な場所だから。遠慮せずに乗ってよ」
「…………遠慮してるんじゃないんだけど」
ニーシャが小声で呟いたが、小さすぎてよく聞き取れなかった。
しかし、ニーシャは覚悟を決めたのか、ふーっと大きく吸い込んでから――。
「おじゃまします」
と俺の背中に乗っかってきた。
鎧越しとはいえ、ニーシャの柔らかい身体の感触が伝わってくる。
特に背中に押し付けられた弾力のせいで、俺まで赤くなってしまう。
それにしても、軽い。
普通の女の子ってこんなに軽いんだ。
意識するとドキドキしてしまう。
いかん。遊んでる場合じゃない。
仮にもここはダンジョンの未踏破領域なんだ。
ふざけていたり、油断したりしたらどんな危地に陥るか分からない。
背中の感触のことは忘れて、真剣になろう。
「いっ、行くよ」
「うっ、うん」
俺はニーシャを背負って立ち上がる。
そして、【魔力探知】で入念に罠を探知しながら、走り出した――。




