72 パレトのダンジョン2日目1
翌日の早朝、午前5時。
早起きした俺たちは軽めの朝食をとり、ダンジョンへ向かう。
昨日、夕食後の早い時間に眠りについたおかげか、ニーシャは疲労も取れ、元気そうな顔色だ。
やはり、肉食ってよく眠るのが、疲労回復には一番だ。
もちろん、俺も疲労は残っていない。
カーチャンの修行に比べれば、あれくらいは優雅なお散歩みたいなもんだ。
しばらくカーチャンのトレーニングから離れている。
時間を見て素振りをしたり、自主トレーニングはしているが、自分の腕が鈍っていないか、少し心配だった。
けど、ミノタウロス戦で確認してみて、それほど自分が鈍っていないことが確認できて安心した。
これで今日こそ、目的地に到達できそうだ。
並んで歩きながら、ニーシャに話しかける。
「昼前には目的地につくつもりだ」
「どこなのよ、目的地って。いい加減に教えてよ」
「着くまで内緒だ」
「もしかして…………」
「多分、ニーシャの想像しているとおりだよ」
「……………………本気なの?」
ニーシャが不安そうな顔をする。
「ああ、目的地についたら、ニーシャには頑張ってもらうつもりだから、それまではあまり疲労を溜め込まないように、こまめに休息を取っていこう」
「わかったわ。アルは非常識だけど、無茶なことはしないって分かっているわ。アルが大丈夫って言うなら、本当に大丈夫なんでしょうね」
「ああ、そう理解してもらえると助かる」
「わたしも頑張るわ」
そんな会話を交わしながら、ダンジョン入り口の衛兵に挨拶を交わし、ダンジョンへ入っていく。
「じゃあ、行くぞ」
「ええ、いいわよ」
転移酔いが治まったニーシャに声をかけ、俺は転移ゲートを起動する。
続いてニーシャもプレートに冒険者カードを当て、行き先を決定する。
すると、足元に魔法陣が現れ、白い光を発した――。
◇◆◇◆◇◆◇
転移先は35階層だ。
早すぎる時間帯のせいか、セーフティー・エリアには誰もいなかった。
ここに用事はないので、俺たちはさっさと階段を下る。
36階層。
ここも35階層に引き続きジャングル地帯だ。
【魔力探知】で確認したところ、この層にも冒険者は存在していなかった。
隠し部屋もなさそうだし、さっさと早足で進んでいく。
入り組んでいたので多少時間がかかったけど、それでも1時間弱で踏破完了できた。
37階層。
このフロアは正方形の広大な砂漠地帯だ。
ギルド情報によると、降り立ってきた階段がフロアの中央にあり、フロアの四隅に下へと降りる階段が存在する。
それ以外に何箇所かオアシスが点在している。
このオアシスがセーフティー・エリアだ。
オアシス以外は全てモンスターが出現する危険地帯。
未踏破領域を攻略する冒険者たちは2つのタイプに分類できる。
ひとつ目は次層への階段発見を再優先にして、ガンガンと次の階層へ進んでいくタイプ。
ふたつ目は新たな階層では隅から隅まで探索し、宝箱や効率的な狩場を探し、じっくりと地図を埋めるようにして、時間をかけて探索していくタイプ。
前者の代表はカーチャンだ。
カーチャンがダンジョンに潜る動機は、単に強い敵と戦いたいから。
だから、ダンジョンの最奥にいるラスボス以外は眼中にない。
今回の俺たちの探索みたいに、階段目指してガンガンと進んでいく。
後者の代表は『紅の暁』だ。
ナタリアさんが率いるこのクランは、各階層の隅々まで調べ尽くす。
しかも、その情報をすぐにギルドに公開する。
そのおかげで、彼女たちが現在攻略中の38層途中まで、お金さえ払えば、ほぼ完璧な地図を手に入れることが出来るのだ。
後続冒険者のためにここまでしてくれる、ナタリアさんたちには頭の下がる思いだ。
このフロアの地図を入手している俺は、オアシスの位置も次層への階段の位置も出現モンスターも完全に把握している。
ナタリアさんたちが37階層に到達してから38階層に到達するまで半年以上かかっている。
それだけの時間をかけて、ほぼ目印が存在しないこのフロアの地図を完成させてくれたのだ。
基本的にダンジョン内のフロアは定期的に配置が変わるのだが、ナタリアさんたちが探索を続けている間、このフロアは一度も地形を変えなかったそうだ。
配置換えの周期が長いのか、それとも固定フロアなのか。
きっと地形が変化しない固定フロアなんだろうというのが、俺の見解だ。
以前に他のダンジョンで砂漠フロアを攻略したことがあるが、そこも固定フロアだったからだ。
【魔力探知】で調べると、ひとかたまりの冒険者が6人、そして、数多くのモンスターが存在した。
地図と照らし合わせると冒険者たちはオアシスにいる。きっと泊まりこみのキャンプをしてるんだろう。
モンスターに関しては、このフロアに出現するのは、砂蟲、死蠍、そして、砂漠熊だ。
サンドワームやデス・スコーピオンなどは地中に潜っていたりするので、厄介な相手だ。
索敵をおろそかにしていると、不意打ちをくらってしまう。
しかも、サンドワームは麻痺攻撃、デス・スコーピオンは毒攻撃と、状態異常攻撃をしてくるので、その対策も必要となる。
そして、このフロアの攻略を困難たらしめている理由は、モンスターたちがリンクしていることだ。
一体のモンスターとの戦闘を始めると、周囲のモンスターが一斉に襲ってくるのだ。
遮蔽物のないこの砂漠で、足元がおぼつかない中、大量のモンスターに囲まれるのは非常に危険だ。
そういう意味でもこのフロアの攻略難度は今までの階層に比べても、非常に高い。
きっとナタリアさんたちは複数パーティー合同で攻略にあたったのだろう。
大手クランならではの力技だ。
その難所を俺たちは二人で乗り越えなければならない。
しかし、俺には裏技がある。
実は、この裏技31階層以降では、どのフロアでも使えたのだ。
ただ、時間的に余裕もあったし、ニーシャに攻略を味わってもらうという目的もあって、あえて使わなかった。魔力の消費も激しいしね。
だけど、このフロアではそんなことは言ってられない。
チマチマと雑魚との戦闘をしていたら、何時間かかるか分からないからだ。
さて、裏技を使って目指す階段だけど、4ヶ所のうちどこを目指すか?
実は答えは既に決まっている南東の階段だ。
「ニーシャ、手を繋ごう」
「へっ? なんでいきなり?」
「魔法を使うからだ。手を繋いでいないとニーシャまで効果がないからだ」
「どんな魔法なの?」
「空を飛ぶ魔法だ」
「…………本当になんでもアリね」
「怖かったら、目をつぶってればいいから」
「大丈夫よ。せっかくの貴重な経験ですもの。楽しませてもらうわ」
「オーケー。じゃあ、行くぞ」
俺はニーシャと手を繋ぐ。
小さくて柔らかい手だ。
なんでか分からないけど、ちょっとドキドキしてしまう。
「【飛翔】――」
俺が呪文を唱えると、二人の身体が浮き上がる。
高さ5メートルほど。
「うわっ、スゴい。浮かんでる」
怖がるかと思っていたニーシャだけど、楽しそうにはしゃいでいる。
「スピード出すぞ。しっかり手を握っててな」
「うんっ!」
俺は目的地の南東階段へ向かって、加速する。
このフロアには空を飛ぶモンスターが存在しないので、まったくの邪魔者なし。
5分間ほど飛び続けて、階段へ辿り着いた。
階段がある場所は小さな石造りの建物だった。
距離も地図とピッタリ一致していた。
ナタリアさんのパーティーの地図記録係はよっぽど優秀なのだろう。
俺たちは建物の中に入る。
建物は広く、複数パーティーがくつろげるほどのセーフティー・エリアになっていた。
「よしっ、37階層クリアだっ!」
「あっという間だったわ。でも、スゴい楽しかった。また、飛んでみたいわ」
「安心しろ。次のフロアも飛んで行くから」
「やった、嬉しいわ! でも、そういうことはやっぱり…………」
「ああ、次層も飛んでクリアだ」
「やっぱり未踏破層が目的地なのね」
「ああ、そうだ」
「一体ドコまで連れてかれるのかしら、怖いわ」
そう言いながらも、ニーシャの顔は好奇心でいっぱいだ。
俺のことを信頼していてくれるようで、俺も嬉しい。
「さあ、次は最高到達フロアの38階層だ。次もさっさとクリアしちゃおう」
「うん!!」




