70 パレトのダンジョン15
ミノタウロスとの戦闘を終えて、俺は自分が強くなっていることが実感できた。
これなら、予定通りに深い階層まで潜っても問題ないだろう。
ちなみにミノタウロスのドロップは30キログラム以上ありそうな肉塊だった。
またもや、ノーマルドロップ品だ。
ギルド情報によるとレアドロップ品はツノと肝だ。
ツノと肝はどちらもそのままでは使いみちがないが、素材としては用途が多い。
生産職の俺としては、そっちの方が良かったのだが――。
「うわー、スゴいお肉〜。これがミノ肉なのね。美味しそ〜」
とニーシャは肉がドロップして良かったと喜んでいる。
ミノタウロスの肉、通称ミノ肉は高級な食材だ。
売れば結構な値段になる。
素材としての価値はなく――食べるか売るか、それしか選択肢がない。
俺たちの場合、お金には困っていないので、食べてしまうの一択だ。
「帰ったら今日の夕食に焼いてあげるよ。それまで我慢な」
「わーい、ミノ肉ミノ肉〜。さっさと行きましょう!」
いきなりやる気全開になったニーシャ。
付き合ってみて分かったけど、ニーシャはかなりの食いしん坊さんだ。
ただ満面の笑顔で食べ物に食いつくその姿は、見ているこっちも幸せな気分になってくる。
そんなニーシャの食べっぷりが俺は好きだ。
やる気満々になった彼女に従うようにして、俺たちは次の部屋――セーフティー・エリアへ向かった。
「今回は【魔弾】だけじゃなかったわね」
「ああ、自分の近接戦闘能力を確認したかったからな」
「そうだったんだ。てっきり【魔弾】が通じなかったからかと思ったわ」
「バフを全部解除してたからな。バフが乗っている状態だったら、【魔弾】だけで瞬殺できるはずだ」
「へ〜、相変わらず非常識過ぎて、逆にアルらしいって思うようになった来たわ」
セーフティー・エリアは無人だった。
俺たちはさっさと転移ゲートの登録を済ませ、次層への階段を下る。
いよいよ、31層。
上級者向けと呼ばれる階層だ。
31層以降を攻略している冒険者数は急激に少なくなる。
ここから先に挑むのは本当の冒険を求める者だけ。
なぜなら、20層代でモンスターを倒していれば、十分安定した生活が遅れるからだ。
さきほどのボス部屋前にいた周回組もその類だろう。
職業としての冒険者は20層代にとどまり、生き方としての冒険者を選んだものは30層以降へ挑んでいく。
俺たちは冒険をするために潜るのではない。
ニーシャのレベリングとレア遺物入手のためだ。
そのための効率性を考えた結果、31層以降に進んでいくことになった。ただそれだけだ。
ギルド情報から判断しても、それほど危険ではないと結論づけたからだ。
どこまで潜るのか?
ニーシャが何度となく尋ねてくるが、「もうちょっと」とはぐらかして内緒にしている。
よく、カーチャンにやられた手段だ。
何回訪ねても、「後ちょっとだよ」と返されるばかりで、最終的に「はい、ドラゴンだよ。頑張って」とか。
本当にやめて欲しかったけど、やる立場になってみると結構楽しいな。
31階層に降り立った俺は、まず最初に【魔力探知】で敵や冒険者の存在を確認する。
今までの階層に比べると敵の密度は倍くらいある。
それに対して、冒険者の反応はゼロ。
そもそもミノタウロスを討伐し、31階層以降へ行く資格を持っているのは、ギルド情報によると百名以下。
しかし、実際に31階層以降にトライしているのはその半数以下。
残りはミノタウロス周回したり、20階層代の効率的な狩場で稼いでいるそうだ。
だから、実際に30階層にトライしているのは50人以下。
ボス部屋の上限が6人なので、普通は6人パーティーで活動するものだ。
だから、彼ら上級者が全員休まずに活動しているとしても、8〜9パーティーしか存在しないことになる。
現在の最高到達度は『紅の暁』のナタリアさんたちの38階層。
各階層に1パーティーいるかいないかって計算になる。
だから、今までの階層と違って、ここから先はモンスターが他の冒険者に討伐されておらず、大量のモンスターがフロアを徘徊しているのだ。
ちなみに、31層以降を活動の場にしている冒険者の半数以上が『紅の暁』のメンバーだ。
やはり、名実ともに『紅の暁』はここパレトのトップクランなのだ。
現在このフロアに俺たち以外の冒険者がいないことは、俺達にとっては望ましい。
できるだけ目立ちたくないからだ。
絶対に遭遇を回避するってほどではないけど、多少時間のロスをしても可能な限りは避けたいところだ。
運良くこのフロアには誰もいないので、最短ルートを急いで行こう。
ギルド情報によると、31層からは険しい地形が続く。
ちなみにこのフロアと次のフロアは溶岩地帯だ。
燃え盛るマグマの川とマグマが固化した黒い岩の地面。
通常装備では、その暑さだけで疲弊して、満足に戦えない苛酷な環境だ。
俺は【虚空庫】からコートを取り出して羽織る。
ドラゴンの鱗で出来た耐熱・耐寒効果のあるコートだ。
羽織った瞬間から、今まで感じていた暑さが消える。
これで俺は酷暑から開放された。
「この服スゴいわね。全く暑さを感じないわ」
ニーシャは最初から平気だ。
『旅人の服(国宝級)』を装備しているから。
『旅人の服(国宝級)』は耐熱だけでなく、どんな環境でも快適に過ごせるような効果が備わっているからだ。
耐熱ひとつとっても俺作のドラゴンコートより効果が強い。
悔しいけど、現在の俺には『旅人の服(国宝級)』ほどの装備品は作れない。いつか作れるようになってやる!
いつもの支援魔法をかけ直してから、俺たちはゴツゴツとした道を早足で進む。
このフロアに出現する敵は火蜥蜴、火鳥、火魚など、どれも火属性の敵ばかりだ。
こいつら火属性のモンスターは氷属性に弱い。
出会う度に、俺は氷属性魔法である【氷霜】で瞬殺して、ペースを落とすことなく進んでいく。
30分もかかることなく、俺たちは31階層を踏破した。
ここパレトのダンジョンは全60層。
ギルド情報と俺の経験から判断して、護衛対象を引き連れていても50階層までなら、楽勝のピクニック気分でいけるだろう。
だから、ここら辺でチンタラやっているわけにはいかない。
ニーシャも十分に付いて来ているし、このままのペースで32層もサクッとクリアだ――。




