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7 想定外

「うーん……どうしてこうなった…………」


 我に返ったときには、すでに陽が昇ってから十分な時間が経っていた。


 こんなはずじゃなかったんだけどな……。

 もうちょっとだけ採取しよう、って思ってただけなんだけどな……。


 それがこのアリサマだ……。


 自分のことながらに、呆れてしまう。


 もちろん、当初はこんな予定ではなかった。

 最初は、ファング・ウルフに襲われたあの群生地の薬草を全部採取しようと考えていただけだ。刈り残すのはもったいないし、中途半端に終えるのは気分が悪いからな。

 そう思って採取を再開したのだが、ちょっと本気を出したら1時間もかからずに採取し尽くしてしまった。

 最近は採取自体がご無沙汰だったとはいえ、以前採取にハマった時期には、高級素材まで含め、散々刈りまくった経験がある。

 しょせん、薬草は初級素材だ。一度カンを取り戻した俺にとっては簡単すぎる相手だった。

 魔力量を適切に保ってさえいれば、雑草を引っこ抜く感じで無造作にポンポンと抜いていっても、問題なく完璧な状態で採取できた。

 慣れちゃえば単純作業だったけど、頭を空っぽにしてテンポよく次々と薬草を抜いていく行為が、これはこれでなんかクセになる楽しさだった。


 というか、最初に時間をかけすぎたな。

 浮かれて興奮しすぎた。

 「薬草を採取すること」よりも「採取行為を楽しむこと」が目的になってた。

 1本採るのに5分とか、さすがに時間のかけ過ぎだ。どんだけ、楽しんでんだよ俺。楽しかったから良いんだけどね。


 でも、そのせいで、ムダな戦闘をするハメになった。まあ、剥ぎ取りも楽しめたし、モツの炙り焼きも美味しかったから、結果オーライだ。良しとしよう。


 そんな感じで、簡単に採り尽くしてしまったわけだが、それが問題だった――。


「もっと刈りたい……」


 そう。全然刈り足りなかったのだ。

 あっけなく採取が終わってしまったために、物足りなかったんだ。

 数本の薬草が生えていたくらいだったら、むしろ良かったんだろう。

 中途半端に群生地を発見してしまったせいで、逆に採取欲求に火がついてしまった。


「採取なんて久しぶりだったからな……」


 もう、こうなったら、居ても立ってもいられない。

 我慢しきれなくなった俺は、次なるターゲットを求め森の中へと駈け出したのだった。


 そういうわけで、【暗視能力ノクトヴィジョン】やら、【気配察知キーン・パーセプション】やら、【高速移動ファスト・ムーブ】やら、【索敵サーチ】やら、【魔力探知マナ・サーチ】やら、スキルを駆使しまくって、森中をくまなく走り回って、狩りまくり、刈まくった。


 結果として、ファング・ウルフの群れをいくつか壊滅させながら、群生地もいっぱい見つけ、大量の薬草を入手したのだ。


 どれくらいの量を採取したかというと――。

 正確には俺も把握していないけど、ちょっとした家一軒分くらいかな……。


 うん。ちょっとやり過ぎたかも。

 多分、この森にはダイコーン草はもう1本も残ってないんじゃないかな……。


 もうちょっとだけ。後少し。

 この群生地で終わりにしよう。

 あと1箇所だけ。

 本当に次で終わりだ。


 ――そんな風にズルズルと続けるまま、止め時を失って今に至るというわけだ。


 昔から、なにか気になると、ちょっとやり過ぎる傾向がある。自分でもわかっているんだけど、なかなか自重できない。

 今回みたいに、ついつい夢中になって、他のことを忘れてしまう。

 次からは気をつけよう。毎回そう思うんだけど、相変わらずこんなアリサマだ。


 自分のこういう性格を把握しているからこそ、この旅もあまり綿密な計画はたてないようにしているんだ。

 どうせ今回みたいなハメになっちゃうからね。

 「計算していないのが計算通り」という自己弁護だ。

 そういうわけだから、これからも成り行き任せというか、行き当たりというか、俺の欲求にしたがうまま、やりたいようにやっていこう。


 誰かから命令されるわけでもない。

 誰に迷惑をかけるわけでもない。

 俺のためだけの旅だ。


 まあ、多少は自重した方が良いかもしれんが……。

 薬草を採り尽くしちゃってゴメンナサイ……。


 ちなみに、ダイコーン草こそ根こそぎにしてしまったが、この森にあった他の素材には一切手を付けていない。

 もちろん、この森は人工的なダイコーン草の栽培地ではないので、他にも素材となる草々や木の実、さまざまな鉱石などがあった。

 それなりに関心を惹くものも、なかには存在した。

 けど、それらすべてを俺はあえてスルーした。


 それにモンスターだって、ファング・ウルフ以外の種族だって生息していた。

 他のモンスターはファング・ウルフほど美味しそうなヤツはいなかったし、今すぐ倒して素材にしたいほど魅力的ではなかったから、ちょっと魔力を放って威嚇しておいたら、尻尾を巻いて逃げ出してくれた。

 おかげで、不必要な戦闘に巻き込まれずに済んだ。お互いにとって幸せな結果になって良かったと思う。

 だけど、ファング・ウルフだけは別だ。ヤツらはオイシく狩らせてもらった。肝も肉もたっぷりゲットだ。

 肉が熟成しきって食べ頃になるまで、もう数日ほど時間が必要だ。あー、そのときが楽しみだなあ。


 俺が他の素材やモンスターを放置した理由だが、ふたつある。


 ひとつ目は、キリがないからだ。

 この森は広大で、薬草に対象を絞ったとはいえ、刈り尽くすのに半日以上かかってしまうほどだ。

 他のめぼしい素材にまで手を広げたら、数週間はかかるだろう。

 俺は別にこの森に住みつくつもりはない。

 目的地は王都エルディアだ。

 ほんの少しばかり薬草採取に熱が入ってしまったけど、それはあくまでもちょっとした寄り道だ……ということにしておいてくれ。


 そして、もうひとつの理由――こっちが本命だ。


 モノづくりとひと口でいっても、それにはさまざまな種類がある。

 食材、草花、木材、皮革、金属、鉱石、魔石など、扱う素材も種々だし、抽出、調合、錬成、鍛冶、研磨など、用いられる技術も多岐にわたる。

 多くの人にとっては、そのどれかに特化するのが普通である。


 美味しい料理を作りたいから料理人を目指す。

 最高の剣を打ちたいから鍛冶職人になる。

 魔力操作は得意だけど戦闘は好まないから、魔道具作りで生計を立てる。


 そうやって自分の専門分野を定めるのが通常であろう。


 しかし、俺はそうしないつもりだ。


 俺はモノづくり全般が好きだ。

 採取や剥ぎ取りも含め、モノづくりにおけるすべての工程が楽しい。

 作られたモノを見ると、自分でも作ってみたくなる。

 なんでも作ってみたい。この世にあるものすべてを自分で作りたい。

 そんな強い望みがあるんだ。

 だから、特定の分野に限定する気はまったくない。

 そのときに作りたいと思ったものを作っていく方針だ。


 とはいえ、物事には順序というものがある。

 いきなり、すべてのモノを同時に作ることは、当然できない。

 それに、なんでも作りたいということは、逆にいえば、今すぐに作りたいモノがあるわけではない、ってことだ。


 だから、旅立ちの時点では何を作るか、俺は決めてなかった。成り行きに任せようと思っていた。


 そして、この森に入るキッカケを発見したときに、そんな旅の最初の方針が定まったんだ――。


 初級回復ポーション――これこそが、俺がこの旅で最初に作るモノ。

 そう決心したんだ。


 旅立って早々にファング・ウルフの噛み跡と出会ったことが、俺にはなにか運命的なものに感じられた。

 調合はモノづくりの中でも比較的入門向けだ。多少の魔力操作が必要なだけで、それ以外に要求される技術もそれほどではないし、鍛冶や料理などと違って大掛かりな設備がなくてもできる。

 高レベルの調合であれば、また話は変わってくるのだが、簡単な調合であればちょっと魔力に長けていれば、子どもでもできるお手軽なものだ。

 その中でも、初級回復ポーションは調合を始めた者が最初に作る品で、まさにモノづくり入門にうってつけだ。


 この出会いは、俺へ「初心に帰れ」と誰かが教えてくれているように感じた。

 新しい旅立ちだ。初めてモノづくりをした頃の気持ちに戻って、ゼロからスタートするのも良いかもしれない。


 そういうわけで、俺は初級回復ポーション作りから始めることにしたんだ。(途中でジャマが入ったおかげで、モツの炙り焼きを作ることになったけど、それはノーカンにしとこう。)

 ちょっと寄り道がすぎたかもしれないが、素材もたっぷりと確保できた。

 そろそろ王都に向かおう。王都に着いたら、腰を落ち着ける場所を確保して、そうしたらポーション作りに集中するぞー。あー、楽しみだ。


 そうして俺が王都エルディアの大きな城門を前にしたのは、すでに陽が高く登り切った後だった――。

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