69 パレトのダンジョン14
俺たちはあれから各階層を走り抜けた。
【地獄の火焔】で強引に作った通り道なので、のんびりしていると森の中からモンスターが出てくるからだ。
どうしてもモンスターとの遭遇はさけれなかったので、何度か戦闘はあったがそれも瞬殺し、最低限の戦闘で済ませてきた。
途中1ヶ所だけ寄り道をしてきた。
27階層で13階層と同じような隠し部屋を発見したのだ。
隠し部屋にあったのは13階層のものと同じような遺物だった。鑑定出来ないから確実なことはいえないが、多分13階層で入手したのと同じものだろう。
その隠し部屋でサンドイッチとミネストローネの昼食兼休息を済ませた。
走り通しで疲れていたニーシャだったけど、ここで休憩したおかげで大分元気を取り戻したようだ。
その甲斐があったのか、ニーシャは速いペースの駆け足についてこれて、予想以上のペースでここまで来れた。21層から2時間もかかっていない。
今、俺たちがいるのは30階層のボス部屋手前。
3組の待機パーティーがいたが、20階層と同様に、優先的に戦えるように順番を譲ってもらえた。
今回はタイミングが良かったのか、列の先頭に加わってから、2分ほどで俺たちの番が来た。
待機者たちに譲ってもらった礼の言葉を伝えてから、俺とニーシャはボス部屋に入る。
部屋の広さは今までのボス部屋と大差ないが、天井は今までよりも高かった。5メートルほどだろう。
俺はニーシャの周りに【聖域】の魔法で結界を張る。これでニーシャの安全は確保された。
それから、自身にかかっている支援魔法を解除する。
これで魔法で強化されていた能力が素の俺の能力に戻った。
愛用のミスリルナイフを【虚空庫】から取り出し、右手に持ちボスの出現を待ち構える。
そして、俺たちが部屋に入ってから30秒後。
入り口の扉が音を立てて閉まる。
そして、現れたのは――ミノタウロスだった。
身の丈3メートルの巨躯。
人型をしているが、首から上は牛の頭部。
巨大な斧を持っている。
通称牛男と呼ばれるモンスターがこの部屋のボスだった。
俺は何度かミノタウロスと戦ったことがあるし、ソロで倒したこともある。
ギルド情報に書かれていた行動パターンも、俺が知っているミノタウロスの動きと一致していた。
・攻撃手段は手に持ったデカい斧とツノの生えた頭部での頭突きだ。
・遠距離攻撃はしてこない。
・一番近くにいる敵を攻撃対象にする。
・残り体力が少なくなる――いわゆる発狂モード――と、上体を倒した突進攻撃主体の攻撃スタイルに変更する。
だから、俺が部屋の中央で対峙している限り、入口付近に退避しているニーシャが攻撃される心配はない。
【聖域】で結界を張ったのは万が一の保険だ。
まず、そんな事態は起こらないだろうが。
さて、全力で戦ってサクッと倒してもいいのだが……。
ちょっと試したいことがある。
試したいのは今の俺の戦闘力がどれくらいあるかだ。
コイツを相手にどれくらいなのか、試してみたいんだ。
そのために、わざわざ支援魔法を解除するという不利なことをしたのは、俺の素の力でミノタウロス相手にどこまで通用するか、試してみたいからだ。
当初の予定では瞬殺するつもりだったけど、ニーシャが頑張って速いペースについてきてくれたから、時間的に余裕がある。
だからこそ、試したいという遊び心が出てきたんだ。
全力で倒すのは簡単だ。
【地獄の火焔】などの高位魔法を放てば、ミノタウロスなんかそれでお終いだ。
たとえ、複数匹のミノタウロスであっても、みんなまとめて消し炭にできる。
また、急所さえつけば、【魔弾】一発でも倒せるだろう。
だけど、そんな手は採らない。
最後にミノタウロスをソロで倒したのは、約2年前の12歳の頃だ。
それから俺がどれだけ強くなったのか、試させてもらうことにしよう。
俺はミノタウロスタウロスに向かって駆け出す――。
ミノタウロスも「ブモモモモモゥ」と威嚇の声を発し、斧を構え迎撃体勢になる。
お互いの距離は10メートルほど。
その距離はぐんぐんと近づいてくる。
俺は走りながら――。
「【魔弾】――」
指向性を持たせた散弾の魔弾を発射する。
狙いは胴体。これなら回避は難しいだろう。
ミノタウロスは構えていた斧を横薙ぎに振り払う。
大半の魔弾はそれに弾かれて方向を変えるが、一部はミノタウロスの身体に直撃する。
しかし、魔弾はミノタウロスの分厚い表皮に阻まれ、肉までは到達していない。
相手を怒らせることに成功しただけで、ロクなダメージは与えられていない。
やはり、強化していない状態での【魔弾】の散弾程度では通用しないか。
ミノタウロスが怒りの咆哮を上げる。
俺は【魔弾】を発射した後も、ミノタウロスに向かって走り続ける――。
それでは、一発に力を集約した【魔弾】はどうだろうか?
「【魔弾】――」
魔弾を一発、発射する。
狙いはミノタウロスの眉間。
デカい図体だから、狙いをつけるのは、走りながらでも容易い。
狙い通りにミノタウロスの眉間に吸い込まれていく魔弾。
しかし、見切られたのか、本能的な勘なのか、ミノタウロスは手に持った斧で魔弾を防ぐ。
キィーンという甲高い音とともに、魔弾は斧に弾かれた。
やっぱり、支援魔法で強化していない【魔弾】じゃあ、無理なのか。
予想通りだけど、ちょっと悔しい。
でも、これで魔法は封印だ。
ここからは物理攻撃のみ。
力と力の勝負だ。
ミノタウロスの強さは素の強さだ。
攻撃力、防御力、耐久力の全てが高く、力任せの攻撃しかしてこない。
火の属性が弱点だが、俺は魔法は使わない。
だから、力と力のぶつかり合いになる。
今のオレにとってはもっとも都合のいい相手だ。
この一年間、狩りなどの弱者を相手の戦闘を除けば、対等か格上の相手との実戦はほとんどやっていない。
といっても戦闘訓練をやっていなかったわけではない。
素振りと筋トレは毎日死ぬほどやらされたし、その後は世界最強との模擬戦闘。
自分では実感できなかったけど、カーチャンが言うには強くなっているらしい。
それを試してみたいんだ。
べつに勇者を目指しているわけではないから、カーチャンレベルの人外領域まで強くなる必要はない。
ただ、自分とニーシャを守れる力くらいは持っておきたいだけだ。
怒ったミノタウロスが眼前に迫る。
走ってきた俺は急停止し、ミスリルナイフに魔力を通し、ミスリルナイフの刀身を長くする。
ぎりぎり俺がミスリルナイフを構えた直後、ミノタウロスが斧を大振りに振り下ろしてきた。
ぶつかる斧とミスリルナイフ。
靭性が高くないミスリルでも、俺の魔力で覆われている以上、そう簡単に欠けたり、折れたりはしない。
俺のミスリルナイフはミノタウロスの斧をがっしりと受け止めた。
重い一撃だった。
強靭な豪腕による一撃はたしかに、強力だった。
しかし、カーチャンの一撃に比べたら軽すぎる。
俺はミスリルナイフを上に振りぬく。
その勢いで斧を突き上げる。
そのせいで、ミノタウロスはバランスを崩した。
今度は俺の番だッ!
俺は垂直に飛び上がる。
ミノタウロスの頭部より高く。
そして、唐竹割りにナイフを振り下ろす。
ガギィィィイン――。
ミノタウロスは体勢を崩しながらも、斧で受け止めた。
俺はさらに両腕に力を込める。
空中の不安定な体勢だ。
それでも、俺の力が上回ったようだ。
斧を押し込み、ミノタウロスの額に薄く傷を刻みこむ。
それ以上は無理だと判断。
俺はミノタウロスの身体を蹴り、後ろに飛び退る。
よしっ!
力では負けていないことが分かった。
次は――速さで勝負だ。
俺は左右に素早くステップを踏み、ミノタウロスを撹乱する。
額を切られ、激高したミノタウロス。
次から次へと斬撃を放ってくる。
大丈夫。
見きれる速さだ。
カーチャンの剣筋に比べたら、ハエが止まるほどのノロさだ。
右へ。左へ。そして、もう一度左へ。
ヤツの攻撃を余裕を持って躱し、その度にヤツの身体を斬りつける。
怒りのためか、知性が低いからか。
だんだんヤツの攻撃が単調で大振りになってくる。
速さでは俺が上回っているな。
ヤツの攻撃が続く。
よしっ、今だ。
決定的なチャンスが訪れた。
これを躱せば、大きな隙が生まれる。
狙いどころだ。
ミノタウロスの全力が込められた振り下ろしを紙一重で躱す。
それと同時に前方へダッシュ。
ヤツの股の間をくぐり抜け、後ろに回りこむ。
ミノタウロスの背中を取った。
そのまま屈伸し、高く飛び上がる。
まだこちらへ振り向ききっていないヤツの首筋に横一閃。
地面に転がり落ちるミノタウロスの頭部。
首から吹き出す血液。
巨躯はドシンという音とともに地に倒れた。
まさキチです。
ストックが貯まったので、2月中は毎日投稿です。
3月以降どうするかはモチベーション次第ですので、ブクマ・評価での応援よろしくお願いします。




