68 パレトのダンジョン13
俺たちがオーマンと話し込んでいると――。
「おっ、どうやら出番だぜ」
今まで赤く光っていたドアの上にある魔石が光を失った。
ボス戦が終わった合図だ。
「面白い話を聞かせてくれて、ありがとう」
「ああ、お前さんには大きなお世話かもしれないが、気をつけてな。油断するなよ」
「ああ、大丈夫だ。それじゃあ」
「なんかあったら、気軽に声かけてくれよ。俺たちは『樫の木亭』を常宿にしてるからな」
「ああ」
オーマンとの会話を切り上げ、俺とニーシャはボス部屋の扉をくぐった――。
部屋の作りは10層のボス部屋とほぼ同じ。
広さも高さも10層と同じくらいだ。
俺たちが部屋に入ってから30秒後。
入り口の扉が音を立てて閉まる。
そして、現れたのはリビング・メイルという鎧型のモンスターだ。全身が銀色のフルプレートアーマーで覆われている。
このモンスターには中身がない。鎧自体が本体なのだ。
人型や獣型のモンスターと異なり、弱点が存在しない。
どこを攻撃しても、与えるダメージは同じ。
鎧に一定以上のダメージを蓄積させれば倒せる。
俺としては戦い慣れた相手で、倒し方も心得ている。
部屋の中央に出現したリビング・メイルまでの距離は10メートルほど。
リビング・メイルはこちらに向かってゆっくりと歩み寄って来る。
この距離なら、俺の射程範囲内だ。
どこを攻撃しても同じならば、あえて狙いをつける必要はない。
「【魔弾】――」
13階層のモンスターハウスでやったのと同様に、大量の魔弾をリビング・メイルに向けて発射した。
魔弾の弾幕がリビング・メイルに襲いかかる。
着弾した魔弾は硬い鎧に次々と穴を穿つ。
特に弾が集中した腹部に大穴が空き、頭部もはじけ飛んだ。
俺の先制攻撃で、リビング・メイルは斃れた。
後に残されたのは、中程度の大きさの青色魔石と鋼鉄のインゴットが2個。
残念ながら、レアドロップのミスリル・インゴットはでなかった。
魔石とインゴットを【共有虚空庫】に仕舞いこみ、ニーシャに話しかける。
「ほら、約束したとおりに20層までは【魔弾】だけでいけただろ?」
「そうね。アルの戦い方を見ていると、なんか敵の方が可哀想に思えてくるわ」
「ニーシャも慣れてきたのか? あまり緊張していなかったみたいだけど」
「アルの非常識ぶりを見てたら、緊張するのがバカらしく思えたのよ。ピクニック気分よ。全部駆け足で、ゆっくりと満喫できないのが残念なくらいだわ」
「それくらいの気持ちでいいよ。今回はニーシャに危険な思いはさせないつもりだから」
「ありがとう。信頼してるわ」
「任せてくれ。さあこの調子で、さっさと行こうか」
「ええ、次は森林地帯よね」
「ああ」
「どんなのか、楽しみだわ」
俺たちはボス部屋から進み、続くセーフティー・エリアで転移ゲートの登録を済ませる。
「でも、こんなに早く終わっちゃったんじゃ、オーマンさんたちビックリしてるんじゃない?」
「ああ、俺たちが瞬殺出来るとは思っていないだろうからな」
「私たちが殺されたって思い込んでるかもね」
「でも、部屋にはなにもドロップしてないから、死んでないって分かるはずだ」
ダンジョン内では死亡すると、死体は残らない。
ダンジョンに吸収されてしまうのだ。
装備品や持ち物はそのままその場に残される。
それらのアイテムは見つけた人のもの。
ただし、冒険者カードはギルドに届ける義務がある。
遺族に渡るのは冒険者カードだけ。
死体も装備品も帰っては来ない。
ダンジョンで死ぬということはそういうことなのだ。
それが冒険者という存在なのだ。
一分もかからずに開いたボス部屋の扉。
なにもドロップ品が落ちていない部屋。
ボス部屋前にいた人たちはどう考えるだろうか?
俺たちの遺品が落ちていないことから、論理的には俺たちがボスを瞬殺したとしか結論できない。
ただ、それを受け入れられるのだろうか?
◇◆◇◆◇◆◇
俺たちは階段を下り21層に降り立つ。
ここまでくれば中級冒険者とみなされる階層だ。
「ねえ、アル?」
「なんだ」
「私のレベリングはどこでやるつもりなの?」
「ああ、もうちょっと先だ」
「結構深いところまで来たと思うけど、まだなの?」
「ああ、まだだ」
「教えてくれないの?」
「ぶっちゃけた話、今日はレベリングはしない」
「そうなの?」
「ああ、レベリングする目的地に辿り着くのは明日になると思う。今日は移動だけだ。行けるところまで行くのが目的だ」
「そうなんだ。じゃあ、今日は私の出番はないのね」
「ああ、気楽にしててくれ」
冒険者ギルドから買った情報を分析した結果、俺はニーシャのレベリングを行う場所を決めてある。
ただ、直前になるまでそれはニーシャには内緒だ。
その方が、ニーシャも楽しみだろう。
俺が予定しているのはまだまだ先だ。
ここからも、今までどおり最短ルートで行こう。
今までの洞窟型フロアから一転し、ここから30層までは森林型のフロアだ。
生い茂る木々の間を通る道と所々にある開けた広場。
それがこのフロアを構成している。
森林タイプのフロアは主に2つの攻略法がある。
ひとつ目は森の中に入り込まず、通路になっている道だけを通って行く方法。
ふたつ目は森の中に入り、木々をかき分けながらショートカットしてく方法。
どちらも一長一短だ。
森の中を進む方法はショートカットできるが、森の中には厄介な昆虫型モンスターが出現する。
足場も悪く、木々のせいで剣を振り回すのも困難な森の中での戦闘をこなさなければならない。
俺が採るのはどちらでもない。
第3の方法だ。
森林型フロアでの最短ルート、それは次層への階段まで一直線で進んでいけばいい。
「【地獄の火焔】――」
前方に突き出した左手から、極太な火焔の奔流がほとばしる――。
「よし、できた」
「……………………」
ニーシャがぽかんと口を開いて固まっている。
「どうした?」
「…………なにやってんのよ!?」
「いや、最短ルートを作っただけだけど?」
「作っただけって……。そうね、これがアルの常識なのね……」
邪魔な物があって遠回りしなきゃならないなら、その障害物を取り除けばいいだけだ。
カーチャンに教わったことだ。
カーチャンの場合は斬撃を飛ばす技で木々をふっ飛ばしたけど、そんなことが出来るのはカーチャンか剣聖ヴェスターくらいだ。
俺はそんな人間を超えた技は使えないので、代わりに火魔法の【地獄の火焔】で焼きつくしたのだ。
もちろん、【魔力探知】で射線上に他の冒険者たちがいないことは確認済みだ。
「さあ、とっとと駆け抜けよう」
「う、うん」
「チンタラやってるとモンスターが森から出てきてしまうから、急ぐぞ」
こうして最短ルートの直線を走り抜け、モンスターとも遭遇せず5分もかからずに階段に辿り着いた。




