67 パレトのダンジョン12
「ここはいつもこんなに混んでいるの?」
「いや、今は例外だ。いつもは多くても2、3組だ。数日前から混み出して、今じゃあこの有様なんだ」
「なにか理由が?」
「この街に来たばかりだから知らないのも当然か。数日前から中級回復ポーションが安価で大量に出回るようになってな。今までここのボスに挑む力量が足りなくて燻っていたヤツらが一斉に挑戦するようになったんだ」
まさか、この混雑の原因が俺にあったとは…………。
「オーマンはなんでここに? アンタの腕前だったら、もっと深い階層の方が稼げるんじゃないか? それとも、ここのボスのドロップが美味しいのか?」
ここにいる人たちの代表で俺に声を掛けてきたくらいだ。オーマンは冒険者の中でそれなりの立ち位置なんだろう。クランのリーダーをやっているくらいだしな。
そのオーマンがわざわざこんな浅い階層でボスアタックしている理由が分からない。
「俺は付き添いだ」
「付き添い?」
「うちのクランメンバーで中級回復ポーションが十分にあれば、ここのボスに勝てそうな奴らが何人かいてな。奴らだけでも勝てるとは思うけど、万が一に備えて、盾役の俺と回復役のあそこに並んでいるエルフのサーシャが付き添っているんだ」
「ああ、なるほど」
メンバー育成のためか。
クランのリーダーともなれば、いろいろと考えなきゃいけないんだな。
あらためて列に並ぶ人たちを観察してみる。
明らかにこの階層に不釣り合いな奴らがチラホラと見受けられた。
彼らも付き添いなんだろう。
「21層からは、危険も増すが、その分報酬も倍以上になるからな。みんな今がチャンスと張り切っているんだ」
「20層ボスの壁ってそんなに厚かったんですか」
「ああ、20層で戦えることと、20層のボスに勝てることの間には大きな壁があってな」
「そんな壁が中級回復ポーションで崩れると」
「ああ、そうだ。ここのボスは異常に硬くてな、なかなか深手を負わせることが出来ないから、どうしても長期戦になってしまうんだ」
ギルド情報によると、ここのボスは10層ボスなんか比べ物にならないくらい防御力・耐久力を持っている。
だから、短期決戦というわけにはいかず、どうしても戦いが長期化してしまう。
「本来なら、中級回復ポーションで回復しながら、チマチマと削っていって倒すのが一番安全な方法なんだ。だけど中級回復ポーションはここ数年常に供給不足だった。そこに現れた大量の安価な中級回復ポーション。今までここで足止めを喰らっていた奴らは大喜びで飛びついたわけだ」
「今回の中級回復ポーションはすごいんですね」
「ああ俺も試してみたが、今回のヤツは以前に出回っていたのより性能が高いんだ。そのくせ、値段は以前より安くなってるしな。そして、なにより味が良い。出来が悪いポーションは泥水をすすった方がマシってレベルだけど、今回出まわってる奴は良い飲み心地でポーション嫌いが治ったっていう奴もいるくらいだ。ほんと、ファンドーラ商会様々だぜ」
俺の作った中級回復ポーションで冒険者たちの行動が変わった。
より深い階層に潜れるようになったので、その分市場に価値のある素材が出まわるようになる。
そう考えると、不思議な気持ちになる。
言葉では上手く言い表せない喜びが心の中に満ちる。
「そうだ。実は俺たちは店を開くんだ」
「冒険者じゃなかったのか!?」
「いや、冒険者は本業じゃないんだ。俺は生産職でニーシャが商人」
「その歳で本職じゃなくて、ここまで来たのかよ。しかも、そのお嬢ちゃんは戦力外だろ。つーことはアルがソロで来たようなものかよ。いや、むしろ、足手まといをつれてか」
「ここのダンジョンは初めてだけど、他のダンジョンでは幼い頃から潜ってきたからな。そこら辺の新人よりはよっぽど慣れてるよ」
「すげーな、おい…………」
オーマンが固まってしまったので、俺は話を元に戻す。
「開店は一ヶ月後。遺物を中心に、冒険者たちに需要がありそうなものを揃えるつもりだ」
「そうなのか。武器とかも扱ってるのか?」
「ああ、そのつもりだ。最初は品薄かもしれないけど、徐々にラインナップも充実させていく予定だ」
「どんな店なのか気になるな」
好感触だ。『紅の暁』に続いて『鋼の盾』も俺たちの店に興味を持ってくれた。
順調に人脈が広がっていく。
こうなると、俺たちの目的が果たされた後でも、他の冒険者たちと交流を持つために、ダンジョンに潜る価値はあるな。
後で、ニーシャと検討してみよう。
「なあ、ニーシャ」
ここまで黙って隣で会話を聞いていたニーシャに声をかける。
「あのチラシっていつ頃出きるんだっけ」
「5日後よ。5日後の晩には受け取れる契約になっているわ」
「というわけで5日後にはギルドにチラシが置かれるから、詳しくはそれを参照してくれ。ちなみチラシにはちょっとしたオマケがついているから」
「ああ、絶対にチラシもらうぜ」
「数が限られてて、争奪戦になるかもしれないから、その日は急いだほうが良いわよ」
「ああ、絶対にゲットしてやる」
ニーシャの言葉に、オーマンは意気込みを新たにしたようだ。
「それで、店の場所だけど――」
それからしばらくの間、俺たちの店について場所や商品のラインナップなどを話していたら――。