65 パレトのダンジョン10
隠し部屋を出た俺たちはダンジョンを駆け抜けるように進み続けた。
途中15階のセーフティー・エリアで短い休息を取っただけで、それ以外は寄り道もせずに歩き続けてきた。
13階の寄り道で思わぬ時間を食ってしまったけど、予想していた以上にニーシャが速いペースでついて来れたので、トータルとしては予定通りの時間だ。
道中に何箇所か隠し部屋があったけど、どれも既に発見済みで、ギルドから買った地図に記載されていたので、全部スルーしてきた。
やはり、そう簡単に未発見の隠し部屋を見つけることは出来ないようだ。
そして、現在、俺たちは20層の最奥――ボス部屋の前に辿り着いていた。
10層のボス部屋前には冒険者は誰もいなかった。
しかし、ここは大勢の冒険者たちで賑わっていた。
「うわっ、いっぱい人がいる」
ニーシャが驚いて声を上げた。
10層のボス部屋前の部屋には、人っ子一人おらず、広い空間ががらんとしていた。
しかし、ここには30人以上の冒険者たちがいた。
何組か順番待ちがあることは想定していたが、ここまで多いとは思っていなかった。
部屋の隅っこで剣の素振りをしたり、ストレッチをしたりしている者もいたが、なにより目を引いたのはボス部屋へと続く扉の前から、壁沿いに並んで座っている冒険者たちの列だ。
「順番待ちか……」
「順番待ち?」
「ああ」
「ボスモンスターと戦う順番を決めるために、列を作って並んでるんだよ。多分みんな周回組だ」
ボス部屋には1回に1パーティーまでしか入ることができない。
列に並ぶ人たちはその順番待ちをしているのだろう。
「ああ、そういうことね」
「しかし、困ったなあ」
ボス部屋で順番待ちのことは想定していた。
しかし、多くても3組くらいだと思っていた。
まさか、ここまで多いとは思ってもいなかった。
ボスモンスターとの戦闘は基本的に長い時間がかかる。
ここのボスも例外ではない。
少なくとも10分。長いと30分を超えることもあると、ギルド情報に書いてあった。
列をざっと見ただけで、10組以上が待機している。
この調子だと、下手したら列に並んでから5〜6時間は待つんじゃないか?
かと言って、他に打つ手もない。
仕方なしに列の最後尾に並ぼうとした俺たちに、一人の禿頭の中年男性が歩み寄ってきた。
身長は2メートル超え、岩のようなデカい男だ。
「よう!」
男は腹に響くようなどデカい声で馴れ馴れしく話しかけてきた。
「おう。なんか用か?」
俺のぶっきらぼうな物言いは別に喧嘩を売っているわけじゃない。
下手に出ると調子に乗って絡んでくる奴らがいるから、そうしているだけだ。
舐められたら負け。
それが冒険者の流儀だ。
冒険者をやってる限り、舐められて良いことなんかひとつもない。
「おう、威勢がいいな。度胸が座っているのは大したもんだ。俺が声をかけるとビビっちゃう奴ばかりだからな」
ガハハハと男が笑う。
この程度で俺はビビったりしない。
ガサツではあるが、殺気や敵愾心、悪意などがこの男からは全く感じられないからだ。
それにもしこの男が敵意を抱いていたとしても、結果は変わらない。
明らかに俺の方が強いし、もっと遥かに強い相手から殺気をぶつけられたことが何度もあるからな。
主にカーチャンとか、カーチャンとか、カーチャンとかだ。
息子に殺気を放つカーチャンってどうなんだろうな?
「それで、用件は?」
「ああ、スマンスマン。俺は『鋼の盾』ってパーティーでリーダーをやってるオーマンだ」
「俺はアル。この後ろにいる子はニーシャだ」
ニーシャはオーマンが近づいてきた時から俺の後ろに隠れている。
か弱い女の子にとっては、この巨体は脅威に移るのかもしれない。悪そうな奴じゃないんだけどな。
「見ない顔だけど、新顔か?」
「ああ、数日前にパレトに引っ越してきたばかりだ」
「この短期間でここまで来るとは大した腕前だな」
「最短ルートで来たからな。難所は全部すっ飛ばしてきた」
「それでも、凄い腕前だ」
きっとオーマンは「ダンジョンに毎日通ってここまで来た」と勘違いしているのだろう。
しかし、1日でここまで来たと、わざわざ訂正する必要もないので、俺は黙っておいた。
「いかん。話がずれたな。すまんすまん。アルにひとつ確認したいんだが、ここに来るのは初めてか?」
オーマンはまたもやガハハハと笑い、それから質問をしてきた。
この男の質問の意図がつかめない。
だが、嘘を付いて良いことがあるとは思えないし、ここは素直に答えておこう。
「ああ、ここのボスに挑むのは初めてだ。でも、この調子だと、いつになるか分かんないな」
「そうかそうか。おーいみんな」
オーマンが大声を張り上げると、冒険者たちが一斉にこっちを向いた。
「新人だぞ。譲ってやれ」
オーマンがでかい声を上げると、列をなしていた冒険者たちがガサゴソと音を立てて移動する。
「これは?」
「いいから、ついて来い」
オーマンに従い、後をついていくと、列の先頭に辿り着いた。
「ほら、ここがお前たちのポジションだ。扉が開いたら、お前たちの番だぞ。しっかり準備しておけ」
列が後ろにずれて、俺とニーシャの二人分のスペースが確保されていた。
どうやら、俺たちは順番待ちをすっ飛ばして、一番前になったようだ。
「今やってる戦闘が終わるまで、まだ時間がある。そこに座って待ってるといいぞ。タイミング悪くつい先ほど戦闘が始まったばかりだけど、次はお前たちの番だ。気持ちの準備がまだだってんなら、後回しでも構わないぜ」
「心配無用だ。いつでも戦える準備はできている」
「そうか。だったら今の戦いが終わるまで、しばらく時間があるだろうから、ちょっと話でもしようぜ」
凶悪な面をしているけど悪い人には見えない。
ここは交流を持った方が良いだろう。
オーマンに促され腰を下ろすと、オーマンもまた近くに座り込んだ。
「並んでなくて良いのか?」
「仲間が並んでいるからな」
オーマンが列の後方を指差すと、エルフの女性がこちらに向けて手を振ってきた。
「そっちも二人で挑むのか?」
「いや、フルメンバーの6人で挑むぞ。他の仲間は狩りをしてるだけだ。俺たちの番はまだまだ先だからな」
「なるほど。全員でなくても、一人でも並んでいればオーケーなルールなんだ」
「そういうことだ」
「でも、なんで俺たちのところで留まってるんだ?」
「少しお前たちと話がしたくてな」
「そういうことなら、喜んで色々と教えてもらうことにしよう」
「ああ、構わないぜ。新人へのサービスだ」
「どうして俺たちは順番を飛ばして先頭になったんだ?」
「初めてここのボスと戦う奴らは優先的に戦う権利があるんだよ」
「へー、そうなんだ。ありがたい習慣だな」
本当に助かる。
ここのボスもさっさと倒して、先に進む予定だった。
ここで何時間も足止めされていたら、無駄に時間を過ごさなければならなかった。
「いつ頃からあるんだ、この習慣?」
「そうだな。20年前からだ。勇者のリリア・クラウス様が言い出したんだ」
軽い気持ちで尋ねてみたら、予想外の答えが返ってきて驚いた。
でも、言われてみたら、カーチャンらしいなって思う。
ちなみにカーチャンは『勇者』じゃなくて、『元勇者』な。
周りがどう思っているかはしらないが、本人としてはもう勇者を引退した気でいる。
だから、『勇者』って呼ばれると、ムチャクチャ機嫌が悪くなる。




