62 パレトのダンジョン7
ニーシャが宝箱の蓋を開ける。
ダンジョンにある宝箱の中に入っているアイテムは必ず遺物だと決まっている。
俺たちのダンジョン探索の目的のひとつはレア遺物の発見だ。
隠し部屋の宝箱であれば、レア遺物が入ってる可能性は高い。
否が応でも、俺たちの期待は高まる。
二人で宝箱の中を覗き込んだ。
「これは?」
中に入っていたのは瓶入りの液体だった。
1リットルほどの大きめな容器だ。
手に取り、軽く振ってみる。
中の液体は粘性が高く、ドロリとしている。
水よりも油に近いものだろう。
一体なにに使うんだろうか?
「さあ、なんだろう? 俺は見たことがないな。ニーシャの【鑑定眼】でも分からないのか?」
「ええ、残念だけど、私の眼でも分からないわ。それに見たこともない品よ」
「そうか……」
現在のニーシャの【鑑定眼】のレベルでは、遺物は低級のものしか鑑定できない。
だから、中級以上であることは最低限保証されたわけだ。
「悪くはないな」
「ええ、そうね」
「じゃあ、これが鑑定できるようにレベリング頑張らないとな」
「ええ。ところで、いったいどこでレベリングする予定なの? 『深い階層で』としか聞いてないんだけど」
「ふふっ。それはお楽しみということで」
答えを教えちゃうと、今からビビってしまいかねない。
だから、直前まで教えないつもりだ。
そういえば、俺もカーチャンに「ちょっと近くだから」とか「あと少し潜ったら」とかの言葉で、とんでもない所まで連れたかれたなあ…………。
まあ、それに比べたら、俺が連れてく場所はヌルいくらいだ。
驚くかもしれないけど、ニーシャには頑張ってもらおう。
「じゃあ、仕舞うわよ」
「ああ」
宝箱に入っていた瓶を【共有虚空庫】に収納する。
「今後も怪しそうな場所があったら調べてみるか」
「ええ、そうね。地図で当たりをつけた場所はあるの?」
「1ヶ所だけあるんだ。27層に多分ある」
「へえ、じゃあ楽しみね」
「ああ」
時間のロスはあるけれども、レア遺物が入手できる可能性があるなら、是非とも寄って行きたい。
俺たちのダンジョン探索のもうひとつの目的はオークションの目玉になるようなレアな遺物を手に入れることだ。
隠し部屋がありそうなら、積極的に探して行きたいところだ。
「じゃあ、戻りましょうか」
「ああ」
俺たち狭く短い通路を通り抜け、モンスターハウスへと戻った。
「よしっ、ここで食事にしよう」
今日は朝早く、6時に家を出た。
出発前に軽くサンドイッチを食べてきたが、ダンジョンに潜ってかれこれ3時間少々。
俺はこれくらい平気だけど、ニーシャのコンディションのためにもここで食事をとっていた方が良いだろう。
「えっ? ここで!?」
「ああ、ここでだ」
驚いているニーシャをよそに、俺は【虚空庫】からテーブル1卓と椅子2脚を取り出して、向い合って座れるように並べる。
「でも、またモンスターが湧いてくるんじゃない?」
「その点なら大丈夫だ。モンスターハウス内ではモンスターがポップするのはモンスタースポナーだけだ」
「そうなんだ」
ニーシャと会話しながら、食器を並べていく。
「それにモンスタースポナーが復活しても、他のモンスターを生み出すまでには多少の時間の猶予がある。俺だったら、その間にモンスタースポナーを破壊できる」
「そうね」
「だから、安全なんだ」
「分かったわ。それを聞いて安心したわ」
俺の話にニーシャは感心したように頷いている。
会話をしながら、俺は食事の準備に手を動かす。
といっても、【虚空庫】から取り出して並べるだけなんだけどね。
「それに扉を開けない限りは、外からモンスターが入ってくる可能性もゼロだしね」
モンスターハウスから出る方法は、【転移石】を除けば、基本的に唯一だ(今回みたいに隠し通路がある場合は例外だ)。
それは「モンスターもモンスタースポナーも倒しきった状態で、入り口横の壁のプレートに冒険者カードを触れさせる」ことだ。
そうすることによって、入り口の扉が開くのだ。
逆にいえば、プレートに冒険者カードを触れさせない限りは、扉は決して開かない。
だから、外からモンスターが入ってくることもない。
これがいわゆる、『擬似セーフティー・エリア』という攻略法だ。
俺もカーチャンに教えてもらったし、普通の冒険者だったら、知っていて当たり前の知識だろう。
「なるほどね。よく考えるわね」
「特にモンスタースポナー攻略は疲弊しがちだからね。攻略後の回復と休憩が行えるのは助かるからね」
2つのお椀と2枚のお皿を並べ、取り出した寸胴鍋からお椀にスープを注ぎ、お皿に主食を乗せる。
「それにこの状況にはもうひとつメリットあるんだよ。わかる?」
ニーシャは、腕組みをして考え込んでいたが、しばらくしてから口を開いた。
「えーと…………なにかしら? 分かんないわ」
答えが分からないからか、ニーシャは眉間にシワを寄せている。
すぐに答えを教えてあげても良いんだけど…………。
「さあ、食事の支度ができたよ。続きは食べながら話そう」
「え〜、気になる〜。でも、アルのご飯は美味しいから我慢するわよ。今回も楽しみだわ」
「お口に合うと良いんだけど」
俺とニーシャはテーブルを挟んで向かい合って座る。
「「いただきまーす!」」
今日のメニューはオヌグルとトヌ汁だ。
東方で取れる高級米『ササヌシキ』を三角形に握り、ノーリを巻いたオヌグル。中に入っている具は、キング・サーモンとウッメボシ。
どちらもスタンダードな具材だ。
「おいしい〜」
俺と行動を共にするようになって、ニーシャはそれまで食べたとこがなかった米食を食べる機会が増えた。
その結果、米食好きになって、俺が食事当番のときは米食をリクエストするようになった。
もちろん、オヌグルもニーシャの大好物だ。
ニーシャはオヌグルをかじりながら、トヌ汁を啜って、満面の笑みを浮かべる。
「食べ過ぎないように、少なめにしてある。探索中は腹八分目がベストだ。だから、足りなくても我慢してくれ」
ダンジョン攻略中の空腹度の管理は大切だ。
お腹が空いていると力が入らないし、逆に、満腹でも十分に身体を動かすことができない。
なので、2〜3時間おきに、軽く食事を取り万全なコンディションをキープするのがベストなのだ。
「う〜〜〜。もっと食べたいよ〜」
「次は13時頃に昼食だ。それまで我慢な」
「う〜〜」
「ダメだ」
唸り声を上げておかわりを要求するニーシャだったけど、ここで甘やかすわけにはいかない。
俺は容赦せずに、ニーシャの要求を却下した。
別に意地悪をしているんじゃあない。
この先の探索を考えると、これ以上食べない方がニーシャにとって楽だからだ。
だから、俺は心を鬼にして断ったのだ。




