61 パレトのダンジョン6
俺とニーシャは例のモンスターハウスの前に来ていた。
部屋の扉は閉まっている。
扉に手をかざせば開く仕掛けだ。
「ここよね?」
「ああ。心の準備はいいか」
「ちょっと待って」
そう言って、ニーシャは二度三度、深呼吸を繰り返す。
「うん。おっけー」
そう言ってニーシャが笑顔を向けてくる。
「緊張してる?」
「ちょっとね。でも、アルのこと信じてるから……」
「大丈夫だよ。危険なことはなにもないから」
「うん」
「じゃあ、突入だ」
ギルドで買った情報で出現モンスターは把握している。
危険はないと判断したので、ニーシャも連れて二人で入ることにした。
なんでも知りたがりのニーシャの知的欲求を叶えてあげるためだ。
扉に近づき、手をかざす。
音もなく扉がスライドした。
部屋の中は明るく、がらんとしていた。
奥には宝箱風の置物。それひとつが置かれているだけだった。
しかし、この宝箱風の置物こそが罠なのだ。
「入るぞ」
俺とニーシャは部屋に足を踏み入れる。
すると、後ろの扉が音もなく閉まった。
そして、宝箱風の置物が光を放つと、部屋中に無数のモンスターが出現した――。
そう。この宝箱風の置物こそ、モンスタースポナーなのだ。
宝箱に擬態し、欲につられた冒険者たちを部屋の中に引き込み、大量のモンスターで冒険者たちを餌食にする。
モンスターハウスとは、そういう罠なのだ。
俺たちの目の前に現れたのはトレントと呼ばれる樹木の形をした植物型モンスター。
リーチの長い枝を振り回した攻撃。
それに硬い木の実を飛ばす遠距離攻撃もある。
その数28体。
部屋中がトレントで埋め尽くされる程の密度だ。
「ひっ」
あまりの数の多さにか、ニーシャが小さく悲鳴をあげる。
「大丈夫。余裕だ」
ニーシャを安心させるために呟く。
そして――。
「【魔弾】――」
敵の数が多く、いちいち狙いを付けているのも面倒なので、大量の魔弾を部屋中にバラ撒くように撃ちまくる。
部屋中が敵で密集しているので、的には困らない。
「【魔法障壁】――」
万が一、跳弾が当たると困るので、念の為ニーシャに魔法障壁を貼っておく。
無数の魔弾を浴びて穴だらけになったトレントたち。
計算通り、一撃で全てのトレントを倒すことが出来た。
後は――。
「【魔弾】――」
もう一発魔弾を放つ。
狙うはモンスタースポナーだ。
魔弾の直撃を受けたモンスタースポナーは大破し、しばらくするとモンスターが死んだ場合と同様に消え去った。
掃討完了!
「よし、これで大丈夫だ。安全だから、中に入ってきていいよ」
入り口で少しビクビクしているニーシャに声をかける。
やはり、緊張していたのか、俺の言葉にニーシャはふーっと大きく息を吐いた。
「これがモンスターハウスなのね。あっという間すぎて、なにがなんだか分からなかったわ」
「じゃあ、今度機会があったら、ゆっくり堪能してみるか?」
「遠慮しておくわ」
俺の軽口にニーシャは表情を緩ませる。
「まあ、冗談は置いておいて、隠し部屋を探さないとな」
「ええ、見つかるかしら?」
「だといいけど」
モンスタースポナーは時間が経つと復活する。
しかし、それはしばらく先のことだ。
ギルド情報によると、ここのモンスタースポナーは30分で復活するそうだ。
それまでは他のモンスターが湧くこともない。
落ち着いてこの部屋の探索が出来る。
軽口はこれくらいにして、俺は探索モードに気分を切り替える。
地図から判断するに、隠し部屋があるとしたら、この部屋の奥の壁の向こう側だ。
だから、俺は奥の壁を調べる。
どうやって調べるかというと――。
「【魔力探知】――」
万能型探索魔法の【魔力探知】だ。
この魔法は魔力の流れから様々な情報を探知する魔法だ。
使用する際に探知する範囲を指定したり、指向性を持たせたりできる。
また、込める魔力の量次第で取得できる情報の量も調節できる。
広域型の敵探知からピンポイントでの罠探知まで、非常に使い勝手の良い魔法で重宝している。
俺は奥の壁を覆うように魔力を流し、違和感のある場所を探る――ビンゴ!
「ここだ」
「えっ? もう見つけたの?」
「ああ」
俺は壁のある箇所――【魔力探知】で違和感を覚えた場所をニーシャに指し示す。
見た目では他の場所と区別が付かない。
ニーシャもなぜ俺がそこを差しているのか、分かっていないだろう。
俺はその箇所をコンコンと叩いてみる。
「この裏に何かある」
「ホント?」
「ああ、間違いない」
壁に触れた感触は他の場所と違いがない。
しかし、叩いた音からもその後ろが空洞であると察せられた。
「ちょっと離れてて」
「えっ、うん」
ニーシャが壁から離れたのを確認し、俺は【虚空庫】から金属製のハンマーを取り出す。
頭部の直径が1メートルほど、持ち手の長さも50センチ以上ある巨大なハンマーだ。
強度は折り紙つきのアダマンタイト製。
「でかっ!」
ニーシャがハンマーのデカさに驚いている。
少し取り回しには難がある武器だけど、こういう用途には持って来いだ。
「【身体強化】――」
念の為に身体強化もしておく。
ここまですれば、きっと問題ないだろう。
俺はハンマーを構え――。
「えいやっ」
掛け声とともに壁に叩きつけた。
ズシンという低い音とともに衝撃が部屋中に伝わる。
俺の一撃で壁は崩れ落ち、ポッカリと穴を空けた。
「うそっ、すごいっ! ホントにあったっ!」
ニーシャが驚きの声を上げる。
予想通り、壁の裏側は隠し部屋へつながっているようだ。
人が通り抜けられるスペースを確保するため、俺はもう2度ハンマーを振るう。
壁は壊れ、十分な大きさの穴が出来た。
「じゃあ、行こうか」
「うんっ!」
ニーシャの興奮が伝わってきた。
俺たちは穴を通り抜ける。
壁の裏側は細い通路になっていた。
短い通路だ。5メートルもない。
通路はすぐに終わり、その先は小部屋だった。
「あーっ! ねえ、アル、あれって」
「ああ、当たりだな」
小部屋の中央には宝箱が置かれていた。
モンスタースポナーではない。正真正銘の宝箱だ。
「ちょっと待って」
思わず宝箱に駆け寄ろうとするニーシャの腕を掴む。
「罠があるかもしれない。念の為に調べるから、それまで待ってて」
「う、うん。ごめん」
「【魔力探知】――」
真剣な表情で見守るニーシャ。
「よしっ、大丈夫だ。罠もないし、鍵もかかってない。開けてみよう。ニーシャが開けてみるか?」
「えっ? いいの?」
「ああ。興味津々って顔に書いてあるよ」
「えっ!」
途端にニーシャは顔を赤くする。
「安全だから。気にせず開けていいよ」
「ほんと? ありがと」
ニーシャは嬉しそうに目を輝かせている。
俺はもう何度も経験済みだけど、ニーシャにとっては初めての経験だもんな。
俺だって初めての宝箱はワクワクしたもんだ。
興奮するなってのは無理だよな。
「じゃあ、空けるね」
「ああ」
ニーシャは宝箱に歩み寄り、その蓋に手をかけた――。




